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八重鏡  作者: 藤崎悠貴
古き日の後始末
37/122

古き日の後始末 2-2

  *


 巨大な城塞の内側、でこぼこと起伏に富んだ土地を挟み、北の海へと近づけば、大陸の北でもっとも豪勢な城と呼ばれるセントラム城が見えてくる。

 城壁そのものはあまり高くはなく、荒い石造りの古い城壁で、所々にちいさな穴が穿たれているのはそこから弓を射るため、城壁の内部には狭い通路と階段があって、城壁の上へぽんと出れば、北側は無窮なる青い海、それ以外の方向では、薄霧のなかに文字どおり壁のような城塞の黒い影がずんと鎮座し、巨大な建造物の一部分だけが覗いている。

 風にたなびく靄は微少な生物の集合体のように蠢き、遠き城塞の内側を惑うように彷徨っているが、城と城塞のあいだにあるいくつかの集落はぼんやりと見え、それ以外は潮風で色褪せたような丈の短い植物が生えた丘である。

 城壁の上を、巨大な羽根を広げた渡り鳥、羽ばたきもせず滑空で。

 行方を見れば、北の海は今日も荒れ、白波が立ち、それが港へ打ち寄せている。

 港以外はほとんどの部分が崖になり、セントラム城の一部も崖の縁に立ち、そこへ波が打ちつけられては強い潮風に巻き上げられ、城壁の大部分がじっとりと黒く変色していた。

 この地方ではいつもそうであるように、今日も海からの強風、空は曇天で、救いのない北の冬が訪れようとしている。

 しかし海にはいくつもの帆船、風をぱっと含んで走れば、まるで別の駆動装置でも乗せているように波を切り、荒々しく水平線の彼方へ消えてゆく。

 城下町はといえば、城壁と城自体のおかげで潮風もほとんどなく、いつもどおりの賑わいを見せているが、そこに一頭の馬、まろぶように飛び込んで、路上に店を構える屋台にも構わず走り抜ければ、驚いた買い物客がどっと色とりどりの野菜が並ぶ屋台へ倒れ込み、トマトが転々と転がった。


「おい、町では馬を下りろ!」


 と叫ぶ声にも構わず、艶やかな体毛をなびかせて駆ける馬に乗るのは、軽装の兵士である。

 ぴたりと閉じた城門の前、馬を止めるひまもなく、ほとんど飛ぶように背から降り、衛兵に詰め寄って、


「す、すぐ王のもとへ! 早馬で重要な情報を持ってきたのだ」

「なに、本当か。よし、入れ」


 と兵士ふたりで協力して扉を開ければ、そのすき間に身体をねじ込むように進んで、女中や臣下たちがゆったりと過ごすなか、心を焦らせるような足音だけを残して駆け抜ける。

 途中、同僚がその姿を見つけ、


「どうした、どこへ行く?」


 と声をかけても止まらぬ兵士、やがて王の謁見室へ辿り着き、扉の前に並ぶふたりの衛兵に取り次ぎを頼むと、扉の前でしばし待てと命じられた。

 衛兵のひとりが扉の向こうへ消えて、じりじりと待てば、ようやく入ってもよいというお達し、前のめりで飛び込めば、まっすぐ赤絨毯が引かれた謁見室、どんな巨漢でもすんなりと収まりそうな、金や銀、様々な貴石で彩られた王座で、中肉中背、臆病そうな目つきだけがやけに目立つ男がちらり、兵士を見下ろす。


「どうしたというのだ。騒々しい」


 セントラム王国の王が言えば、兵士はさっと跪き、


「ただいま、早馬で重大な情報をお持ちしました」

「重大な情報とな」


 王の目にさっと気後れしたような光が走り、それを毛皮の外套、裾をさっと払って棚引かせてごまかせば。


「申してみよ」

「はっ。南方にてグレアム王国が挙兵の兆し、数週間のうちにわが城塞まで到達しようという情報にござります」

「きょ、挙兵だと?」


 王座からぐっと身を乗り出し、王は眦を決して。


「な、なぜだ、なぜやつらが攻めてくる?」

「おそらくは後方の憂いを絶つためかと。グレアム王国は先日ノウム王国を滅ぼし、広大な国土を得ましたが、それを維持できるための兵力がグレアム王国にはございませぬ。そこへきてわが国は多大なる兵力を持っておりまするゆえ」

