人魚の島 5-1
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カルミア村の住民には内気な人間が多いらしい、というのが上陸した大陸人の感想であった。
港はがらんと人気がなく、しかし大陸人を避けているわけでもなさそうで、窓から興味津々に輝いた瞳が覗くのだが、目が合うとはっとわれに返ったようにいなくなってしまうのだ。
そこへきて、やはり最初に接触を持ったのは村の子どもたちである。
物資の水揚げをやっているところにどこからともなく寄ってきて、話しかけるでもなく屈強な水夫たちをじろじろ見つめ、積み荷を覗き込み、水夫とはすこしちがう文官にも裳裾を引っ張ったり遠くから見つめたり、かといってこちらから話しかければ蜘蛛の子を散らして逃げていくから、しばらく困ったように距離を取りかねていたものの、ひとりの少年が話しかけてきたのをきっかけに、子どもたちは先ほどまでのためらいがうそのように大陸人を取り囲んだ。
気のいい水夫たちは子どもたちと遊びながらも水揚げを続け、ひとまずの寝床として村長から借り受けた広い一軒家、もとは酒屋だったらしいが、主人が病気で死んでから何年も空き家になっているという家へものを運び込んだ。
そうしているうち、自然と子どもを通じてほかの村人とも会話が成立するようになり、内気らしかったのは最初だけ、通じ合ってみれば大陸も島も変わらぬ人間である。
湾の外でアリス号が錨を降ろしたのは、まだ太陽が天球の頂上に輝く昼下がり、水揚げ作業が終わったのは日がぐんと傾いた夕方で、海と空はにわかに色を変え、さっと鮮やかな朱色が水平線に覆い被さっている。
そのあいだ、正行がなにをしていたのかといえば、はじめは水揚げ作業を手伝っていたものの、鍛え抜かれた水夫に比べてあまりに貧相な筋肉しか持たぬ正行だから、途中で足手まといだと追い出され、しょげながら町のなかを散策していたところ、ちょうど借りている家から出てきたコジモ一行と出会い、お互い事情を聞いて偶然の出会いに驚きながら、連れ立ってカルミアの村を歩きまわっていたのだ。
船のなかでは綿の入った分厚い布を何枚を着ていた正行だが、この島にきてからは身軽なシャツと短いズボンという格好、海上でも日に焼けたはずなのに、島の住人に比べれば生っ白い手足がふらふらとゆく。
「それにしても、海上で遭難してよくここまでたどり着けましたね」
と正行が言えば、コジモは自らの幸運をからからと笑って、
「なに、食料はあったし、もともとあてのない船旅、航海術なども持たぬから、なんにしても遭難のようなものよ。むしろ激しい嵐に遭いながらちゃんと航路を保ってここまでやってきたお主らこそ大したもの。よほど優秀な航海士がおるのであろうな」
「航海士というか、指針がありましたから」
正行も笑って、その揺れる背中を若い弟子のブルーノが興味深そうに観察している。
「ううむ、人魚というのは海中でも方向を察知できるのか。文献にはない話だが」
「うちの城にも文献としてはほとんど残ってないんですよ。実際にフローディア――その人魚から聞いた話ばっかりで。でも、この島の裏側には人魚の集落があるんでしょう。興味があるなら、そこへは行かなかったんですか」
「そういう集落があるという話は聞いておったが、いかんせん、陸路では到達できんらしいのだよ。カルミア村の背後に控える高い山を迂回する旧街道があるらしいが、手入れもされておらず、半ば森に侵食されておるらしい。かといってここの住民は人魚に対してどうにも複雑な感情を持っておるようだし、人魚の集落に行くから船を貸してくれとも言えんのでな」
「はあ、なるほど――やっぱり、この村と人魚にはなにかあると思いますか」
すこし声をひそめて言うのに、コジモはうなずいて、
「基本的には陽気で善良な村人ばかりだが、人魚の話題になると唐突に口を噤む。触れられたくないというのがはっきりと伝わるほどだから、それ以上は聞いておらんが、この島に残った古い文献などを調べると、昔はこの島で人魚と人間がいっしょに暮らしていたらしい」
