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これが私の女子硬式野球部  作者: 馬鹿
長谷川 渚
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2.長谷川 渚

 インスタントメッセンジャーのアプリケーションは実に便利である。手軽な文章を即時送ることが出来て予定などを立てる際にも役に立つし、おまけに無料の電話まで使えるという超優れものだ。こんなに機能が付いていておきながらダウンロードする際にかかる金額は一切無し!学生には勿論、我々教師も活用するに越したことはないはずだ。

 昔の話、ここに来たばかりの私に、そういう類のアプリケーションは入れているか入れているのならばフレンドになろうという誘いがあったが、その時の私はまだガラパゴスケータイを所持していたこともあり、そういうスマートな話には疎かったので拒否してしまった。今思えば勿体ないことをしてしまったものだ。あそこで他の教師とフレンドになれたのであれば私の生活も少しは違っていただろう。

 因みにその拒否したときの『なんだコイツ流行もんには絶対手を出さない俺格好いいとか思っちゃってる勘違い野郎か?新入社員のくせに偉いもんだなぁチッ』と思ってそうな顔をされたことはもう私の記憶には残っていない。残っていないのだ。そう言い聞かさせてくれお願いだ。


『先生明日11時に駅集合ね!!!!』

『Haseがスタンプを送信しました』

 Xデーの前日、まだかまだかとスマートフォンの前で正座しながら即席麺を啜っていると、0時すぎにやっと長谷川からそんな連絡が来た。

どうやら長谷川はこのアプリケーション上では『Hase』と名乗っているらしい。因みに私は皆に親しみやすいということと、個人情報が分からないようにという二つの天才的な理由で『先生』としている。

「なんだこの画像は……」

 文章と共に謎のキャラクターが投げキッスをしている画像も送られてきた。

『了解した。』

 とりあえず返事をしたが……。いかんせん落ち着かない。

 今日は結局長谷川と話す機会さえなく(主に王のせいで)、帰り際に電話番号を交換したのがやっとであった。このインスタントメッセンジャーはかなりの切れ者で、電話番号から友達になれるという私には到底理解できない仕組みがあるのだ。そこから今に至る訳なのだが……。

「結局どこのチームが好きなのだろうか……」

 やはり応援するにはそれ相応の格好というものがあるだろう。ましてや外野スタンドだ。長谷川曰く応援の聖地らしいその場所へ私服で行くのも気が引けるというものだ。

「今から……」

 聞くのはタブーだろう。もう深夜であるぞ。女の子はもう寝ないと肌が荒れる原因になるのではないか。それにこのアプリケーションは通知というシステムがある。その通知で長谷川が寝そうになっているところを起こしてしまったらどうなってしまう!明日はデートどころではないじゃないか!

 色々想定した結果、『よく考えてみれば長谷川の贔屓球団が分かったところで今の時間からはどうすることも出来ないじゃないか』という事に気づいた私は、興奮を無理矢理抑えながら布団へと潜り込んだのであった。



 翌日の朝、風は少し冷たく感じるが天気は晴天ということもあり日向の御陰でぽかぽかという擬音が合いそうな、そんな日になった。俗に言う観戦日和というやつである。

 案の定30分も早く着きすぎてしまった私は、自分の姿を反射させるものがあればその都度格好をチェックしていた。私もまだまだ若者である、年相応の格好が大事というワールドワイドウェブのご教授を参考にし、カジュアルにまとめてきた次第だ。

「長谷川渚……」

 ぼそっと誰にも聞こえないような音量でそう呟いてみると私は驚愕した。体中のありとあらゆる穴から汗が噴き出してきたのだ。

 というのも実は無理も無い。何せこんな女の子と二人でデートなんぞ、大学高校での経験をざっと思い起こしても全く頭の中に記憶されていない。

「とりあえず落ち着こう……2、3、5、7、11、13、17、19、23」

 心を落ち着かせようと素数を数えていると、29はどうだと考えようとしたところで冷静な思考が戻ってくる。

 私は肝心なことを理解していなかった。そもそもこれはデートとかそういう大それたものではないじゃないか。あくまで新井の代打だったではないか。

 そう自分に言い聞かせていると気が付けばなんだか虚しくなりそうであった。昨日あんなに興奮していたのが滑稽である。

「これはデートではない。付き添いなのだ」

「デートだよ?」

「いや違うな。私はあくまでも新井の……」

 何故だ……。私は一体誰と会話していたのだ……。

 後ろからした声は確かに私への返事であった。嫌な予感を募らせつつ振り向くと見事にそれは的中する。

「せんせっ!おまたせー!えへへ」

 それはそれは私が夢に描いていた長谷川渚そのものだったのだ。ということはつまり先の独り言を聞かれてしまったということだが…。

「きっくぅぇ?!は、長谷川……!!」

 独り言を聞かれてしまうという恥ずかしいことこの上ないというのに、内容も内容なだけに再び汗が噴き出してしまう。冷や汗である。

 しかし私はそれ以上に長谷川の姿に見とれていた。何とも女の子らしい格好である。高揚する私の気持ちを抑えるのに必死だった。

「どー?」

 全身を舐め回すように見つめていた私に気づいたのかは定かではないが、その場でくるっと一回転してみせる長谷川。 派手すぎず地味すぎず、綺麗にまとめている格好はザ・ノーマルを好む私にはど真ん中直球である。後ろに背負っている大きめのリュックサックまでもがアクセントになっているような気がする。