「攻められるとでも思ったのか、臆病なやつめ」


 毒づく王に、兵士はちらと顔を上げたが、王の視線が戻るころにはまたうなだれて、


「十中八九、彼らは攻めてきましょう。いかがなさりますか」

「だ、大臣を呼び集めろ。作戦会議を開く」


 兵士が赤い絨毯の上、去っていったあと、王はどっと王座に身体を預け、細い足首を投げ出して、肘掛けで頬杖をついた。

 たるんだ頬の肉が指先でぐいと持ち上げられ、視線は落ち着かないよう、右顧左眄し、部屋を飾る様々な宝飾品にも視線を止めることはない。

 青ざめた唇、震えるように呟くのに、


「グレアムのやつ、おれの国を攻めてどうするつもりだ。あのころのことを、まだ根に持っているのか。おれがこの国を独占したことを――しかし、あいつらの無能さが悪いのだ」


 ひくと頬が引きつり、それがどうやら笑みのようで。


「おれはうまくやって、この国を手に入れたのだ。かつての無能なクロイツェルとはちがう、兵も増強し、強固なセントラム王国を作り上げた。民も豊かな暮らしをよろこんでおる。厳罰に務めるのは治安のため。なにひとつ悪いことはないのに、なぜ攻められねばならぬのだ」


 言ううちにまた苛立ちがこみ上げたよう、王はぱっと弾かれたように立ち上がり、傍らに並べられた宝物に近づいて、細かな宝石を敷き詰めて作られた地図を蹴りつけ、床にがらんと落ちるのをさらに踏み抜いて、ようやく多少の溜飲を下げた色、肩で息をつきながら王座へ戻る。

 足を組み、頬杖でじっと動かず、ただ目だけが別の生物のようにぎょろぎょろと動きまわるのがまことに不気味、臣下たちが影で爬虫類と囁くのもそれが由来で。

 やがて各々の大臣が大慌てで謁見室に駆け込み、王のじろりとにらむような視線をいただいて跪く。

 王は集まった大臣たちをゆっくりと見回しながら、


「グレアム王国がわが王国に攻め込む気でいるらしい。これについて諸君らはどう思うか」

「僭越なら、卑見を開陳すれば」


 と禿頭の老人が顔を上げて、どうやらそれが最年長、ほかは中年の域へ入ったばかりの王よりも若いような連中ばかり。


「グレアム王国は脅威というほかありませぬ。なるほど、国土こそノウム王国を倒して広がりましたが、真に脅威なのはそこではなく、知に聞こえる大学者のベンノ、そして忠実で獰猛なる兵士たちでござります。彼らは一騎当千とまではいきませぬが、そこらの傭兵に比べればまるで子どもと大人、一対一では相手になりますまい。おまけに忠義篤く、命令とあれば死すら厭わず、むしろ嬉々として死地に飛び込んでくるような連中ばかり、それをベンノが指揮するとなれば、恐ろしい戦力となりましょう」


 老いたる忠臣は、王の表情が不安と不快に歪んでも言葉をやめなかったが、ほかの若い臣下たちはそれで王の求める言葉を理解して、だれからともなく、


「グレアムなど恐るるに足りませぬ」


 と強行派へ流れ込んで。


「いかに強力な軍であろうと、たかだか三百あまり、こちらは六千の兵を持っておるのです。いったいどのような愚策を弄すれば三百の雑兵に六千の大軍が劣りましょうぞ。徹底抗戦、これしかありませぬ」


