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これが私の女子硬式野球部  作者: 馬鹿
長谷川 渚
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1.長谷川 渚

 高校の野球部の最後の大会では三球三振に倒れ、大学受験に失敗しほぼ三流の大学に進学、慢心して挑んだ就職活動に屈して既卒生、なんとか家族の信頼を取り戻そうと教師を目指し何とか一番倍率の低い数学科に合格することが出来た。そこで私は天国を掴み、可愛い女の子を眺めながら仕事を全うできるという今までの失敗でもお釣りが返ってくるような素敵な生活を送っていた。

 がしかし運命というのは皮肉なことに、一人幸福になる私を許すことはなかった。校長から硬式野球部(部員3人)を復活させ、嘗て光り輝いていた栄光を取り戻して人気を得ろという、あまりの無理難題にどこかの公達も逃げ出すであろう。

 だがここで諦めてはこれからの私のハーレム生活が儚く散ってしまうのだ。それだけはあってはならないことだ。ただ、期限は年内いっぱいまでである、野球素人3人を引き連れてどうやって人気を出せというのか。とにかく時間がない。

 あぁ、私なら不死の薬があれば5秒もかからない内に飲んでいるというのに……。


「長谷川。何をやっているのだ」

「あ、せんせー!」

 昼休み、私が居心地の悪い職員室から逃げるように屋上へ向かっている最中、奇妙な長谷川を確認してしまったので思わず声をかけてしまった。

「プロ野球選手の物真似だよ。せんせー野球見ないの?」

「いや見ているが……」

 足を広げてがに股にし、左足のかかとを浮かしながら打つ構えをしている。

「それは種田か?」

「おぉ!せいかーい!」

 何故こんな女の子が種田の真似をしているのか……。そういえば新井が、長谷川は物真似ができるとか言っていたな。

「プロ野球好きなのか?」

「もちろん大好きだよ!せんせーも顧問ならプロ野球に詳しくないと駄目だよ!じゃあまこちゃんとおーちゃん待ってるからまた部室でー!」

 好きな人に話を続けようと疑問文のメールばかり打っていたら向こうから強制的に話を打ち切られた気分だった。それにしても元気な子である実にいい、17歳なのだからこうでないと。

 長谷川の背中を先日のパンツを思い出しながら見送ると、そうであったと私も本来の目的を思い出し、屋上へと向かった。


「長谷川はプロ野球が好きな女子高校生、と」

 手帳に書き留める。

 校長から渡された全学生の住所と少しの詳細が記録されている住所録を捲りながら、野球部に入ってくれそうな逸材を探しだす。

勿論のこと個人情報てんこ盛りのこの住所録は学校内でしか閲覧できず、用が済めば校長へ返さないといけない。

 だからこんな空き時間を使って情報収集するしかないのだ。

 それとは別に、出会った女の子は手帳にその詳細を記録している。どうしても住所録の方では情報が少なすぎるからだ。

「うーん…バストは78くらいか…?」

 残念なことにスリーサイズも載っていないため、自分で計測しなければならなかった。

「ヒップは80くらいかなっと」

 私は野球をする云々ではなく、まずはあの3人を知ることを優先することにした。そして親密度を高めることが目的だ。

 この最低残り6人を集めるためには私一人では物理的に不可能だと思っているだけだ。決してあわよくば友達以上の関係になってどこか人気のない田舎で二人のんびりとラブラブエッチな関係を築ければとかそんな下心丸出しな考えはしていない。神に誓っては断言できないが。

「パンツは白地に水色のドットを確認」

 あの三人と出会って一週間が経った。長谷川はいい子である。自分の下着を凝視されたのに、その出来事が無かったかのように私に接してくれている。

 新井はのんびりとしている。部室でも長谷川と王の二人のトークに相槌を打っているだけで、話を振られても当たり障りのない答えを返し、例えるならまさに空気といえよう。

 王は非常に俺に対して当たりが強い。不可抗力で長谷川のパンツを見てしまっただけだというのに、私がまるで家来のように扱う。しかし私も言い返す訳でもなく、何故かいつも敬語になってしまう。

