秘宝と王女と大鳥と 3-3
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エゼラブル王国の王女たるアンナは、お気に入りの肘掛け椅子のなか、頬杖をついて、深々と息をついている。
一日に何度も交渉へくるグレアム王国の姫への対応に疲れたということもある。
純粋で誠実な言葉は、言う側にも苦労はあろうが、聞く側にもまた苦労を要求する。
とにかくいい加減に聞き流すということを許さず、言葉と瞳、態度でもって語りかけてくるものだから、到底同意はできぬとわかっていながら無下に断ることも許さぬ、すくなくとも誠心誠意をもって話を聞くしかないのだ。
しかしそれ以上にアンナの心中を曇らせているのは、実の娘、ロゼッタのことである。
跳ねっ返りであることは重々承知、とくにエゼラブルの女ならばそれくらい気が強いほうがよいとさえ考えているが、それにしてもここ最近のわがままには看過できぬものがある。
「いったいなにを焦っているのかね、まだあんなに若いというのに」
アンナは苛立ったように肘掛けをとんとんと指先で叩き、足を組み替え、またため息。
鎧戸を閉めた窓の向こうはいまだに雨が強く降り、これ以上強まったり翌日まで降り続くようなことがあれば土砂崩れの心配もしなければならぬ。
王など、つまるところ心配することが仕事のようなものなのだ。
髪をかき上げ、せめて娘の心配くらいはせずにおきたいもの、と心中で愚痴を言うアンナの耳に、こんこんと扉を叩く音。
「アンナさま、ろ、ロゼッタさまの件で」
「なんだい、そんな上擦った声を出して」
とアンナがいえば、扉が開いて、女中のひとりが転がるように室内へ。
そのままアンナの肘掛け椅子へ駆け寄り、手渡すのはなんの変哲もない白い紙、アンナはちらと視線を落とし、それから女中をじろりと見れば、女中はびくりと背筋を伸ばして、
「あ、あの、先ほどロゼッタさまの部屋を覗いたところ、はじめはなかったその紙が机の上に」
「あの子が手紙ねえ。めずらしいこともあるもんだわ」
その時点でアンナは予感をしているのだ、呟く言葉は素っ気なくとも、目元は不安と心配に歪んでいる。
手紙の表にはただ一言、「お母さまへ」とだけあって、よほど大切なことが書いてあるのかと思いきや、なかを開いてもやはり一言、
「冒険へ行ってきます、だって? まったく、あの子はなにを考えてるんだか――」
夢見がちな性格はいまにはじまったことではないが、とため息をつくアンナの視界の端、ちらと目に入るものがある。
手紙の端に、本文とは別にまた短い一文、
『ちなみにグレアム王国のまさゆきというひともいっしょです。ご心配なく』
これにはアンナも思わず手紙を取り落としたほどで、女中はおろおろと女主人を見守っている。
「あ、あの跳ねっ返りは……」
アンナは額に指を当て、頭痛を感ずるように目を細めて手紙を拾い上げると、ぐったりと肘掛け椅子に沈んだ。
「あ、アンナさま、ロゼッタさまの捜索はどうすれば……」
「こんな手紙を残すくらいだ、もう城内にはいないだろう」
とアンナは目を閉じたまま、
「これだけの女中や兵士の目を盗んで出ていくんだから、外へ出てもあの子の心配はいらないけど、問題は道連れさ。よりによってグレアム王国の人間を連れて行くとは、あの子はいったいなにを考えているのやら――万が一怪我でもしようものなら、こっちの責任になっちまうじゃないか。明日にでも無事に帰ってきてくれりゃいいけどね」
自分でも信じていないようなアンナの口調である。
実際、ふたりが城へ戻るのはまだずいぶんと先のこととなるのだが。




