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八重鏡  作者: 藤崎悠貴
古き日の後始末
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古き日の後始末 0

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 恐懼に耐えぬように揺らめく松明の炎、瞬間的にぱっと光を増したと思えば、三人の男の横顔を厳しく照らし、また鬱々たる陰影のなかへ、姿なき生物がもぞもぞと這い蠢くように揺動している。

 土で埋めたような石倉の、ひやりと冷たい空気さえ立ち入らせぬ情熱がひしめき、三人の男は頭を揃えるようにしてほんのちいさな机を囲んでいた。

 不意にばちと松明が弾け、鮮やかな紅の火の粉が飛ぶのに、ひとりの男がぐいと杯を傾け、


「やろう」


 低く唸るように言えば、ひとつの顔がかっと赤らみ、もうひとつの顔は血の気を失ったように青く。


「だが、しかし、本気か」


 青ざめた男、立派な口ひげの奥では唇も震え、目を異様な輝きを帯びてぎらぎら、ほかのふたりを忙しく窺う。


「正気の沙汰ではないぞ、それは……」


 自棄のように杯を傾ける男のとなりで、ぐいと眉根を寄せた赤ら顔、激しく杯を机へ叩きつけ、ぱっとふたつに割れた杯からどくどくと血潮のように白濁とした酒が流れ出す。


「そうとも、やらねばならぬ」


 激しい口調に、青ざめた男は目を伏せて、


「しかし、失敗でもしてみろ、われわれが死罪になるだけならまだしも、親族にも累が及ぶ。親、姉弟、独り身のおれはよいが、おまえたちは妻もいる、その親兄弟もまた連座させられ、斬首だ。われわれの軽率な行動ひとつで親族がすべて滅ぶのだぞ」

「それがどうしたのだ。われらの親族などもとよりそのつもり、おれの決心を信じぬものがあろうか。連座になっても、欣然としてゆくさ」


 赤ら顔が言うのに、三人のなかでもひときわ沈鬱な目をして、やろうと最初に呟いた男、杯の輪郭を指で撫でながら、


「連座は、できれば避けたいが」

「そうであろう、そうであろう」


 青ざめた男、いくらか血色も取り戻し、一方で赤ら顔は眦を決して、


「貴様らの臆病では、この国は救えぬ。おれひとりでもやる」

「まあ、待て、ノウム」


 すぐにでも椅子を蹴って土倉を飛び出して行きそうな赤ら顔に、沈鬱が言うのに、


「おれも、臆病は認めるが、かといってやらぬというわけではない。やろう、と言うのだ。それでも、やらねばならぬことであろう。たとえ一族すべてを道連れに修羅の道へ落ちんとしても」


 ふんと鼻を鳴らす赤ら顔、青ざめた男の杯を横取りし、ぐいと呷れば、口の橋から髭を伝って酒がぼたぼたと流れ落ちる。


「グレアムはやるといった。残りは貴様だけだ、セントラム」


 赤ら顔がじろりとにらむのに、青ざめた男は容貌魁偉に似合わぬ臆病さでちらと沈鬱を窺って。


「ふ、ふたりがやるというなら、おれもそうしよう。やらねばならぬとは、思っていた。国の情状見れば、捨て置けん。しかしだ――」


 とまた臆病の色がちらり、松明が爆ぜて、


「これは、明確なる反逆だ。こうして話をしているだけでも死罪には充分、それは国民も兵士も重々承知しておる。ただ反旗を翻しただけでは、すぐに捕らえられ、牢へ押し込まれるぞ」

「慎重にやらねばならぬ」


 沈鬱が静かに言うのに、赤ら顔はすこし軽蔑した顔で、


「なに、いますぐにでも王の寝室へ乗り込み、後宮なんぞとふざけた女どもと戯れておられるのと両断すれば終いよ。あの緩みきった国王におれの太刀が止められるものか」


 生まれつきの剛胆に、青ざめた男はすこし惹かれる顔、しかし沈鬱な男は首を振って、


「それでは、ただわれわれが反逆者となるだけ。虐げられている国民はわれらの味方をしてくれようが、王のもとで甘い汁を吸う連中は決してこの体制を崩そうとはせぬ。われらを反逆者としてただちに捕らえ、また第二の暴君を生むだけであろう。それでは、この命、与えるには惜しい」

「では、どうするか」

「話し合うことが必要だ。やるとすれば、徹底的にやらねばならぬ。国王ともども、城に巣くう悪漢をすべて払わねば、かつての優れた国王たちにも不義。兵を率い、この国を攻め落とす算段を立てよう」

「われわれ三人でか」


 沈鬱な男の顔に、ちらと暖かな笑みが浮かんで、


「幸い、同じころに国へ命を捧げたわれわれ三人、信頼がおける。これ以上の人間を入れてはどこから情報が漏れるかわからぬ。当面はこの三人で話を進め、実行直前にほかの兵を引き入れよう」

「では、われら三人のだれかが、次代の国王になるということか」


 赤ら顔の男、にいと口元を釣り上げて。


「はて、クロイツェル王国の王になるとは、さすがのおれも考えたことはなかったが。どうだ、グレアム。貴様は?」

「いや、おれも考えたことはない。いまでも、なろうとは思わぬ」

「セントラムはどうだ」

「むう、王か。おれの器ではない気はしているが」


 青ざめた男は、すっと目を伏せて、身体からほんの一瞬だけ剣呑な炎をひらめかせた。


「まあ、褒美の取り分はまた考えることとしよう」


 と沈鬱な男、ほかのふたりを見回す目は、まるで果てのない深淵、理性的な静けさのなかにぐつぐつと燃えたぎるような情熱が潜み、それだけではない、温かく包み込むような親愛も含まれ。

 一言でこれと言い表せぬ、いくつもの顔を保つのがこの男なのである。


「まずわれわれに必要なのは、ちぎりだ。だれひとり、決して裏切らぬと契るのだ。団結なくして成功はない。よいか」

「無論」


 赤ら顔が、割れた杯の欠片を掲げた。

 青ざめた男が慌てて自分の杯を掲げ、そこに沈鬱な男も加わり、みっつの杯がこつんと鳴った、その掲げた腕の下、三人の男はなんとも言えぬ目つきで視線を交わし、そこにほんのわずか、疑うような色が灯るのが、未来の破滅を予感させるものでもあり。

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