「完璧だ……。似合いすぎている……!」

 正直すぎる感想を言わざるを得なかった。恐るべし長谷川渚。


 前に述べていた通りこの近郊には球団は勿論、球場なんていう施設すらなく、私たちの地域からは1時間近く電車を乗り継いでようやく球場へ到着する。

 問題はその時間だ。流石に球場に着いてしまえば目の前の選手に夢中になって話す必要もないであろうが、今は違う。

 男と女が二人きりで1時間以上も電車に揺らされなければならないのだ。私にそんな覚悟がどこにあっただろうか。

 長谷川は事前に調達していたスナック菓子を頬張りながら外の景色に夢中であった。まるで子供のようである。

「い、いい天気で良かったな」

「だね~」

 こんな仕様もない会話を始めたら最後である。因みにこれが最初の会話だ。

 全く、私はこんなことすら予想できなかったというのか。私がいつコミュニケーション能力があると言った、大学での経験を無駄にするつもりか。人と人との繋がりはコミュニケーション能力がものを言うと自覚したはずだったではないか!

 顔を知ってからまだ一週間しか経っていないというのにこれは難易度高すぎるだろう。

 心の中で藻掻き苦しんでる姿を見かねてかは定かではないが、長谷川の方から話が始まる。

「せんせーは何で急にウチの顧問になったのー?」

「!!?」

 いきなり核心を鋭く突いてきた長谷川に思わず狼狽える。

「それはだな……」

 態とらしく咳払いを入れると本当のことを話した。

「この野球部の顧問として何かしらの結果を残さなければ転属になってしまうのだ」

 別に本当のことを言っているぞ。多少色々な感情は省いているだけで。

 『女の子を眺められるこの環境を手放すわけにはいかないからだ。そしてあわよくば長谷川とイチャイチャラブラブできないかと目論んでいる』と語っていたら、私はこの列車の窓から間違いなく突き落とされていたであろう。

「えぇ!?せんせー転勤しちゃうの?!駄目だよ!先生がいないと数学の点数がもっと悪くなっちゃうよ~!」

 駄目だよ!の所で鼓膜でも破れていれば多少私は幸せになれたのだろうか。

「はは、長谷川らしいな」

「そーかな?」

 それにしても、やはり気になってはいたのだな。流石に不自然であったか。

 いきなり顧問になったと私みたいな男が訪ねてきたら怪しく思うだろう。そう思わないにしても少しくらい疑念は感じているはずだ。

 ならば私も感じていた疑念をぶつけることにしようか。

「時に長谷川、何故お前たち3人はいつもあの部室にいるのだ」

 我が校に『部活動は絶対に校内で行うこと』という校則が無ければ、『生徒は必ず部活動をしなければならない』という校則も無い。つまり放課後は自由なはずだ。

 しかし長谷川、新井、王の3人に関してはわざわざその自由な時間に部室へと集まり、わちゃわちゃ会話しながら下校時間になれば解散するのだ。

「3人でどこかに集まれば良くないか?ファーストフード店が近くにあるだろう」

「あははー確かに」

 『食べる?』とスナック菓子を勧められ、断ることもなく一つ頂く。

「あの空間がいいんだよー。なんていうかな、あの3人だけの空間が」

 しみじみと上の方を見つめながらそう語る。その顔は微笑んでいながら不思議に思っているところもある、そんな感じであった。もしかしたら長谷川自身もよく分かっていないのかもしれない。

「3人だけの空間ね……」

 そして勿論その3人に私は入っていないのだろう。いや別にそこに悲しんでいるのではない。そもそも今の現状が4人いることに気づいていなさそうなのが悲しいのだ。

「うんっ!」

 長谷川のいつもの無邪気な笑顔がはじける。元気たっぷりのこっちまで力が湧いてくるようなそんな笑顔だ。



 と、ハイライトをピックアップしてはみたものの、これが会話のピークである。

 当然ならその後会話が続くわけが無く、一方的な長谷川のフリに私が一言で返事をして会話が途切れるというキャッチボールならぬバッティングが続いた。

 球場前の駅に着いたときには、いよいよ長谷川のフリが無くなってきた頃であった。駅から球場まで続いている道には大勢の人が集まっており、背があまり高くない長谷川からすると先の景色は全く見えない状態だろう。 道沿いにあるコンビニには自動ドアが開放されたまま人が列を成している。球場内の飲食物は割高のため、皆は外で調達してから入門するのであろう。