 王が満足げにうなずき、表情もいくらか和らぐのに、老人はぐっと喉を鳴らして、


「せめて、もうすこし様子を見てから決定してもよいでしょう。グレアム軍の行軍は迅速ですが、それでも城塞到達まで十日以上はかかる。それに、グレアムがエゼラブルと接触したという情報もあります。事実ここ数ヶ月、ノウム城から王女たるアリスが数名の兵士を伴って出かけておりまする。これがエゼラブルとの同盟相談であるとすれば、エゼラブルがどのように出るかはわかりませぬが、仮定としてエゼラブルの魔法隊を考えなければなりますまい」


 また王の表情に不快がちらり、肘置きを指先で叩く音が強まるのに、若い大臣が慌てて、


「エゼラブルは不可解なる魔女の国、はて、グレアムとの同盟が成立するかどうかは疑問ですな。仮に成立を見たとして、エゼラブルの魔法隊も所詮は千程度、わが軍には太刀打ちできるはずもござりませぬ」

「魔法隊を普通の兵士と同等に見てはならぬ」


 老人は強い口調で若い大臣を叱責し、


「歩兵、騎兵、弓兵、どれも数としては一だが、兵力としての一ではない。魔法隊も当然、数は千でも、兵力たるや計り知れぬ。エゼラブルの魔法隊がグレアムに味方するとすれば、六千の兵をもってしても苦労するやもしれぬ。すくなくとも周到なる作戦なくして勝利はあり得ぬのだ」

「ともかく、勝てばよい」


 王はぽつりと言った。


「攻め込んでくるグレアム軍を追い払えれば、それでよいのだ。あるいは、疲弊した連中が敗走するのを追って、領地を拡大してもよい。どのような作戦がよいか、諸君らで討議し、決定せよ。最終決定はおれがする。準備は早くはじめたほうがよいであろうから、明日までに作戦案を作成するように」


 臣下たちは一斉に頭を下げ、そそくさと逃げるように謁見室を出た。

 そしてすぐ外の廊下で、若い臣下が年老いた忠臣に詰め寄り、


「あんなことを言って、王が機嫌を悪くしたらどうするのだ」

「機嫌が悪くなるくらい、なんであろう」


 老人はきっと視線を返したが、対抗するのに疲れ果てたよう、ため息ひとつでうつむいて。


「作戦を立てようにも、現段階では情報がすくなすぎる」

「三百と、エゼラブルを足しても千の兵、取るに足らぬ」


 若い臣下は意気揚々、簡単な勝ち戦に臨むようなつもりらしい。

 胸を張り、笑い合いさえしながら廊下を歩いていくその背中、老人はじっと見つめて、やがて裳裾を払って踵を返した。

 謁見室からまっすぐにゆくと、身の丈が常人の三倍ほどある巨人でも悠々と通れるような大回廊があり、半円のアーチをくぐって城門まで行けるが、老人はあえて傍らの細くじめじめした通路へ入り、城の片隅、海を望む崖のほぼ真上にある部屋へ戻り、二段ベッドでのんきに寝ている弟子ふたりを叩き起こした。


「ど、どうしたんです、師匠」


 と目をこすりながら起き上がるのを、老人は見もせずに部屋のなかの荷物をまとめながら、


「お主らも身支度をせい。明日にはこの国を出るぞ」

「く、国を出るですって?」


 二段ベッドの下で跳ね起きた若い弟子、その勢いで上段の底に頭をぶつけ、額を押さえながらうずくまって。


「ど、どうしてです、師匠。なんで突然国を出るなんて。なにかあったんですか」

「グレアム王国がどうやら攻め込んでくるようなのだ」

「戦争ですか」

「おそらくはそうなろう」

「じゃあ、そのために逃げるんですか」

「うむ――」


 老人はすこし手を止め、儚げに視線を揺らして、


「わしはこの国がクロイツェルと呼ばれておったころから、この国のために生きてきた。負け戦に逃げるくらいならいっそ城を枕にしたほうがよいと思っておったが、わしは勘違いしておったのだ。ここはもう、かつてのクロイツェル王国ではない。セントラムという名の、わしのよく知らぬ国よ。旧クロイツェル王国、最後の王こそ非道であったが、それまでの王たちに対する忠義は、この国で果てることではないらしい」

