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八重鏡  作者: 藤崎悠貴
秘宝と王女と大鳥と
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秘宝と王女と大鳥と 0

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 王の間といえど、別段産業があるわけでもない小国のこと、およそ絢爛豪華とはかけ離れ、決まりきったような石造りの間、天井はぐんと高いが天井画や装飾はなく、窓辺を飾る花もなし、人間の心遣いどこにあるかといえば、せいぜい玉座の背に掲げられる国旗だけ、それも意味を知る人間には情けなくこそ映り、およそ威厳というものがない。


「――して。いかように思う?」


 王の声、喉の下に余っている肉がたぷたぷと波打つような、どことなく喉に引っかかりがあるようなくぐもった色で。

 玉座にどすんと座るさま、まるで脂肪の塊なりて、それよりも一回り大きな衣装、赤い刺繍が施された服に、足首がぎゅうと絞られたズボン、肘掛けを無闇にぎゅうと握りしめている手も丸々と太る。

 そんな男でも王は王、跪く兵士三人は揃って頭を垂れ、その実足下の赤絨毯、ふさふさとした毛足を慰みに数え上げながら、


「まあ、なさりたいようになさればよいのではないかと」


 と適当な返事、王はうむと大儀にうなずいて、


「では、その件、おまえたちに一任しようぞ。必ずや成果を出すように。よいな」

「はっ」

「それと、だ」


 王は玉座のなかで身じろぎして、ちいさく丸い目がきょろきょろ、落ち着かぬよう。


「まあ、当然のことだが、成果を出す以上に、先方に気づかれてはならぬぞ。これだけは、くれぐれもな」

「わかっております。われら隠密、だれひとり存在に気づくことなく成し遂げましょうぞ」

「うむ、それなら、よい。成功した暁には褒美をとらせよう」

「では、さっそく準備に取りかかります」


 兵士三人、三角形に並ぶなか、頂点に座る男がいえば、後ろのふたりもすこし顔を上げ、こくりとうなずきひとつ。

 立ち上がって王の間を出ていく背中に、王は念押しで、


「くれぐれもな、気づかれてはならぬぞ!」


 と繰り返す、兵士たちは振り向きもしないが、面倒そうにひらひらと手を振って、扉がばたりと閉まった。

 王ひとり、玉座にてううむとうなるに、


「本当にあやつらで大丈夫かの。かといって、あやつら以外にはおらぬしな。ううむ」


 決心つきかねるよう、眉根を寄せて腕組みし、その腕が自分の腹にとんと乗っている。

 王の苦悩いずくんぞ知らぬ、兵士三人は王の間を出たとたん、あたりをはばからず嘆息、がっくりと肩を落として、足取りもゆっくりで。


「班長――ゲオルク班長。どうします、これ」


 と話しかけるのが、三人のなかでもっとも長身、やせ衰えて枯れ果てた樹木のような痩せぎすで、色白で面長、眉がぐいと太く横へ伸びて、お世辞にも知的な顔立ちではない。


「どうするもこうするもあるまいよ、ヨーゼフ」


 ゲオルクは部下に言って、慰められるのを期待するようなため息、しかし部下ふたりは揃ってそっぽを向いて気づいておらぬよう。

 こういうところが、こいつらの出世しない理由なのだとゲオルク、咳払いで、


「王のご命令だ。一任を受けた以上、やり遂げねばならぬこと。われらが生命を賭してでもよい成果を王に」

「ですがね、班長」


 と話しかけるのは残ったひとり、豊かな金髪に容貌魁偉、むき出しの白い腕など痩せぎすヨーゼフの胴体ほどもある男。


「例の森へ、本当に入るおつもりで? あ、あそこは、悪魔の森とも地獄の森とも呼ばれるところですよ」


 震える声でいえば、身も準ずる、自ら筋骨隆々たる腕をぎゅうと抱きしめ、ぷるると震えるのはマルクスという名。

 痩せぎすヨーゼフと臆病マルクス、ふたりを束ねる班長ゲオルクは小柄で幼顔、髭を伸ばして威厳を得ようと試みている最中で、いまで二週間髭を剃らぬ生活だが、いまだ産毛のようなものしか生えてこぬ。