「何故だ……書いてあることがめちゃくちゃだ」

 ふと手帳を見返してみると、長谷川の情報を完璧に収集しようと書いたはずなのに意味不明な文字達が羅列している。『趣味:プロ野球』くらいしかまともな情報がない。

「……まぁいい。ここから親密度を高めるか」

 私はスカウティングをするために情報録へ目を移した。


 放課後になると私が向かうのは硬式野球部部室。もといお茶会会場である。

 この家みたいな部室を目の前にしても既に何も感じなくなっていた私が恐ろしい。他の生徒たちもこんな気分になったのであろうか。

『ピーンポーン』

 ドアの横に付いているインターホンを押し、誰か出てくるのを待つ。理由は事故が起きないためだ。

『はーいせんせー入っていいよ』

 長谷川の許可が降りたところで私は部室へのドアを開けた。

「遅かったねせんせー」

 部屋に入るとそこにはもう全メンバー3人が揃っていた。私は大概最後にやってくる。あの事故がまた起きないかと期待している節があるからだ。

いつか信頼を得てインターホンを鳴らさなくても良くなるまで私はめげないぞ。

「教師は忙しいのだ」

 適当な言い訳をして3人を囲む卓袱台に座る…のではなく、そこから離れた位置に胡座をかいて座った。理由は王が嫌がるからだ。

「あんな暇な創意工夫のない授業をしておいてよくそんな事が言えますのね」

「授業するだけが教師の仕事じゃないんですー!」

 王の図星中の図星であるところ突かれて、逆に若干の怒気を含めてそう返答した。

「おーちゃんこう見えて、先生も一応先生なんだよ。授業以外にも何かあるんだよきっと。」

 長谷川、それはフォローになっていないぞ。

「貴女にとってはあの授業は嬉しいかもしれませんが、ワタクシにとっては相当無駄な時間ですのよ…!」

「いやーだって楽なんだよーあの授業~」

「あ、そういえば渚ちゃん、今日の昼休み先生となにか話してたよね」

「そうそう!種田見てもらったんだー!」

「例のあの足を開いて構えるアレですの?」

「そうだよー!あれねー結構足だけが見られがちだけど、腕も結構大事なんだよー?」

 こうやって女子トークが始まっていく。

 この間私は何をしているのかというとずっとスカウティングだ。一人ずつ目にとまった生徒をチェックしていくのだ。

 最初の頃は本当に野球しないのか?と疑っていたが彼女たちは本気だ。下校時間ぎりぎりまでずっと話続けている。

女子というのは改めて掴みきれない存在であると認識するとともに、一つ謎に思うことがあった。


 なぜ、わざわざ部室内でやる必要があるのだ……!!


