秘宝と王女と大鳥と 5-1
5
ゲオルクは暖かな日差しのなかで眠る夢を見ていたが、身体を揺さぶられて目を覚ませば、まず見えたのはマルクスの日に焼けた顔、奥には青ざめたようなヨーゼフも立っていて、眠りから覚めると同時に現実を思い知らされ、挨拶よりも先にため息をついた。
「おはようございます、ゲオルク班長」
とマルクスはしかつめらしい顔で敬礼する後ろ、ヨーゼフはあくびをがまんできずに大口を開けて。
「ああ、おはよう。なにやらずいぶんと幸せな夢を見ていた気がする」
ゲオルクは身体を起こし、肩や首を動かしながらあたりを見回せば、
「ん?」
何日か寝起きしている住処ではない、どこぞの森のなかである。
腐葉土の上にごろんと寝そべっていたせいで、背中はじっとりと濡れて気持ち悪いが、
「それより、どこだ、ここは」
「森のなか、でしょうね」
「そんなことはわかってる、マルクスよ。あの寝床ではなくて、どうしてこんなところで寝ているんだ、おれは」
「それが、ぼくたちもついさっきまで眠っていて、なにも覚えてないんですよ」
不安げに言うマルクス、ゲオルクは立ち上がり、ひとまず身体の無事を確認して、
「はて、なぜこんなところにいるのかな――昨日は結局、どうしたんだったか。なんとなく夢のことは覚えているが」
「幸せな夢だったなあ」
とマルクスも一転して口元を緩ませ、宙を眺める。
「犬とか猫とか、ぼくにすごく懐いてきて、もうあとからあとからひっきりなしで」
「地獄のような夢だな、それは」
ゲオルクは顔を引きつらせ、しかし自分の夢を思い出したらしい、にへらと笑えば、上官としての威厳もあったものではない。
「おれも、いい夢だったな。震えるようないい女が、あとからあとからひっきりなしで――ヨーゼフ、おまえはなにか夢を見たか」
「は、夢ですか」
といま目覚めたような顔のヨーゼフ、無精髭の浮かぶ顎に手を当てて考えるに、
「寝てましたね」
「だから、夢の話だ。寝ていたことは知っている」
「だから、夢の話です。寝てました」
「……はあ?」
「なんて言えばいいのかな、こう、夢のなかで寝てたっていうか。ほんと、気持ちよかったなあ。どのベッドも最高に寝心地がよくて。あんないい夢は二度と見られない気がする」
と鼻の下を伸ばすヨーゼフに、ゲオルクはいまさらながら部下ふたりの変態性を垣間見たような気分、くるりと踵を返し、咳払いをひとつ。
「ともかく、目が覚めたのなら森の奥を目指すぞ。もうこれだけ歩いているのだ、秘宝は近い!」
「班長の勘でしょ、それ」
「おれの勘はよく当たる。今日はよくないことが起こりそうだと思えば、大抵よくないことが起こるからな」
「いやな当たり方だ。今日はいやな予感、していないでしょうね」
とヨーゼフが眉をひそめれば、ゲオルクはふんと自慢げに鼻を鳴らし、
「いい夢も見たし、今日はなにかよいことが起こりそうな予感がする。おれの勘はよく当たるのだ」
「それが本当ならいいですけど」
と三人はまたもや森のなかを歩き出す、その背後に幹の白い変わった木が生えていることも知らぬまま。
そしてこの三人、なんのかんのといっても、屈強な兵士である。
ここ十日あまりの劣悪な環境にもめげず、まだ歩く体力は充分と見えて、ゲオルクは短剣で立ちはだかる枝や蔦を払い、マルクスは臆病そうな目であたりの警戒怠らず、ヨーゼフは眠っているような起きているような顔でしんがりと務める。
「それにしても、相変わらず深い森だ」
ゲオルクはぽつりと呟き、木と木のあいだに伸びる蔦を切断し、身体を斜めにすき間を抜ける。
足下の腐葉土は昨日の雨で一層やわくなって、もはや獣の尻尾を踏んだのか土を踏んだのかわからぬほど、濃密な土の匂い消えず、おかげで獣の匂いがわからなくなっている。