「へえ――なんだか楽園的な光景ですけど」
「うむ。それが離れて暮らすようになり、なぜ互いに複雑な感情を持つようになったのか――なにかきっかけがあったのか、あるいは緩やかな変化の末にそうなっておるのかはわからんが」
コジモ一行に正行を加えた四人は、港から村長の家までを貫く勾配のきつい路地ではなく、村の東側の、あまり民家が建っていない古い路地を歩いていた。
石畳の道があることを思えば、昔はこのあたりにも家があったのだろうが、いまではすっかり森が浸食し、左右には喬木、石畳のあいだからも草が顔を出しているほどで。
しかし坂道はきつく、上りではなく下り坂で、どうやら山の裾野に沿って迂回するような道らしい、コジモは何度か探索しているらしく、気遣いもなく進むが、正行はいつぞや苦労した深い森を思い出して、なんとなくいやな予感があるらしい、あたりをきょろきょろと見回して落ち着きがない。
「この道は、どこへ続いているんですか」
「大穴だよ」
「大穴?」
「まあ、見ればわかる。それより、あれがわかるかの」
コジモは立ち止まり、右手、森のなかをすっと指さした。
指の先を追う正行に、後ろのブルーノも真似して森を覗き込むものだから、ため息のファビリオに後頭部をぱしんとやられている。
森のなか、木々の幹に隠れて見えづらいが、なにやら苔生した石造りの名残のようなものがある。
路地を逸れ、森のなかへ入ってみると、それはたしかに古い石造りの跡らしく、幅五メートルほど、長さに関してはわからないほど長い水路のようなものが上流から下流へと続いていた。
左右を囲う石造りにはすっかり苔が生え、植物が芽吹き、多くの部分では崩れてしまって、残っているものから用途を推測するのはむずかしい状況だった。
しかし建設技術はたしからしく、森の地面の一部が大きくえぐられ、そこに石造りの水路めいたものを備えつけているらしい、水路の底は正行たちが立っている地面よりさらに二、三メートルほど下である。
「おまえさんは、これをなんだと思う?」
コジモは正行を見る。
正行は、試されているのかな、とちらり、同年代のブルーノを見やって、
「なにか古いものの遺跡らしいというのはわかりますけど、用途までは。水路のようにも見えますけど、こんな森のなかに、どうして人工の水路なんかがあるのか――いまは川も流れていないみたいだし」
石造りの水路は、高さは二メートルほど地中に掘られていて、水路としては存外に立派なものだろうが、いまは一滴の湿りもない。
後ろでブルーノが満足げに腕組みし、にやりとするのに、またもやファビリオが高等をぺしりとやりつつ、
「おれたちもその水路みたいなものには頭を悩ませているんだよ。どうも様式から考えて古いものらしいとはわかるんだけど」
「この先にある大穴っていうのは、これと関係あるものなんですか」
「さあ、それもわからん。村人に聞いても、昔からそこにあることは知っているが、なんのために、だれがいつ作ったのかは知らんときている。文献を漁っても手がかりらしいものもなし、正直なところ手詰まりだったのだよ」
コジモはもとの路地に戻りながら言って、正行をちらり、皺の目立つ口元に笑みで。
「そこへきて、かの大学者ベンノの弟子というおまえさんがきたものだから、なにか示唆をくれんもんかと思ってね」
「この島でじいさんの名前を聞くとは思わなかったけど」
と正行は苦笑い、
「じいさんの名前を出されたんじゃ、おれも真剣に考えなきゃいけませんね。師匠ってわけじゃないけど、あのひとの名前を穢すわけにはいかないし。とにかく大穴ってのを見てみたいです」
「別になんにもない、ただの穴だよ」
と気軽な様子でブルーノが後ろから言った。
「ぼくたちは何度も見に行ってるけど、水路とちがって人工のものでもなさそうだし、穴の奥になにがあるわけでもないし」
「ただの大穴か――それはそれで興味をそそるけどな」
四人は古い石畳を進む。
途中、森はさらに深くなって、石畳の上には枝や葉で屋根ができ、浜風もここまでは届かぬらしく、じっとりと暑い。
