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これが私の女子硬式野球部  作者: 馬鹿
長谷川 渚
4/6

3.長谷川 渚

 試合自体はというと、あの後の打撃陣は二番手投手に押さえ込まれ、投手陣はじわりじわりと点を失っていったもののなんとか5-4で辛勝した。

 最終回に無死一二塁のピンチも迎え肝を冷やしたが、併殺打、三振と抑えてなんとか勝利をもぎ取った。

 その頃にはやたらとハイテンションだった長谷川は『儀式みたいなものだよ』と言いジェット風船を飛ばし、球団歌と応援歌を周りの酔っぱらいと一緒に歌い舞い踊る。その姿はとても滑稽であったが、心底嬉しそうな長谷川を見ているとこちらまで笑みがこぼれてしまう。

 野球を心から愛してる。長谷川の人物像がようやく見え始めてきたような気がした。


 何かフラストレーションが溜まっていたのかは定かではないが、かれこれ試合が終わってから30分以上はアイドルも顔負けなほど歌って踊ってばかりいた。

 そんな長谷川に合わせているといつの間にか日は暮れ、闇が空を覆っていた。



「はぁ~楽しかったぁ~!!」

 もうそれはそれは満面の笑みでそう叫んだ。声が大きく周りからの注目が集まる。因みに電車内だ。

「もう少し静かにしなさい!」

 私が小声でそう叫ぶと、教師らしい一言を言われた長谷川はニコニコしながら黙り込んだ。

 試合途中からのハイテンションが帰宅途中もずっと続いている様子だ。

 それになにやら…。距離感がかなり密になっているような気がするのは全くもって気のせいではない。それは周知の事実でもあるようで、180°ではあるが、電車内でいちゃこらするなという嫌悪の視線が私の胸を貫く。

「離れるのだ!」

「ぅぃ~……」

 何とも間抜けな声を漏らすとゆっくり離れ、今度は急に静かになった。

そっと目をやると、長谷川はブレーカーが落ちたかのように夢の国へ旅立っていたのだ。

「…はぁ…」

 何とも言えない懐かしい疲労がどっと感じた。

 戦力外通告から一週間が経ち、どうしようもない野球部をどう立て直すのか、いやどうやって野球をすればいいのかずっと悩んでいてそれは今も解決出来ていない。

 そんな中、急にこんなデート紛いの事が起きて若干パニックになったのはどうにか勘弁して欲しい、私も人間である。予想もしない急な出来事には対応できるわけがなかろう。

 ただ長谷川と距離が縮まったのは確か……であると仮定しながら話を進めると、どうにかして他の生徒の情報を聞き出さなければならない。

 校長から度々貸し出してもらっている住所録には本当に少しの情報しか載っていないため、その子がどんな性格なのかなど、詳細までは把握できていない。

いまのところ、リストアップする方法が中学と現在の所属部で判断するしかなく、それだとどうしても候補が多くなってしまうのが現状だ。

それに部に所属している子を、今3人しかいない野球部に来てくれないかと言って本当に来てくれる人物は、恐らく変態だろう。メリットが無さすぎる。

 そのため大事になってくるのが長谷川だ。彼女を使ってどうにか候補を削りその中でも脈がありそうな人物を連れてきて貰うのがベストではあるが……。


「ぅぇ~」

「……この顔を見る限りなぁ……」

 もう一度ため息をつく。まぁ可愛いので見続けることにしよう。

 乗り換えも無事に終え、地元の駅に着いた頃には21時を過ぎていた。

 ビル群が建ち並び、光りが煌々として辺りを明るくする都会とは真反対の、閑静な住宅街が並び、外灯によってぽつぽつと道ばたを照らすのが我が地元である。そのため、今の時間帯だと当然ながら辺りは真っ暗だ。