頭上の葉からは、昨日の名残か、ぽつぽつと雫が落ちてきて、所々では一条の光がさっと差し、どうやら今日は快晴らしい。
すっかり馴染みになった昆虫や動物も温かい日差しにもぞもぞと起き出し、ちいさな甲虫が昼間から幹を這っていたり、枝から枝へ飛び移るりすのような小動物を見かけたり。
その一々に反応せぬように進めば、向こうも人間を気にするふうではなく、お互い不干渉のままやり過ごすことができる。
「班長」
と後ろからマルクス、ゲオルクは短剣で蔦を裂き、邪魔な枝を踏みつけながら、振り返りもせず。
「なんだ。飯はもうすこし進んでからだ」
「ちがいますよ。本当にそろそろ、秘宝を見つけないとまずいですよ。ぼくたち、この森に入ってもう何日目ですか」
「さあ。十日は経ったろうが」
「もしかしたら、永遠に森から抜け出せないのかも」
マルクスは自分で言いながら悲痛な面持ち、声色にもどこか湿り気を帯びて。
「ああ、こんなところで死んでいくなんていやです。ぼくはやわらかいシーツにくるまれながら死にたい」
「おれもそれがいいな」
とヨーゼフもぽつり、ゲオルクは苛立たしげにようやく振り返り、
「やわらかいシーツで死にたいというなら、なぜ兵士になったのだ。兵士とはいわば駒、どこでどんなふうにうち捨てられようが文句は言えん」
「だって、親父が、おまえは身体がでかいから兵士になれって」
「右に同じく」
「ふん、おまえらはそうだろうがな。おれは志願して兵士になったんだ」
ゲオルクが歩き出せば、後ろからなにやら納得したような息づかい。
「たしかに班長、兵士に向いてる体格じゃないもんなあ」
「なんだ、それはおれがちいさいとでも言うのか? 言っておくが、おまえらがでかすぎるんだぞ。おれは平均だ、平均」
「いや、平均よりは明らかにちいさい」
「ええいうるさい、上官に向かってちいさいとはなんたる暴言、森を出たら一から鍛え直してやるからそのつもりでいろ。でかいおまえらには、ちいさい人間の気持ちなどわからんのだ」
ぶんぶんと短剣を振り回す手つきには、半ば自棄も混ざって、ばさりばさりと葉や枝を切り落として道を開く。
すると正面、鬱蒼たる密林にまぎれるように、見たことのないものが現れた。
「なんだ、あれは」
ゲオルクは警戒の目つきで立ち止まり、木の幹に身体を寄せ、隠れるように窺う。
どうやらいつの間にか森の端まできたらしい、正面にはぐいと勾配のきつい山肌で、その下にぽっかりと穴のようなものが開いている。
ただでさえ薄暗い森のなか、暗い大穴はさながら獣の口のよう、洞窟らしいが、それさえも植物に侵されて、入り口を塞ぐように木が生え蔦が巻きつき、近しいうちはひとの出入りもないらしいと知れる。
「むう、露骨に怪しい」
「迂回しますか」
マルクスはゲオルクの後ろから洞窟を見やり、ぶるると身体を震わせた。
「よし、なかを探索するぞ」
「は、入るんですか?」
「入らんでどうする。おれたちは秘宝を探しているのだ。いかにもなんかありそうな雰囲気だろ。よしいくぞ、野郎ども」
ゲオルクは意気揚々、洞窟の入り口へ向かうに、ふと後ろを振り返れば、マルクスとヨーゼフがついてこない。
「おい、ふたりとも、早くこんか」
「本気ですか、班長。だって、なか、まっ暗ですよ」
泣き言のマルクス、太い腕で木の幹をぎゅっと抱いて、年端もいかぬだだっ子のよう。
「松明だってないのに、あんなところ入ったら怪我じゃ済みませんよ。なかがどうなっているかもわからないし」
「手探りで進めば進めぬ道でもない。ほれ、早くしろ。まったく臆病なやつめ」