南国の木々は幹が太く、歯が大きく繁って、ちちちと甲高い鳥の鳴き声がどこからともなく聞こえてきた。
葉の陰、枝のすき間に正体を探すが、どうにも見つからず、そもそも聞こえてくる方向も前やら後ろやらよくわからぬ有り様、正行は諦めて森のなかを見通した。
太い木々のすき間に、時折人工的に切り出されたらしい石が散見される。
それがさきに見た用途不明の水路の一部なのか、別のものなのかはわからぬが、同時代のものにはちがいない、すっかり植物に浸食されて、文明の名残が妙に森と馴染んでいる。
「このあたりに、石が切り出せる山があるんでしょうか」
「さあ、わしの知る限りは、そんなものはないが――村の家々は、昔に大陸から運ばれた物資で作られたらしい。あれは軽くて加工もしやすい石でな」
「じゃあ、水路の石も?」
「同質の石なのはたしかだが、村の家々と同じ時代にできたものではあるまい。いまでこそこの村は大陸との行き来もない、ほとんど忘れ去られたような村だが、昔はおそらくもっと交易があったのだろう。大陸に残る人魚伝説も、あるいはここが発祥かもしれんしの。石材などと引き替えに、人魚が大陸へ渡った可能性はある」
「なんだかいやな考え方だ」
「まあ、人間も陽気なばかりではないからの。陽があれば、だれにでも陰はある。時代も同じよ」
コジモは半袖のシャツと短いズボンから老いた手足を晒して、きびきびと行く。
「人身売買といえば聞こえは悪いが、この島から大陸へ人魚が渡ったと考えれば、近年になって人魚の話題が大陸から消えたのも理解できる。伝説によれば大陸付近の海域にも人魚が住んでいたというが、一説では不死身とも伝えられる人魚がまとめて絶滅したとも考えづらいし、どこかへ移住したと断ずる根拠もない。それより、この島との交易が途絶え、人魚が大陸へ出向くこともなくなったと考えるほうが自然であろう」
「人身売買か――」
「そろそろ大穴が見えてくるころだ」
灰色にくすんだ石畳をゆけば、真正面、やはり古い時代に作られたらしい石造りのなにかが現れる。
石畳の通路に対して半円の形状、そこには植物も生えず、雨風に晒されて色褪せた石がそのまま残され、近づけば、その奥がまさに大穴であった。
古い石材に足をかけ、ぐっと覗き込めば、いびつな半円、底に闇がわだかまる巨大なくぼみで。
幅と奥行きはそれぞれ三十メートルほど、深さは定かではない。
これほど巨大でも、人工的ではなさそうだという理由は、穴の周囲はどうも自然に地面が崩れてできたような歪さで、一部は最近になって崩れたらしい、太い樹木が傾いて、ようやく根でぶら下がっている様子。
「はあ、でかいなあ……」
正行がぐいと覗き込んで呟けば、声が大穴に反響し、こだまのように返ってくる。
「たしかに、これを人間の手で掘るのは無理だろうな。何ヶ月かかるかわからないし、そこまでしてこんな穴を開ける理由が見当たらない。別に、まわりになにがあるってわけでもないしな」
大穴の周囲はすべて森、ただ石畳の通路に面した一部だけに石材の囲いがある。
ぐるりを回ってみようにも、森が深くむずかしいが、一見して思いつくのは自然のいたずらであった。
「隕石かなんか落ちたのか――それとも、単なる地崩れなのかな。そうだとしたら、この下には自然の空洞があるってことだけど。この穴のなかは、調べてみました?」
「いや、なにしろこの深さだからの。縄で縛りつけても危険だろうと、なかには入っておらん」
「ぼくは入ってもいいんだけどさ」
とブルーノ、石材に手をついて穴に向かって身を乗り出す。
「でも、たぶんなんにもないよ、この下にも」
「自然にできた大穴ねえ……昔は、このまわりにひとがいたはずなんだよな。そうでないと、あんな水路もないはずだし、この囲いだって作らないはずだ。やっぱり石材は落下防止の柵なのかな。となると、穴自体はやっぱり古いものなんだろうけど、用途もなさそうだしな」
正行は腕組みし、ぶつぶつと独り言、コジモはそれを興味深そうに見ている。
「どうかね、いくつかの謎を一挙に解決できる法は見つかったか?」
