大家族
『晴遙園(セイヨウエン』
事故や虐待、置き去りなどあらゆる理由で親元にいられなくなった子供が入る、いわゆる児童養護施設である。
「昴くん、ちょっと手伝ってー!」
トントンと小気味よい包丁の音を響かせながら女性が声をかける。
「はい、今行きます。」
昴と呼ばれた青年は自分を取り囲む少年少女にごめんねとことわって台所へ向かった。
「ふふ、昴くんは人気者ね。」
そろそろ40に差し掛かろうという保母は可愛らしく笑う。
美味しそうな料理の盛りつけられた皿を持ちながら昴は曖昧な笑顔でそれに応えた。
「ほら、ご飯になるからみんな手洗いしてきな。」
テーブルに皿を並べて促すとはーいと元気な返事が返ってくる。我先にと洗面所に駆け込む姿に自然と笑みがこぼれた。
「すばるお兄、おててきれい出来たよ!」
比較的年が上の少女が小さな手のひらを得意げに見せると僕も私もとみんなが倣う。
「みんなえらいな。じゃあ自分の場所に座っていただきますしよう。」
「はーい!!」
またも元気な返事に保母がころころと笑った。
「昴くん、いつもありがとうね。一番お兄さんだからつい任せっきりにしちゃって…。」
食事が終わり幼い子ども達はお昼寝の時間。
保母と2人でゆっくりとお茶を飲んでいるとふとそんなことを言われた。
「別に、たくさん弟妹が出来たみたいで楽しいし頼られるのも嫌じゃないですから。」
「そう?ならいいのだけれど、少し無理してるんじゃないかって心配なのよね。」
ほうっと息を吐いて眉を下げる彼女に昴は大丈夫ですよと微笑んでみせた。
小さな頃から面倒をかけている彼女にこれ以上自分のことで心労を増やしたくはなかったし言ったことも正直なものである。
まぁ、時々は煩わしさを感じなくも無いが自分の存在意義がはっきりと感じられるここはどこよりも安心出来る場所であることには変わりなかった。
昴の気持ちを汲んだのか母親代わりの彼女はふわりと優しく笑みを刻み、それでも、無理はしないでねと昴の頬に手を添えて念を押した。
慣れ親しんだ温かく柔らかな感触に心を和ませながら、この手に触れるまで随分長かったなと思い返した。