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八重鏡  作者: 藤崎悠貴
秘宝と王女と大鳥と
32/122

秘宝と王女と大鳥と 6-2

  *


 玉座のなかで、太った王は眉根を寄せ、いかにもむずかしい顔、跪く臣下もさぞかし戦々恐々と思いきや、先頭の小柄な兵士はうつむいたままぶつぶつと、


「この失敗はおれのせいじゃなくて部下のせいだと思うけどな」


 その後ろ、こんがりと日焼けした巨漢はしょげたように目線を下げて、


「結局、森のなかではかわいい動物は見かけなかったなあ」


 そのとなり、長身痩躯の男に至っては、跪いた格好でぐうぐうと寝息、およそ王の前とは思われぬ自由奔放な態度の三人である。


「ロゼッタと出くわしたのはまったく予想だったが、まあ、失敗は仕方ない」


 と王もちいさく息をついて、


「もともと、儚い願いではあったのだ。潰えたとて、いまさら気落ちすることもないが」


 言い条、はあとため息をつけば、まるでこの世の終わりに直面したような顔色、あごの下で余った贅肉がむしろ切なく。


「では、われわれはこれで下がっても」

「うむ。ご苦労であった」


 兵士三人、こういうときばかりは揃って頭を下げ、王の間を去っていくが、ひとりになった王はまたもため息、憂鬱な気配は去らぬ様子。

 ふと窓の外を見れば、美しい山々、そろそろ長い冬の気配があって、木々も深い緑に沈んでおとなしい。

 そのなかでは動物たちも冬ごもりの準備を進めているのだろうし、実際城内でも冬のあいだは外部との関係が絶たれるゆえ、食料を確保して冬支度、季節がまたひとつ巡ろうとしている。

 王の鬱々たる心は美しい山々にも晴らせず、またひとつため息をつけば、


「お、王さま!」


 と兵士のひとりが駆け込んでくる。

 王は玉座でびくりとして、


「ど、どうしたのだ、なにがあった?」

「それが、その――」


 と言う後ろから、深みのある女の声が、


「わざわざ取り次がなくてもいいと言ってるだろう。別に正式な会見できたわけじゃないんだから」

「ま、まさか、この声は……」


 王は太った身体を玉座のなかでぎゅっと縮め、はたとあたりを見回した。

 無論、逃げ道を探したのだが、そんなものがあるはずもない。

 そうだ、玉座の後ろにでも隠れよう、と太った身体であたふたしている途中、王の間に堂々たる赤いドレスがなびいて、恰幅のよい中年女性、まるで自らのために用意されたような赤い絨毯の上をするすると歩いてくる。


「あ、アンナ!」


 ここへ至って王は玉座からも逃れられず、肘置きをぎゅっと掴んで、たるんだ頬をぎこちなく引きつらせる。


「よ、よくき、きたな、アンナ。げげ、元気そうでなによりである」


 としかつめらしく言うのに、女はふと立ち止まり、ぐるりとあたりを見回して、


「相変わらずもののすくない部屋だね。これじゃあ尋ねた客も、よほど貧しい国だと思うだろう。見栄でもなんでもいいから、謁見の間くらいは飾りなさい」

「は、はい、わかりました」


 と王らしくないきびきびとした返事なのである。

 その額には汗がぽつぽつ、女のほうは平然たるもので、


「ちょっと、話があってきたんだけどね」

「は、話とは?」

「このあいだ、うちのおてんば娘が例の森へ入ってね。まあ、それは別にいいんだけど、そこであんたの国の兵士らしいのと会ったっていうんだよ。それも、その兵士は秘宝を探していたらしいと。心当たりはあるかい?」


 にらむようでもない視線なのが、むしろ恐ろしい。

 王は青ざめた顔、首を振れば、贅肉がぶるぶると揺れて。


「そ、そんなことは、ししし知らぬ。ましてはおまえさんをだだだ出し抜いてやややろうなど」

「ふうん、出し抜いてねえ」

「はっ、しまった」


 どんな怒号が飛んでくるかと王は身をすくめるが、むしろ女はやさしげな声で、


「まあ、わからないでもないけどね」


 と息をつき、


「ほかの国では、なにかにつけて男のほうが優遇されるもの。家庭でも社会でもね。ただ、エゼラブル王国は原則的に女系、ろくに魔法も使えない、使えても大したことのない男は国にいることすらできない。こんな山間に押しやられて、エゼラブル王国を支えるためにあれこれと物資を捻出するのも大変だろう」