「次はどちらなのだ」

「こっち~」

 教師である前に一人の男である私は長谷川を送っていくことにした。ここで勘違いしないで頂きたいのは、少しでも長く女の子に触れていたいという邪心は少ししかないということだ。せいぜい60%程度でしかない。

 我が地元は所謂、高級住宅街と呼ばれる山の地域で、山を上にずっと登っていくと春桃女子高等学校が存在している。そのため生徒にはこの高級住宅街出身の者もそこそこいる。それ以外の生徒はほとんど学校隣接の寮暮らしである。因みに長谷川は前者らしく、今こうして高級な住宅街を練り歩いているというわけだ。

「しっかり歩くのだ長谷川」

「もー待ってよ~」

 何故かよろよろとした足取りで、私の腕に柔らかい胸を押し当てながら進む長谷川。

 なんだ、私は誘われているのであろうか。

 ……少しだけ肘を動かしてみよう。

「ぅっ…ん」

「??!!?!?!?!」

 長谷川の切ない声を聞いて逆にこちらが変な声を出しそうになる。

「もーぅ…せんせーえっちだよー」

 ドキィィッ!!

「何を言っているのだ。ほら、早く足を進めろ」

 とここで慌てていては私の悪行を晒し上げるだけである。

「えっへへー」

 私の悪行で止めていた足を再び動かす長谷川。

 何かがおかしい。球場を後にしたときのハイテンションはわからなくもないが、電車内で仮眠をとってからもずっとこの調子である。それにこの足のもつれ方は妙だ。

 私が怪訝な顔で考え込んでいると、長谷川がまた足を止めた。

「……」

「どうしたのだ……」

 この調子ではいつ帰宅できるのか。流石に遅すぎると親御さんに説明しなければならないぞ。

 最悪、背負うことも考えなければと熟考している私に向かって長谷川がとんでもないことを口走った。


「せんせーキスしよ~」


 沈黙が訪れた。

私の今までの人生で築き上げられてきたCPUではどうしても言葉の意味を処理するのに5秒はかかった。

 『んー』と目を閉じて口を差し出す姿は紛れもなく、接吻を欲している態度で間違いない。鱚仕様といって鱚の真似をしているのではないことは確かである。我ながら何を言っているのだ。

「え……」

 思わず息を呑む。当然だいきなりこんな少女に接吻をせがまれるなど今までからきしであるし、これからもそんな状況が想像すら出来ないくらいなのだ。対応なんぞ知らぬ!

「ん~」

「っ!!」

 どうしたんだ私!早く決めないとこの猶予が終わってしまうぞ!

 絶好の機会なのは分かっている。分かっているのだがしてしまっていいのか。

この目の前の美少女にキスなんていう教師にあるまじき行為をしても良いのか?

 いやでも長谷川から欲しているのだ。生徒の要求に教師は応えなければいけないのではないか。

 私は頭の中で少ない正義感と葛藤しながら、長谷川と距離を縮めていく。

 50cm…40cm…30cm…。

 ……あるまじき行為などと誰がそう決めつけたのだ。教師と生徒という関係の前に一人の人間として愛情を育むことが罰せられる行為なのであろうか。

 そもそも女子高校生といちゃいちゃするのは私の真の目標ではないか。

 これでもし教師を首になったとしても二人でどこかへ駆け落ちすれば……。

 20cm…10cm…。

 最早、限りなくゼロに近い善意はゼロになっていた。

こうしてキス童貞が卒業できるところまであと10cmになったときである。

「ん!?」

 ある異変に気づいた。匂いである。この鼻につく香りはもしかすると……。

 コンマ1秒で危険を察した私はピタリと近づくのを止める。

「もーせんせーまだぁ~?」

「長谷川お前もしかして……」

 私の中で色々繋がった瞬間。長谷川ではない第三者の声が横から入る。


「おぉ~神回避ってやつだねー」


「新井ぃ!?」

 声の方向へと目をやると、そこには新井の姿があった。

「先生危なかったですねー。もうちょっとでアウトだよー」

「うぇ?まこちゃーん?」

 あまりに長谷川へと夢中になりすぎていて新井の存在に気づかなかった。

「何でここにいるのだ……?」

「あーわたしの家、アレなんだー」

 新井が指さした先には一目見て豪邸とわかる家があった。シャッターの降りていて車が何台入るのかすら分からないくらい大きいガレージが、家の玄関に繋がるであろう階段の横にあり、そのガレージの上には庭がついている大きな二階建ての家が鎮座している。今の説明でよく分からなかった方に簡単に説明すると、豪邸である。

