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これが私の女子硬式野球部  作者: 馬鹿
長谷川 渚
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0.長谷川 渚

 私はどうしても嘘が付けない体質である。100%そうだと言えと自分に言い聞かせてても、いざ喉というフィルターを通ると90%のそうだに変わってしまう。

 残り10%の真っ白な私が偽りの自分を許さないのだ。

 だが、この体質に気づく人はあまりいない。知らない人やあまり交流を持たない人は勿論、簡単な友達程度の関係では10%の私の存在に気がつかない。しかし、親友となっては別である。

 まこちゃんは昔からの付き合いで、出会いは小学生時代に球場の応援席でばったり遭遇したことが切っ掛けだった。いくら女子プロ野球が成長してきているとはいえ、まだまだ野球に興味のある女の子は少なかったため、お互いに意気投合したことを思い出す。

 そんな付き合いの長いまこちゃんは私の体質に気づいていたらしく、私の秘密は全部、本人である私から聞き出せていた。まこちゃん曰く、『好きな人は○○?』と図星を言われると10%の私が『そうです』と言い、『えっちなことに興味あるの?』と聞かれたときには10%の私が『Yes!!』と答えていたとかなんとか。

 弱みではあるが、この体質は友達を選ぶ良い判断基準になっており、非常に役立っている。

 この体質に気づいた人は今まで数人、それもみんな親友だ。私の事を気にしてよく見てくれていないと分からない為だ。

中でもまこちゃんは異質中の異質で、嘘を突き通せたことがない。まこちゃんの観察力には素晴らしいものがありすぎてこの17年間、恐怖さえ感じてきた。


「んぁぇ……」

 気怠さを感じながら私が体を起こすと、何故かそこは見慣れたまこちゃんの部屋だった。

 正直、贔屓チームが勝ってドンチャン騒ぎした所の記憶は残っているがある時を境に記憶が所々抜け落ちている。ということはまたお酒を飲んでしまったのだろう。

 口元に手をやり、息を吐いてみるとそれはそれは見事なまでに鼻をつくアルコール臭であった。どれだけ飲んだんだ私。

「くさぃ……」

「あ、渚ちゃん起きた?リンゴとお水置いてるから食べてね~」

「うー……ありがと」

 相変わらずおっとりとした口調で話すまこちゃんは、一人勉強机で勉強をしている。

 まこちゃんのベッドを私一人で占領してしまっていたらしい。慌てて時計を見るともう0時を過ぎていた。

流石に居心地の悪さを感じた私は、せめてもという気持ちでベッドに腰掛ける体勢にした。

 ベッドの脇にあるサイドテーブルに置かれていたのは、埃が入らないためなのかティッシュを被せてある水入りのコップと、お皿ごとラップに包まれているリンゴである。

何故こんな細かいところまで気を遣ってくれているんだと感動する。ありがとうまこちゃん。

「あたし全然記憶に無いんだけど……どうやって帰ってきたの?」

「それは先生に聞いた方が早いと思うよ~」

 そうだった!先生と一緒に行ってたんだった!あーもう失礼なことしてないかなー……って、何でまこちゃんはそんなにやけてるの……。

「何かわからないけど謝っておかないとなー……」

 まこちゃんの顔を見るに、絶対何かやらかしてるぞ私。多分先生の前で数学の最低点とか喋っちゃってるよ……もうどうしよう。

 私はスマホを手に取ると、今日のお礼とお詫びのメッセージを先生に送っておいた。通知の欄におーちゃんからメッセージが届いていたので確認すると、『渚!今日は大丈夫でしたの!?』『渚……また飲んだのですね…』『真琴からききました』とかなり心配されており、今のこの惨状はまこちゃんから教えて貰っているらしい。

 『大丈夫だよ!!ありがとう!!今日は楽しかったよお!』と送った、投げキッスをしているスタンプを添えて。因みにこのスタンプはかなり有能で色々な場面で使え、私のお気に入りである。

「ねぇ渚ちゃん」

 私が返事を返し終えると、勉強で動かしていた手を止め、まこちゃんの方からそう話を切りだした。

「先生とどんな会話してたのー?正直、わたしでも話を続けられる気がしないんだけどー」

 かなり不思議そうな顔でこちらを見てくる。まぁ正直最初は会話のキャッチボールというよりかは会話のピッチングに近かったけど、それでもいざ球場に入れば選手のこととか応援のこととかで盛り上がったりした。