「しかし、お師匠さま」


 と二段ベッドの上から、当然上段を使うほうが年長の弟子で。


「グレアム王国といえば、兵士こそ屈強と聞きますが、数があまりにすくなく好戦的でもないはずです。それがどうして、六千もの兵を持つセントラムへ攻め込んでくるのです。それも、まるでお師匠さまの口ぶりでは、セントラム王国が負けるようだ」

「セントラムへ攻め込んでくる理由は、おそらく後方の憂いを絶つためと、過去のしがらみを断ち切るためもあるのだろう。お主らも知っておるように、セントラム、ノウム、グレアムの三国は決して国土が隣り合っているというだけの関係ではない」

「ですが、それなら六千の兵に対抗できるよう、増兵してから攻め込むべき、いまの段階ではただの自殺行為にしかなりません」

「それだけグレアム国王の病が篤いということであろう。おそらく、春までは保たぬのだ。なおかつ、いまや広大な領地を誇るグレアム王国、春になってセントラムに攻め込まれては守る手立てもない。戦に勝つ望みがあるとすれば、必ずや先手を取り、戦況を主導すること、それしかない。決してグレアムは病で自棄になったのでも冷静な判断を失ったのでもない。わずかな兵で大国に勝利できるわずかな可能性を摘まぬため、この時期に挙兵したのだ」

「では、三百の兵で六千の兵を打ち破る策が彼らにはあると」

「三百だけではない。エゼラブルが同盟を組むとすれば、それに魔法隊千が加わって、兵力としては大幅に強まる。それでも力不足にはちがいないが、かの大学者ベンノなら、それを埋める術を思いつくかもしれぬ。そしてなにより――」


 と老人は息をついて、


「わしが情けなく思うのは、王の顔色ばかり窺う自称忠臣の若い連中よ。あれでは勝てる戦も勝てはせん。王も、それを苦々しく思うどころか、阿諛迎合だけを求めておる顔。わしなどいらぬことを言ってにらまれるのがおちよ。それでも王を諫めてこその忠臣と信じてやってきたが、ここへきて、どうやらそれもばかばかしくなった」


 話を聞きながら、ふたりの弟子もうなずき合い、城を離れるための支度をはじめている。

 とはいえ、荷物などほとんどない彼ら、わずかな衣類と書物だけを詰め込んで、あとは厳しい冬を放浪する決心を固めるのみ。


「どこへ行きますか、師匠。南へ下って、グレアム王国へ?」

「いや、いくらなんでも敵国へはいけぬ。そうだの」


 老人はつと天井を見上げ、石造りの肌寒い部屋にもかかわらず、石の壁にじっとりと結露が浮かび、そこに黴が生えているのを見つけて、


「本格的な冬がくる前に、海へ出よう。大陸のごたごたから離れ、どこぞのちいさな島にでも行って、しばらくのんびり暮らすのもよかろう。案外それが勉学になるかもしれぬ」

「どうせ島に行くなら、暖かいところがいいなあ」


 と若い弟子が言うのに、年長の弟子は呆れた顔で、


「北の海にこぎ出して、どうして暖かいところに辿り着くんだよ。どうせここより寒い場所さ。年中氷が張っているような」

「うう、それはいやだな」

「それより、お師匠さま」


 年長の弟子は心配げに年老いた師匠の顔を見て、


「このまま無断で出立なさいますか。それとも、王に許可を?」

「うむ」


 老人はうなずき、


「いくらなんでも、いままで世話になったものを反故にするわけにはいかぬ。王に出立の許しを請うつもりだが……裏切り者として処罰される可能性もある。もしわしが戻らなければ、お主らは無言のうちに港を出よ。決して思考を止めるな。生き、考えるのだ」