上官たるゲオルクは洞窟の入り口を塞ぐ蔦も切り落とし、足取りにもためらいの色は見られぬ、その背中がぬらりとした暗闇に消えてゆけば、部下ふたりも黙って見ているわけにはいかない。
「だ、大丈夫かなあ」
マルクスは心配げ、ヨーゼフは相変わらず寝ているのか起きているのかわからぬ。
ふたりはゲオルクのあとを追って洞窟へ飛び込んだ。
一歩入れば、服から露出した腕や頬にひんやりとした空気、それがまるで冷たい手でひたひたと撫でまわされているようで。
ぶるぶると身体を震わせるマルクスは、粘着性の闇のなか、自らの鼻先さえ見えぬのに焦って洞窟の壁を手探りし、
「わああっ」
と洞窟中に響き渡る大声、すると前方から、
「うるさいぞ、マルクス。このなかはよく響くのだ、気をつけろ」
「だって、班長、壁が濡れていて」
「ただの湿気だ、気にするな」
「気になりますよう」
しかし頼らず歩いてゆくにはあまりに暗すぎる。
マルクスは眉をぐいと下げ、いかにもいやそうな顔、恐る恐る濡れた壁に触れて、ぬるぬると指先に触れる感触、薄く開けた唇から声にならぬ声が洩れる。
となりを行くヨーゼフはというと、日ごろからの鍛錬が実を結んだのか、壁を手探りすることもなく、また足取りも軽やか、闇などないもののようにするすると進んでいる。
「うう、気持ち悪い」
湿気で濡れた壁面には、黴か苔か、ともかくぬるりとするものが生していて、マルクスはその表面に指先を滑らせて得も言われぬ顔つき。
足下もまたおぼつかぬよう、つま先で段差や穴がないか探ってからようやく一歩踏み出すという様子で、遅々として進まぬ。
マルクスさえ黙っていれば、洞窟のなかは静謐そのもの、時折ぴちぴちと鳴るのは、天井から水滴が落ちる音にちがいない。
気温は森のなかよりも明らかに数度低く、空気もどこか澱んでいるよう、なにより恐ろしいのは、背後を振り返っても入り口を塞ぐ木々のせい、明かりがほとんど見えぬこと。
洞窟の先をにらみつけても、暗闇がすぐに立ちはだかって、奥の深さもわからぬ。
底知れぬ闇のなかへゆっくりと落ちていくような心地、マルクスは不思議な浮遊感すら覚え、思わず、
「班長、ヨーゼフ」
と名を呼んだ。
「どうした、マルクス」
ゲオルクの声はすこし先から返ってきて、
「おい、ここへきてみろ。すごいぞ、これは」
「なんですか。班長、どこにいるんです?」
「さあ、おまえの姿も見えんが、おそらくはおまえの前だろう。静かにこいよ」
言われたとおり、マルクスはするするとすり足、壁伝いになんとか奥へ進んでゆく。
ちらと背後を振り返り、また前を向いて、すぐに振り返って、その動作が多くなるに連れて背後の光がちいさくなり、洞窟は曲がっているのか、やがて振り返っても光は見えなくなる。
マルクスは片手で壁を伝い、もう片手は服の袖をぎゅっと握りしめて不安を押し殺し、奥へ進んだ。
「班長、どこですか」
「ここだ」
と存外に近い位置、それでも姿は見えぬまま。
立ち止まったマルクスはぐるりとあたりを見回して、それがやはりまったくの暗闇で。
もうすこし進んでみようとつま先が探れば、なにかつんとぶつかって、
「おい、それはおれの尻だぞ」
とゲオルクの声、
「いいから、そこに座って、上を見てみろ」
「上、ですか」
言われたとおり、マルクスはその場に屈んで、ぐいと首を逸らした。
そこにもどうせ暗闇が、と思いきや、
「わあ――」
洞窟の低い天井、そこがなにやら、きらきらと輝いているのである。
かすかに赤いような光が無数、天井をびっしりと覆い、まるで満天の星空、空気は淀んでいるのに光は激しくまたたき、ただ暗くじめじめしただけの洞窟を美しく彩っている。
「すごいですね、まるで洞窟そのものが光ってるみたいだ――なにかの鉱物ですかね?」