「まー選手のこととかかなー。せんせー話を合わせてくれるし話しやすかったよ」

 授業でも話したこと無いし、授業以外では見かけることがないレアな存在として有名だったからどんな人かって言われると本当に謎だったんだよね。

 野球の話だと若干声のテンションが上がっていたから好きなんだろうな野球。

「へぇ意外だな~。もう全然喋られない人かと思ってた」

「えへへ、見た目はね」

 まぁ球場に行くまでは悲惨だったけどね。

 私が用意してもらった水とリンゴを頬張っていると、すぐにおーちゃんからさっきの返事が返ってきた。

『あの先生は何も手を出してきませんでしたの?』と、かなり先生の評価が低いことが分かる文章を見て思わず口角が上がってしまう。

「どーしたの?」

「いやねっ、おーちゃんがせんせーには何もされなかったかー!?だって~」

 これだけ先生の評価が低いと同情しちゃうなぁ、頑張れ先生!

 『大丈夫だって・笑 先生いい人だったよー』と、先生の名誉のためにもここは株を上げておこう。

「まぁでも瑞季ちゃん心配性だからねー無理ないよ~」

 ふふふと微笑むとまたペンを持った右手を動かし始めた。

 おーちゃんはとても心配性なのだ。期末テストの時期が迫ると必ず私に点数は取れそうか聞いてくれて、一緒に勉強してくれる。そのせいで自分の勉強が疎かになって成績がおーちゃんまで芳しくない。その『身を削ってまでの指導』に応えたいのだけど……私は正直平均点も全く取れず、赤点との勝負ばかりしている。

「おーちゃん面倒見良すぎるからねー」

 それがおーちゃんの良いとこでもあり、悪いところでもあると私は個人的に思っている。

 自分を優先させる前にまず他人の優先。



 まこちゃんと何となく同じ高校に入学して、一年生のときだった。周りに知らない人がたくさんいる中、一際目立っていたのがおーちゃんだった。綺麗なストレートのロングヘアに、まさにお嬢様と思わせるような口調で、たまに厳しくも正しい意見などもする、The・優等生という印象が始めの一ヶ月間でクラスの誰もが感じたことだ。

 しかし、優等生のイメージ故に近寄りがたく、おーちゃんの周りには友達と呼べる存在を確認することができなかった。

 これはまこちゃんの洞察力が無くても、少しでもおーちゃんに興味を持った人ならすぐに気づくことである。

 私が興味を持ち、おーちゃんの行動を追っているとさらに気になる点があった。それが他人の為に自己を犠牲にしていることだった。

 昼食中、分からない問題で悩んでいる人がいれば自分のご飯は二の次で指導にあたり、そのままお昼を食べないなんてことはざらにあった。

 その内、みんながそういう性格なのだと理解し始め、面倒なことは全ておーちゃんに押し付けるようになっていったがおーちゃんは嫌な顔ひとつ見せず己を犠牲にし、みんなから都合の良い存在になってしまった。

 ある日の放課後のことだ。出席番号の順番で回ってくるホームルーム後のゴミ捨てに、当番でないはずのおーちゃんがゴミを捨てている所を目撃する。見るに耐えなくなり思わず声をかけた。