「いやだなあ、師匠」


 若い弟子は顔をしかめて、まるでそれは泣き顔で。


「遺言みたいじゃないですか。悪いけど、その手の説教は普段から受けているから、聞きませんよ」

「むう……まあ、好きにせい。わしはともかく、いま一度王と会ってくる。お主らは先に港へゆき、船の調達を頼んだぞ」


 老人は言い残して部屋を出て、再び王の謁見室へ行くのに、途中皺だらけの首をゆっくりと撫で、


「ともすれば、この首がわしのものであるのも今日のうちだけかもしれぬな」


 独りごちれば、やけに物悲しくなって、老人は謁見室へ着くまで、かさかさと乾いた自分の首をなでさするのだった。

 外ではいよいよ北風が厳しくなってきたらしい。

 強固な石造りの壁にさえ吹きつける強風が音を立て、まるでなにかが爆ぜたような音に似る。

 海鳥も風上に向かって勢いよく飛び、港に残るものは市場の軒先に身を休めて、そろそろ冬へ向けて港も閉じようかというころ、海上の船もあまりの強風に帆を畳み、波に揺れるがままとなる。

 どこからか流れ着いた樹木が港へ打ち上げられ、それが大陸には自生していない種類の樹木なのだが、腐った幹に目をやる人間もおらず、あるいはそこでまた朽ちてゆく運命。

 老人が謁見室に入ると、王は会議のころと変わらず、どんと王座に座り動かぬが、やはり目だけが入ってきた老人を油断なく見つめ、足の先から頭頂まで忙しく眺めている。


「セントラム王」


 老人は跪き、単刀直入に言った。


「個人的な事情により、しばらくこの国を離れたく存じます。許可をいただけませぬか」

「国を離れると?」


 王の顔が不愉快に歪んで、そうなると神経質そうな指がぶるぶると震えはじめる。


「グレアムとの戦を控えたこの時期に、国の重臣たるそなたが国を離れると申すか。して、どこへゆくつもりだ」

「船で、海へ出ようかと。いままで長くこの国におりましたが、さらに見聞を広めるため、まだ大陸の民が出合ったことのない島々を回ってみたいのです」

「なにもこの時期でなくてもよかろう。戦が終わり、春になってからゆけばよい」

「春では遅すぎるのです――無礼を承知で言わせていただくのであれば」


 老人は跪いたまま、王の顔をちらと見上げ、


「このままでは、この国の命運、春まで保たぬと存じます」

「な、なにを言うか!」


 王はばっと立ち上がり、マントの裾を激しく払い、ぶるぶると手を震わせる。


「き、貴様、それがどのような意味かわかって言っておるのだな。い、戦にわが国が敗れると!」

「現状では、そうなりましょう」

「それを知って、出ていくと申すか」

「勝手ながら」

「もう、よい」


 怒りを押し殺すような声で、王はさっと踵を返し、老人に背を向けて。


「ゆけ! どこへでも行ってしまえ。しかし、二度とこの国の土は踏めぬと心得よ」

「ご寛大な処置、かたじけなく存じます」


 老人は深々と頭を下げ、毛足のない絨毯をしばらく見つめたあと、立ち上がって謁見室を出た。

 廊下で、繋がった首をやはりするする、だれにも聞こえぬ声色で。


「暴君も困るが、臣下の首ひとつ斬れぬ気弱も困る」


 しかしどうやら繋がった首を差し出す愚もなく、老人はそそくさと城を離れ、弟子ふたりが待つであろう港へ向かった。

 その表情が明るいのは、島々を巡って見聞を広めるという目的が、必ずしも方便でないという証であろう。

 そうして老人とふたりの弟子はちいさな船を買い受け、冬の荒れた海へとこぎ出した。

 まずは海鳥の向かう先へ行ってみよう、と空を見ながらの気楽な旅である。

 振り返れば、霧に煙るセントラム城の背中は沈鬱に沈み、のし掛かる分厚い雲は不吉に黒ずんで、多くの海鳥が先を競って北へ飛び立つのは、沈みゆく船から逃げ出すよう、自然とその未来を暗示しているように思われるのだった。

 その夜、セントラム王国の知が競って出された案は、徹底抗戦の四文字であった。

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