「渚ちゃんの声が聞こえて出てきたら先生もいて驚きましたよー」

「わ、私も驚きだ」

「まぁそれよりもう少しで唇が触れそうだったから、そっちのほうに驚いたけどねー」

 ちょんちょんと私の手を新井がつつく。どうやら私は今の今まで長谷川の両肩に手を置いていたのだ。

「ち、違う!これはだな」

 慌てて両手を離す。

 そうだ、私はとんでもないところを新井に見られてしまったではないか!

大変だ……大変だぞ、これをネタに新井が私を脅迫するのではないか…?

 それまで考えないようにしていた未来が沸々とわいてくる。容疑者という名の犯罪者になっている姿がそこにはあった。

「わかってるよー」

「あぁぁーまこちゃーん」

 一人静かに、冷や汗を濁流のごとく流しながら絶望していると、新井は長谷川の左腕を自分の首にかけ、右手で腰を支えながら家の方へと向かい始めた。

「お酒飲んだんでしょ~渚ちゃん」

「うぇへへー」

 そうだ。私が危険を察知した理由がこの鼻につくアルコールの匂いであった。

 これはお酒の勢いによって引き起こされた事件なのだ。これで何故私に接吻をしようとしたのかという理由が判明した。

万が一にも私に接吻する人なんぞいないであろう。自身で言っておいてかなり虚しいが。

「たまに球場で知らない内におじさんから貰っちゃったりするんですよ~」

「そうなのか」

 そのおじさんには心当たりが有りすぎる。おっちゃん……。

「でもー、酔っ払っている女の子に手を出すなんて先生…!」

「違うぞ!酔っていると分かったから止まったのだ!」

 『わかってるよー』とまた新井。

 長谷川は相変わらず千鳥足で、新井に支えられて何とか立っている状態であった。どれ程飲んでいたのか心配になるな……。


「でも、もし酔ってなかったらそのままチューしてた?」


 突然、新井に痛いところを突かれる。正直、返す言葉がない。

恐らくアルコールの匂いを察知できていなかったらそのまま接吻していたであろう。あの瞬間、善意はまるで無かったのだから。

「……そ、それはーだなー……」

 私が何とか尤もらしい答えを考えるが、どう頭を回転させても『下心しかなかったので接吻をしていた』という正直過ぎる答えしか思い浮かばない。

「ふふふ、先生のそんな正直なところ嫌いじゃないですよ~」

 答えを熟考するなど、『私は接吻をします』と言っているようなものだった。

「先生はいつか危険な女性にはめられそうな気がしますね~」

「なっ……失礼な!私にだって人を見分けられる力はあるぞ」

「ふふっ、どうだか~」

 それからしばらく、私からいかにダメ人間臭がしているかなどを冗談交じりに言い合いながら歩いていると、新井の豪邸までやってくる。

遠くから見ても大きかったが、近くに来るとさらに威圧感が増すほど大きく感じた。

「じゃあ先生、わたしと渚ちゃんは家が隣同士なので、送っておきますね~」

「あ、あぁよろしく頼む」

 『この匂いは上手く言っておきますね~』と相変わらずおっとりとした声で告げると、新井の豪邸に隣接している豪邸へ向かっていった。


 二人の陰を見送ると、願わくば長谷川がこの事件について覚えていないことを祈って私も帰路につくことにしたのであった。


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