 「なんでそこまでするの?」、「なぜあなたがやっているの?」と。

おーちゃんの答えはこうだった。

「困っている人を助けるのは当たり前でなくて?」

 ゴミ捨て当番であったはずの女生徒はすぐに提出物を取りに帰らないといけないから。だから代わりにやっているのだと。

 それは正論でも何でもなかった。呆れるよりも恐怖も感じた。こんな馬鹿なお人好しがいるのかと。何故非しかない女生徒を庇えるのかが不思議で仕方がなかった。

 私はこのとき、初めて他人のことを馬鹿にしたのを覚えている。

 自分の価値観を押し付けるのは好きではないが彼女の考えを否定した。

「あなたは良いように使われてるだけだよ!」

「……だとしても、その方のためになるならワタクシは厭いませんわ」

「それ本気で思ってるの?!義務を放棄してその人の為になるわけないじゃん!」

「短い期間で見るからダメのですわ。義務を放棄して育ってしまうとこの社会においては非難されますわ」

「だったら…!」

「長い期間で見るのですわ。非難されてから気づいても遅くなくってよ。寧ろ非難されることで放棄することに深く反省できるのではないかしら」

 それは違うよこうだという不毛な価値観の押し付け合いだったのを覚えてる。まだ高校生になりたての私たちには正解なんて見えるはずもなく必然の成り行きだろう。

 途中から見ていたまこちゃん曰く、大型犬にキャンキャン吠える小型犬の図になっていたらしい。どちらが小型犬なのは言わずもがな。

 5分もハイペースで言い合っていると、ふと私に名案が思い浮かんだ。

「私が困ってたら王ちゃんは助けてくれるんだよね?」

「え、えぇ」

「じゃあ私の勉強見て!」

「はぁ……」

「私のために遊んで!一緒に帰って!」

「それは……困ってますの?」

 多分、他の人に良いように使われるくらいなら私と一緒にいて自分のための行動をして欲しいとか思っていたような気がする。

 そのときのおーちゃんの怪訝そうな表情は今でも忘れられない。



 これがおーちゃんとの衝撃的な初会話。今でもよくあんなに喋ったなぁと感慨深くなる。

 それからというものの、おーちゃんは有言実行し、私の勉強を見てくれるわ一緒に遊んでくれるわおまけに三人で幽霊部員になってくれるわで、ずっと私と一緒にいてくれた。

 そして初会話から約1年経ち気付いたことがある。

おーちゃんはとても心配性なのだ。自分のことを二の次にしてまでも誰かを助けたくなってしまう。

 本人は助けるのは当たり前とかなんだか言ってるけど、ただ心配になり放っておけないだけ。

という話をおーちゃんにすると認めてくれないんだけどね。


「そういえば」

 ふと先生との会話を思い出す。

「せんせー顧問として結果出せなかったらクビなんだって!」

「え、そうなの…?」

 また勉強をしていた手を止め、体ごとこちらに向けるまこちゃん。

「どうしよう数学で点数取れなくなっちゃうよお!」

 あの話を聞かされたときは焦ったものだよ。思わず身を乗り出してしまった。

「先生としてじゃなくて顧問としてかー……?」

 『不思議だね』とまこちゃん。

 我が校の数学の授業はとても難しいことで有名だった。それは私が中学生だった頃から知る程だったのだが、どうも私の学年だけは飛び抜けて優しいらしい。

 その原因が先生の授業だ。授業で配られるプリントの問題を解いていくだけで、それを提出することは無いから他の教科の内職をやり放題だし、寝ていても一切注意せず、先生は壇上から動くことが無い。

 そんな私にとっての癒しの50分が無くなる。それはつまり他学年と同じく厳しくなる可能性があるということだ。

「うーんでもまぁ頑張るしかないんじゃないかな~」

「そんなぁ基礎も出来てないのにできるわけないよ!!」

 中学で習う数学ですら怪しいのに…。

 私の過去最低点は4点だ。因みに選択肢問題の2問正解だ。

「今からでも間に合うよ~」

「無理だよ!どうあがいても光が見えない!」

 もう高校二年生!すでに置いて行かれています!

「高校生の中だったら人口もそんなに少なくないし」

「え?」

 ……何言ってるの?高校生全員数学やってますよね?

「この学校って結構出来る子いるらしいし」

 まぁ…得意な子はいるだろうけど……。

「まずはキャッチボールからだね」

 そうそうまずは会話のキャッチボールから。

「何言ってるの……?」

 先生とのピッチングより酷い最早ドッヂボールだよ。

 私が相当困惑していたからか、まこちゃんがゴメンゴメンと言いながら笑っている。

 しばらく一人で方を揺らすと、咳払いを入れ何か企んでそうな顔をしていた。

 ……この表情は知っている。私はこの表情をしたときのまこちゃんがどれだけ変なことを言い放ってきたは覚えてる。

 つい最近だと『じゃんけんで負けたほうが紅生姜一気食いね』だった。

 紅生姜一気食いレベルの企みが来ると覚悟していると、まこちゃんの口から出てきたのは予想外のことだったが、確かに納得できる企みだった。


「野球部として結果を残せばいいんだよ!」



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