『絶対下校時間まであと15分です。校内にいる生徒は速やかに下校しましょう』

 絶対下校である18時まであと15分になったとき、録音された女子生徒のそんな声が流れると共に、クラシックがBGMとして流れる。

18時までには家に帰っていた私にとって、この放送の存在を知ったのはつい最近のことである。

「もうそんな時間ですの?支度しましょうか」

 いつも王のそんな一声で呆気なくお茶会はお開きとなる。

 ドアに鍵をかけ、3人と別れようとしたときだった。

「あ、せんせー!確かプロ野球見てるんだよね?」

 長谷川に呼び止められた。

「あぁそうだが」

 全く質問の本質が見えてこず思考を巡らせていると、思ってもよらない『誘い』がかかることになる。

「じゃあ明後日の土曜日見に行こうよ!」

「え」

 私が唖然としていると、他の二人も唖然としていた。

「貴女…正気でして…!?」

「渚ちゃんのコミュ力はすごいねー」

 これには私も新井の言葉に賛成だ。

「そう?あのねせんせー、明後日どうしてもまこちゃんが来れなくなっちゃって」

「それは駄目よ渚!」

 全力で引き留めにかかる王。我が子を下衆の男にはやらんとばかりである。

「真琴の代わりにはワタクシが行きますわ!」

「駄目だよーだってライトスタンドだよ?」

「んぐぅぅ!わ、ワタクシでも…ら、ライトスタンドくらい…!!」

 ライトスタンドに何か思い出したくない過去でもあるのか、かなり自分の中の嫌悪感と戦っているように見える。

「駄目だよ。あたしが駄目って言ってるの。それに先生は一応教師なんだし大丈夫だって多分」

「くぅ…。貴女も完全に信用していないように聞こえますのか気のせいかしら…?」

「気のせいだよ!多分」

 長谷川は恐らく正直なことしか言えない素直な人物なんだろうなと確信する。そしてそのせいで私の心がどんどん抉られていく。相当信用が無いようだ。

 詰まるところ、その後私は長谷川と二人で野球を見に行くことが決定したのだ。私はその非現実的な現実に気が付くには家に帰ってからのことである。



「やべえええええええええ!!!!!」

 叫ばずにはいられなかった。無理もない、ぴっちぴちの現役女子高生にデートのお誘いがきたのだ。

 どんな服を着ていこう、カジュアルに決めた方が良いのか、敢えてドクロ系でいくか、いやいや野球観戦なのだユニフォームを着てだな…。

とそこであることに気づく。

「そういえば、長谷川の贔屓している球団はどこなのだろう」

 残念ながらこの近辺に球団どころか球場すら見あたらない地域なので、どこの球団のファンなのかが分からない。

 とりあえずテレビを付けて見ることにした。丁度プロ野球中継が始まったところだろう。試合はソフトバンクと阪神との試合だった。

「久しぶりに見るな…」

 最近は野球部の方で頭がいっぱいだったため、プロ野球中継は久しかった。

 子供の頃はよくテレビにへばり付いていたものだ。贔屓は地域のせいもあって阪神だった記憶がある。懐かしみながら中継に目をやると、知っている選手はほとんどいなかった。

「え、こいつレギュラーになってたのか…」

 唯一知っていた当時は2軍だった選手が打席に立つのを見て驚愕した。

高校の時はどちらかというと高校野球に興味があった私は、プロ野球中継を真剣に見るのは中学か小学生くらい遡らないと記憶にない。

 かれこれ10年近くも経ったのだ。あの当時とのギャップは、今すごく衝撃的である。

「……とりあえず明日、長谷川に直接聞いてみるか」

 今はとにかく連絡手段がない。一応スマートフォンを使用している私だが、手軽にメッセージを送れるアプリなんぞ入れてる訳がなくメールだけで連絡のやりとりをしている。

主に連絡する相手は家族だけなので、なんだ困ったことは無いぞ。悲しいことにな。

『打ったー!これは行ったぞ!文句無しィ!!』

私が唯一覚えていた選手が、興奮する実況を添えてホームランを放つ映像が目に入る。

「こいつはここまで成長したのか……」

 比べるのはおかしい話だが、何とも言えない居心地の悪さを感じてテレビを消した。

 ふと周りに目をやると、狭い狭いワンルームの私の部屋にある家電が『お前は何も成長してないな』と罵っているように見える。

 私はこれでも成長したと感じているのだがな。だが、教師になれただけで満足していることは否めない。満足していたからこそ慢心し、この現状なのだから。

 私はスマートフォンを手に取ると、焦燥感からインスタントメッセンジャーのアプリケーションをダウンロードした。

 頭の中で長谷川を創造し、様々な返事をシミュレーションしながら明後日の土曜日に心躍らせることにする。



『せんせっ!おまたせー!えへへ』

『え!せんせーもこの選手しってるの!?』

『たのしかったねっ!せんせ~』

『せんせー……あの…ね。今日はあたし…帰りたくないな…』

『せんせ………いいよ……?』



 何がいいのかは健全に育ってきた男子諸君には理解してもらえるであろう。

 そうして、若干美化された長谷川とのシミュレーションが完成したときにはもう日を跨いでいたのであった。



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