このときばかりはマルクスも不安を忘れ、呆けたように天井を見上げる。
「鉱物にしても、こんなふうに光るのはおかしいな。どこからか光が差し込んで、それを反射するならともかく、こんな暗闇で光るくらいだから、自ら発光しているはずだ」
ゲオルクも多少は感じ入った様子、しかし冷静さは失わず、ぽつぽつと不安を口にする。
「なにかの生物でなければよいが――もしなにかの生物なら、あれは、恐ろしい数だぞ。もし音かなにかで刺激しようものなら、おそらく一斉に襲いかかって――」
と言うそのとなり、出し抜けに、
「はっくしょん!」
あたりをはばからぬくしゃみをひとつ、ヨーゼフはずずと鼻をすすって、
「花粉症ですかね、鼻がむずむずしちゃって――班長? どこにいるんですか」
「ば、ばかもんっ」
と叫ぶ声もわずか、ゲオルクとマルクスは目を見開いて天井をにらむ。
いままでちかちかと瞬いていたものが、なぜか一斉に瞬きを止めて、赤みがかったその光、ふと消えたと思えば、耳を劈くような絶叫、洞窟のなかにびりびりと響いて三人は身をすくませた。
「に、逃げろ!」
叫ぶや否やゲオルクは暗闇のなかを駆け出し、マルクスとヨーゼフも追うが、その背後、ばさばさと激しい羽ばたき、千万無量の鳴き声が洞窟を埋めつくしている。
ただでさえ暗闇、そこへきて焦りもある、三人は転けつまろびつしながら必死に逃げた。
追うのは無数の蝙蝠、羽ばたきだけでも轟音で、激しい風の流れさえ頬や首筋に感じて。
人間には再現できぬ甲高い悲鳴に耳を塞ぎ、湿った地面に転がったり壁にぶつかったり、出口らしいと信ずる方向へ走って、なんとか洞窟を這い出せば、そのすぐあとから、闇を固形化したような黒い固まり、洞窟からどっと吐き出される。
一塊になった蝙蝠たちはそのまま上空へ、まるで雨雲のように黒々とわだかまり、三人の兵士は腐葉土を這いながら呆然とそれを見上げた。
「な、なんてことだ。あいつら、吸血蝙蝠じゃないだろうな。無事か、ふたりとも」
ゲオルクはあたりを見回し、息も絶え絶え、木の幹に抱きつくマルクスと、さすがに肝を冷やした様子のヨーゼフを見つけて、ちいさく安堵の息を漏らす。
「くそう、今日こそいいことが起こる予感がしていたんだがな。やっぱりろくなことが起きん。おい、立てるか。怪我はないか」
「なんとか無事です」
とふたりもよろよろ立ち上がり、あれだけ忌み嫌っていた深い森にむしろほっと息をついた。
「今度から、洞窟は避けて通りましょう」
マルクスが言えば、ゲオルクもこくんとうなずいて。
「蝙蝠が戻ってこないうちに、ここを離れるぞ」
とゲオルクが歩き出そうとした瞬間、まだ身じろぎしていないのに、がさがさと葉が揺れる音。
三人はすっかり慣れた警戒、いつ獣が飛び出してもいいようにと身構え、揺れる叢中をにらんだ。
細かい葉が茂り、太い蔦が編み目のように遮る一帯、揺れる草を見ていれば、小動物の動きではない。
ゲオルクは音もなく剣を抜き去り、マルクスは腰を深く沈め、ヨーゼフはどことなく虚ろな目でじっと見つめる。
声もなく、息を呑む。
きんと音を立てるように張り詰めた空気のなか、ほんのかすかに、
「こっちのほうで物音が聞こえたんだけどな」
と人間の声、叢中ががさりと動いて顔を出したのは、若い男である。
瞬間、
「捕らえろ!」
とゲオルクは叫んでいる。
マルクスとヨーゼフが同時に飛びかかり、若い男はぎょっと目を見開いたが、すぐに振り返って、
「逃げろ、ロゼッタ!」
と自らも逃げ出す体勢、三人に背を向けるが、ゲオルクは蔦を切り裂き、腐葉土を蹴り上げて駆け出している。
男は木々のあいだを飛ぶように逃げるが、追う三人も屈強なる兵士、とくにマルクスは熊のような体格の大男で、多少の蔦や枝はもろともせず最短距離で男に迫る。