「いやあ、いまのところはまったく――」
頭を掻く正行、ふと地面を見下ろして、手のひらに乗るほどの黒い石を拾い上げる。
背後でファビリオが感嘆して、
「よく気づいたな。やっぱりブルーノとはちがう」
「わざわざぼくを引き合いに出さなくてもいいだろ」
「なんですか、この石は。ほかの石とすこしちがうように思いますけど」
「それはおそらく溶岩だ」
とコジモ、正行から石を受け取り、手のひらで転がしながら、
「すぐそこに山があるだろう。あれもかつては活火山だったようでの。いまはその気配もないが」
「はあ、活火山ですか――それと大穴と、なにか関係があるのかな。ありそうといえば、ありそうだけど」
ううむと考え込む正行、コジモもうなずいて、
「まあ、一朝一夕には浮かばんだろうが、知っておけばなにかのきっかけにひらめくこともある。まあ、この穴についてなにか思いついたら教えてくれ」
「わかりました。あの水路も含めて、考えてみますよ」
「それから、おまえさんたち、いつまでこの島に滞在するつもりかね?」
と道を戻りながら、コジモ、
「実は、さっきも言ったようにわしらの船は二度と外洋には耐えられんほど傷んでおってな。もし定員に余裕があるなら、大陸まで相乗りさせてくれんか。無論、その暁には大陸でなにかと協力できることもあろうが」
「定員なら、まだ百人くらいはいけますよ」
正行は笑って、
「なんせあれだけでっかい船ですから。一応、もう島へきた目的は果たしましたから、もう数日滞在して、ここで食料やらなんやらを調達してから大陸へ戻る予定です」
「なるほど。有益な交易はできそうかね」
「さあ、交易という目的でもないんですが――でも、いい島だってことはわかったし、それが敵じゃないと知れるだけでも充分です。このところ、どうも敵ばっかりでしたから」
「しかしエゼラブルとは同盟を組んだのだろう? そのうわさを聞いて、わしは驚いたのだ。いままで孤立主義を貫いていたエゼラブルが、はじめての同盟相手としてグレアムを選ぶとは想像しておらんかったからの」
「まあ、あれはちょっとした偶然というか。エゼラブルとしては、グレアムと同盟を結ぶつもりはなかったんだと思います。あれは孤高で、エゼラブルの魔女として周囲に恐れられるがゆえに国を守れるという変わった風土の国でしたから」
「その魔女を陥落せしめたのが、つまるところおまえさんだ。どんな手を使った?」
「うーん、どんな手ってわけでもないんですけど」
と正行は照れ笑いに、ほんのすこし昔を懐かしむような顔で。
「強いていえば、いっしょに冒険したってことですかね」
「ほう――」
老コジモの目が油断なく光り、なにか感じ取るものがあったらしいが、言葉にしない思慮深さで。
その後ろでブルーノは露骨に不思議そうな顔、ファビリオはそれを見てまた呆れたように息をついていた。
アイラはその日はじめて大陸の人間を見た。
といって、村人となにが変わるわけでもなく、強いて言えばみんな背が高く体つきが立派なくらい、言葉も同じで、怒鳴りもすれば笑いもする。
ただ、なにかきらきらと輝くような、不思議な魅力を持っているのはたしからしく。
村人たちはみんな大陸からの客に夢中だと、アイラは遠巻きに見ている。
アイラの少女らしい、他人を頑なに受け入れない心がそうさせているのである。
村唯一の酒場で、大陸人たちは酒を飲み、大声で騒ぎ、それを村人たちが取り囲む。
大陸人の大きな口から紡がれる物語はどれも魅力的で、この退屈な島の住人には刺激的、つい引き込まれてしまいそうになるのを、アイラはぐっと堪え、しかしその場から立ち去るのでもなく、じっと大陸人のほうを見ていた。
十二、三という年ごろの少女が、酒場の入り口で近づくでも遠ざかるでもなく見ているものだから、大陸人のひとりが気づいて、
「どうした、お嬢ちゃん。なんか聞きたいことでもあるのかい?」
と話しかけると、アイラはびくりと身体を震わせ、怯えたような顔つきで逃げ出した。
その背中に、
「おい、おまえの顔が怖いから逃げちまっただろ、かわいそうに」