 因みにその情報を知っていた私は既に調達済みである。長谷川は言わずもがな、背負っていた大きめのリュックサックが物語っていた。


「うわー!!せんせー!うわー!!」

「すごいな……」

 係りの方に券を切ってもらい入門すると、まず私たちを襲ったのは太陽に照らされた黒い土と緑の芝であった。反射する緑はどこまで広い草原なのだろうかと、綺麗に整備された黒はオアシスなのではないかと錯覚させた。その中にある各ベースと、石灰でなぞられたラインがまたこれが見事に映えること。 あらゆる場所に設置されたスピーカーからは音楽が球場全体に響き渡り、バックスクリーンでは迫力のある映像が流れていた。 辺りでは売り子たちが少しでも売り上げるために声を張り上げているなど、私は圧倒されていた。

 ぼうっと突っ立っていた私は興奮する長谷川に『早くいこーよ!』と言われるまで動けなかった。

「じゃあ準備しよっか」

「え」

 指定されていた席はライトスタンドの中段あたりで、私は通路に沿った席で右隣に長谷川という構図である。

 席に着くや否や、長谷川はリュックサックからあるものを取り出した。ユニホームとメガホンである。

「あれ、せんせー何も持ってないの?」

「そんなにガチだとは思っていなかったぞ……」

 私服で来ていたからてっきり油断してしまった!結局ユニホームやその他グッズなんぞ全く用意していなかったではないか!

「だめだよせんせーここは応援の聖地なんだから~」

 タオル、リストバンド、帽子……次々に取り出されるグッズを一つ一つ装着していく長谷川。少々大きいと思っていたらこんな装備を仕込んでいたのか……。

「しょーがないなー」

 と長谷川が態とため息をつくと、私にタオルを渡した。

「これだけでも付けておけば完璧だよ!」

「かたじけないな」

 手渡されたタオルは長谷川の匂い(柔軟剤)が香るため、今すぐにでも顔を埋めたい衝動に駆られるが、教師としての立場を弁えている私はその後トイレに行った時に埋めた。その辺の常識は弁えている。

 準備を整えた私と長谷川は、まだかまだかと待ちわびているとそれから10分もしない内に試合が始まった。

 一気に周りのボルテージは跳ね上がり、私の鼓膜が大声が震える。

 もういつ以来かも思い出せないくらい現地での応援に久しかった私には懐かしくもあり、うるさかった。今出しているこの声が一体どれだけの選手の耳へ届いているだろうかというのは答えが明らかであったが、それでも周りのファンは選手を、チームを応援していた。それは長谷川然りである。そんなファンの熱意に感化されていたのか、気がつけば私も自然と声を出していた。

 試合展開はというと贔屓チームの一方的な展開で、打撃陣は序盤に5点を先取しなんと4回で相手の先発投手を降ろしていた。投手陣もその勢いに乗るように、5回まで二塁ベースすら踏ませない完璧と言っても差し支えない内容だった。

「うぅ…」

 グラウンド整備が始まり試合も終盤に差し掛かろうとしていた頃、試合展開とは裏腹に長谷川がそんな元気の無い声を出した。

「どうしたのだ」

「お腹空いたぁー」

 とぐったりした声を吐き出しながら私にピタッとくっついてきた。暖かな顔と柔らかな胸を押しつけられ、私はあらゆる角度から多数の視線を感じた。

「な、なななな何をやっている!公共の場だぞ!」

 小声でそう諭しながら必死で長谷川を私から剥がした。この360°からの矢に私は耐えられる気がしなかったからである。

 というより何故昼食用の食料はどうしたのだと長谷場話の背負ってきたリュックサックをもう一度見ると、そこはもぬけの殻であった。本当に応援グッズしか用意してこなかったようだ。

「ねーちゃん腹減ったんか?」

 とふと長谷川の右隣に座っていた、いかにも『陽気なおっちゃん』というあだ名がありそうな人だ。

 私が自分用の食料を渡そうとしていると、長谷川がおっちゃんから紙コップに詰められた唐揚げを受け取っていた。

「やったー!ありがとうおっちゃん!」

 長谷川もおっちゃんという認識だったらしい。

「すいません本当に、ありがとうございます」

 教師という(一応)監督者である以上、お礼は伝えておこう。お酒を飲んでいたからか恥ずかしさからかは解りかねるが、そのおっちゃんは赤く火照らせた顔をくしゃりとつぶしながら『ええねんええねん』と繰り返した。長谷川に『がんばろな!』と声をかけると、さらにアメも渡していた。

 どうやらリュックサックに食料などを詰め込む必要など、長谷川にはなかったようだ。


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