ヨーゼフは森のなかを見通し、先回りするように別の道を選んで、ゲオルクの剣がぎらりと森のなかを照らして揺れる。
逃げる男は必死の形相でぐいと振り返り、迫るマルクスに驚いて木のすき間を抜けようとするが、視界の端にちらとヨーゼフの姿を捉えたらしい、慌てて方向を変えようとした瞬間、マルクスがばっと木の根を蹴って飛びかかる。
ふたりはもんどり打って倒れ、枯葉や枝を巻き上げながらごろごろと転がるのにゲオルクも追いつき、
「動くなっ」
と厳しく一喝、剣先を男の首筋にぴたりとあてがう。
さすがに男はびくりと動きを止めて、マルクスは馬乗りになった状態で腕を押さえ込んだ。
ゲオルクは剣先を動かさぬまま、じろりと森のなかを見回して、あたりに響き渡る大声、
「近くに隠れているのはわかっているぞ。いますぐに出てこなければ、この男の首を掻き斬る」
大声に驚いたらしい鳥が激しく鳴きながら飛び去り、ばさと木の枝が揺れ、あとは耳が痛むような静寂、森のなかで動くものはなにもない。
ゲオルクが厳しい目つきであたりを見回すのに、組み倒された男は口元をにいと釣り上げた。
折れた枝が髪に引っかかり、枯葉が頬に引っかかる男、首筋にひやりとした剣の硬さと鋭さを感じているはずなのに、恐怖ひとつ見せずむしろ余裕ぶった顔、ゲオルクは忌々しげに舌打ちをするが、
「待って」
と女の声が響き、すこし離れた木の幹から、若いのがそっと姿を現した。
今度勝ち誇った顔をするのはゲオルク、苦々しげは男で、女は武器を持たぬことを表すように両手を挙げた。
「おとなしく出てきたわ。そのひとを解放して」
女は強気にゲオルクをにらみ、怒りか恐怖に青ざめた頬はただただ美しい。
くいとつり上がった目はどこまでも勝ち気で、ただ瞳は不安げ、濡れて揺れるのを隠す術もなく。
ゲオルクは女の顔をじっくりと眺め、それからちいさく首をかしげて、
「あの女、まさか」
と独りごちたが、すぐに気を取り直したよう、
「この男を解放してほしければ、こちらの指示に従え。まずは武器をすべて捨てろ」
「はじめからなにも持ってないわ」
ゲオルクはちらとマルクスを見て、
「男のほうは、どうだ」
「こっちも丸腰ですね」
男の腕を押さえ込むマルクス、なんとなく相手を気遣うように体勢を変えてやりながら答える。
「では、次の指示だ」
とゲオルクはいかにも兵士らしい声色、深い森のなかでようやく兵士らしい仕事に出くわし、よい気分らしい。
この騒動に驚いたらしく、周囲からは生物の気配が消え、ただわずかに昆虫が見守るだけ。
森閑たるなかでにらみ合うゲオルクと女だが、先に目を逸らしたのはゲオルクのほうで、ちらと男を見下ろして、
「おまえたちは、なんの目的でこの森にいる?」
「散歩だよ」
と男が嘯けば、ゲオルクは剣先をすこし寄せて、
「冗談を言える状況ではないと理解できないのか」
その目の冷たさ、このまま男の柔い肌を裂くことにはいささかの躊躇も感じぬであろう冷酷さが見え隠れするのに、仲間のマルクスでさえぶるると身を震わせた。
「宝探しよ」
女が叫んで、ゲオルクは顔を上げる。
「この森にある秘宝を探しにきたの」
「ほう、秘宝か。そんなもの、本当にあるのか?」
「きっとあるわ――あなたたちも、それを探しにきたんでしょう」
「おれたちのことはどうでもよい。そうか、秘宝か――」
ゲオルクは口元に薄い笑み、それが一層冷酷な色で。
「では、おれたちを秘宝の在処まで案内しろ」
「秘宝の?」
と女は眉をひそめる。
「あなたなら、できるはずだ」
ゲオルクは女の顔をじっと見つめ、静かに言った。
「エゼラブル王国の王女ならな」