「精いっぱいの笑顔だったんだが」
「それが怖ぇのさ」
笑い声が覆い被さり、アイラは顔を赤くして、複雑な気持ちで村のなかを駆けた。
すでに日暮れ間近、夕陽はいましも水平線の彼方に落ちんとするところ。
揺れ動く水面はきらきらと夕陽を反射して、アイラの頬にもぱっと朱が散る。
湾の外には、昨日までなかった巨大な帆船アリス号の影、湾のなかにもたくさんの船が止まっていて、すでに水揚げ作業を終えて水夫たちはいなくなっているものの、桟橋の先に腰を下ろし、足先を海に浸す人影がひとつ。
毎日のようにこの夕陽を見ている村人が、いまさらそんなふうに眺めたりするはずはないから、大陸人にちがいないが、それにしても村人と変わらぬ体格の影である。
アイラは黒目がちな瞳でじっと観察し、桟橋を恐る恐る近づくと、その半ばで大陸人がくるり、アイラは忍び足の途中でびくりと足を止める。
「お、なんだ」
とからかうような、楽しむような声も存外に若い。
「だるまさんが転んだでもやってるのか」
「だ、だるまさんがころんだ?」
「ああそっか、知らないか、そうだよな」
大陸人は頭をがりがりと掻いて、アイラにとってはそれがはじめての大陸人との会話で。
「どうした、なんか用事か?」
言葉としては先ほど酒場でかけられたものと大差ないが、その体格のせいか、夕陽を背負った大陸人の影しかわからぬせいか、アイラは逃げ出したい気持ちを堪えて、
「よ、用事は、ない」
「ないのか。じゃ、いっしょに夕陽でも見るか。きれいだよな、ここの夕陽は」
「いつもと同じ」
「うらやましいよ」
「大陸の夕陽は、きれいじゃないの?」
裸足で、徐々に距離を詰めていくアイラ、どこまで近づけるのか度胸試しをしているふうでもあり。
大陸人のほうでは、そんなことには気づいていないらしい、足先で生温い海水を跳ね上げながら、夕陽を眺めている、その雫がきらと飛び散るのをアイラは見ている。
「大陸の夕陽もきれいだけど、いろいろと思い出がありすぎて、素直に感じるのはむずかしいな」
「思い出があるのに、いやなの?」
「楽しい思い出ばっかりじゃないからなあ。でもまあ、たしかに同じ夕陽だし、ここと同じようにきれいに見えるはずなんだよな」
アイラは桟橋の先に座る大陸人の近くまで寄って、そのそばに、背を向けて座る。
「きみ、名前は?」
と大陸人、振り返りもせず。
ただ緩く風が吹いて、髪が揺れ、赤く染まった頬がちらり。
「あ、アイラ」
「おれは正行。あと何日かこの島にいる予定だから、よろしく」
「よ、よろ……あ、あの」
アイラはもごもごと口のなかで照れて、
「に、人魚」
「人魚?」
大陸人ははじめて振り返り、アイラは相手が予想よりも若いことを知る。
「人魚が、どうかしたの」
「その、船から、人魚が出てくるの、見かけたんだけど」
「ああ――よく見てたな。うん、そうだよ。おれたちがここまでこられたのは、その人魚のおかげなんだ。でも、この村のひとは人魚があんまり好きじゃないみたいだ」
「うん……いっしょにいるのを見つかったら、怒られる」
「きみは、人魚のことがきらいじゃないのか」
「き、きらいじゃない」
「じゃあ、いっしょだな」
からからと明るく笑う声が風になびく。
「おれも、人魚のことはきらいじゃないんだ。よかったよ、この村にもそういう考えのひとがいて」
アイラは風に巻かれる髪を押えるふりをして、その髪の先を引っ張って頬を隠す。
「あ、あの、人魚はどこへ行ったの?」
「この島の裏手にある、人魚の集落に戻ったよ」
「怪我とか、してなかった?」
「大丈夫らしい。人魚は人間に比べるとずっと丈夫らしいから」
「そ、そっか――よかった」
「あの人魚、フローディアのことを知ってるの?」
「し、知らないっ」
アイラはぱっと立ち上がり、桟橋を軋ませながら村のなかへ駆け戻った。
緊張した面持ちに、すこしのうれしさが混じっているのを自覚するアイラは、何食わぬ顔で家に帰るまで、もうしばらく村のなかを彷徨って頭を冷やさなければならぬようであった。