 女が労るように言えば、王はぼかんと呆気にとられて、


「い、いや、大変ということもないが――それはまあ、多少、苦労はある」

「それで、魔法の源になっているという伝説のある秘宝を奪って、あわよくば立場を逆転させようとしたんだね」

「まあ、そういうことだ。やはりわしにも男としての誇りというものが――はっ、しまった、乗せられた!」

「気持ちはわかるけどねえ」


 と女は言うが、その視線と声色、明らかに剣呑な色を帯びて、王は玉座でぶるぶると震える。


「ただ、やっぱり上下関係というのはしっかりさせておかないとねえ」

「そ、それは、どういう意味でしょうか……へ、兵よ、出合え、出合え!」

「無駄だよ。さっき夫婦でこみ入った話があるからと遠ざけておいたからね」

「な、なに――ま、待て、話し合えばわかる、な? わ、わしらは、夫婦じゃないか」

「夫婦のあいだにもけじめは必要さ。ちがうかい?」


 女はにやり、男はひいと喉の奥を鳴らして。

 やがて山間の美しい城に絶叫が響き渡ったとか、渡らなかったとか。

 兵たちもおおよそ「話し合い」の内容には察しがつくものの、とばっちりは食らいたくないと知らぬ顔、それに自分たちの妻が使える女王に意見できるはずもない。

 エゼラブル王国とオブゼンタル王国は、かように奇妙な関係なのである。

 一方、城内の喧騒をよそに、ゲオルク以下三人の兵士はとぼとぼと城を出て、


「まったく、おっかいよなあ、向こうの女王は。森のなかで会ったあの王女も、気が強そうだったからなあ。あんなのと結婚したら、死ぬまで尻に敷かれるぞ」


 ゲオルクが言うのに、マルクスはちょっと安堵した顔、


「でも、叱られなくてよかったですね」

「たしかにな。これ以上ないくらいの失敗だったが――それにしても」


 ふと考え込むように足を止め、


「森のなかで見た、あのでっかい鳥の影はなんだったんだろうな。夢とも思えんが」

「でも、あんな大きな鳥、いるわけないですよ」

「だよなあ――やっぱり、夢だったのかな。ヨーゼフ、おまえはどう思う」


 ヨーゼフ、はっと目を覚ました顔で、


「なんですか、なんか言いました?」

「いや、なんでもない」


 ゲオルクは深々ため息で。


「まあ、あの森のことだ、なにが起こっても不思議ではないが」


 大地を覆い尽くすような大鳥の影、果たして本物か、あるいは幻か――伝説とは、あるいはそんな曖昧なものなのかもしれぬ。



  *



 エゼラブル王国のアンナ女王は、当初グレアム王国の持ちかけた同盟をすげなく断ったが、やがてはそれを受け入れた、と歴史書にはある。

 その裏にあったことまでは記さぬ簡潔さ、歴史とは往々にしてそういうものだが、しかし心変わりの理由は必ずあるはずで、どうやらそれは娘のロゼッタ王女の説得によるものらしい。


「娘が信頼に足りるというんだ。娘の言葉を信じない母親がどこにいる」


 というのがアンナ女王の言い分。

 両国間の同盟は、図らずも正行の活躍によって結ばれたと言えぬこともない。

 同盟が締結すれば、グレアム王国の一行がそれ以上エゼラブル城に滞在する理由もなく、城へやってきてから約一週間、城を離れ、またグレアム王国へ向けての長い旅へ出ることとなった。


「もう行っちゃうの? ゆっくりして行けばいいのに」


 と切なげに顔をしかめて見送るのは、ロゼッタとほか数名の女中ならびに兵士。

 女王自ら送ることはないと、アンナは広場には出てこず、すでに逗留の感謝と挨拶は済ませている。


「いつまでもゆっくりして行くわけにはいかないからな」


 正行は馬の手綱を持って、まだ背には乗らず、準備万端、あとは出発を待つのみの馬車をちらりと見やる。

 それから、薄い雲の立ちこめる空を仰いで、


「なんとか雪が降るまでには帰っておきたいから、もう出ないと」

「そっか……」


 とロゼッタはすこし目を伏せるが、ぱっと顔を上げたときにはすでに明るい笑顔、


「じゃあ、またきてね。冬のあいだはむずかしいかもしれないけど、春になったら!」

「ああ、またくるよ」


 正行は笑い、ひょいと馬に飛び乗って、


「そういえば、あれはほんとにいいのか」

「ああ、水晶?」


 ロゼッタはうなずいて、


「お母さまも、あんなのいらないって言うし、あたしが持ってても使わないから、正行くんのところに飾ってよ。結局、ふたりで見つけたようなものだしね」

「そっか――じゃ、城に飾っとくよ」

「うん。またあたしも見に行くね。春になったら」


 明るく笑うロゼッタは、やはりそのほうが魅力的な少女なのである。

 そのままロゼッタ、馬車にもたたと駆け寄って、窓からぐいと身を入れ、


「アリスも、またきてね。いつでも歓迎するから」

「ええ、きっとまた」


 森から帰り、同じ年ごろの王女同士、仲良くなったふたりは顔を見合わせて打ち笑い。

 ロゼッタがひょいと馬車から降り、すこし遠ざかれば、御者役の兵士がぴしと鞭をひとつ、轅に繋がれた馬がゆっくりと歩き出す。

 あとから二頭の馬も続いて、正行は広場が見えなくなるまで後ろをちらちら、ロゼッタも一行が街道の向こうへ消えるまで手を振っていた。

 空は薄曇り、気温はあまり高くはないが、木々はまだ秋の気配を残して、緩やかに冬へ移ろおうという美しい季節。

 正行が馬車へ並びかけると、アリスがひょいと顔を出して、視線がぱちりと合えば、言葉を交わす前からなんとなく笑顔で。


「帰ろうか」


 と正行は言って、


「はい」


 とアリスはうなずきひとつ、一行はゆっくりとグレアム王国へ続く街道をゆく。


   了

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