 そのゲオルク、不平に弱気の部下を振り返り、腰に手を当てるが、ぬっと立つふたりはゲオルクよりはるか長身、


「おまえら、もうちょっと後ろへ下がれ」

「なぜです」

「なぜもない、班長命令だ」

「はあ」


 と遠近法、ようやく胸を張れるようになったところで、ゲオルクは上官らしい顔つきで。


「いいか、おまえたち。おれたちは、兵士なのだ。ゆめゆめ忘れるな、おれたちはオブゼンタル王国の兵士なのだ。オブゼンタル王国の国王、すなわちヴァルター国王がおっしゃるのなら、おれたちはたとえ火のなか水のなか――おい、いまあくびしたろ、ヨーゼフ」

「気のせいですよ、班長」


 目をぐしぐしとこするヨーゼフ、ゲオルクはじろりと見て、


「おれの演説に、泣くほど感動したのか?」

「は? あ、いや、本当、感動しました。班長は演説がお上手で。ただ、もうすこし大きな声で言っていただければと。なにしろ距離があるもんですから」

「……まあ、いいが。とにかく、だ――おい、マルクス、よそ見するな」


 と王の間の外、廊下へ出たところで穿たれた窓の外を眺めていたマルクスは、びくりと背中を震わせて、


「ご、ごめんなさい、班長」


 とは言うものの、また視線は窓の外、なんぞあるのかとゲオルクも覗き込めば、どこにでもいるような、色鮮やかでもない灰色の小鳥、細くちいさな二本足で窓辺へ立って、小首をかしげるようにこちらを見ている。


「かわいいなあ」


 とマルクス、頬を緩めて、もはやゲオルクの言葉など聞いていないよう。

 ううむとゲオルク、腕組みして顔をしかめるのに、童顔が幸いしてあまり深刻さは現れぬ。

 小鳥はちゅんと鳴き、ちいさな羽ばたき、廊下へ入り込んだかと思えば、マルクスが目を輝かせる先、ゲオルクの肩にちょこんと止まって、やはり小首をかしげるよう。


「い、いいなあ、班長!」

「よくはないが」


 とゲオルク小鳥を振り返れば、小鳥のほうでもゲオルクを振り向いて、短い尾を振り振り、ちいさな目が爛々と輝いているのに、嘴がゲオルクの頬を突く。


「痛い、痛っ、ええい、離れんか」

「ああ班長、動いちゃだめですっ」

「うるさいぞマルクス、ええい小鳥風情がおれの肩を占領しよって。あまつさえおれの頬を突くとはなにごと、うまい飯にでも見えたか無能なる猛禽め」


 マルクスは両腕を宙へ突き出し、ああと嘆きのなか、知らぬ顔でゲオルクは肩を振って鳥を追い払うが、その小鳥、からかうようにゲオルクの頭頂へひょいと。


「あ、こいつめ」


 ぐいと顔を上げれば、頭が後ろへ動いて鳥は見えぬ、髪にしっかり捕まる感触はあるのだが。

 視線だけを上げてもまだ見えず、眼球が痛むほど頭上をにらむゲオルク、やがてはあとため息ひとつに諦めて、


「まあ、小鳥の一匹や二匹、寛大に許してやろうというもの。で、さっきの話の続きだが」


 頭上でちゅんちゅん、小鳥が鳴くに、マルクスは嬉々としてゲオルクを見つめるが、一方でヨーゼフ、われ関せずと黙っているかと思いきや、立ったままうつらうつら、頭が船を漕いでいる。


「ヨーゼフ!」


 と一喝、はっと目覚めて、何食わぬ顔。


「話はちゃんと聞いておりました、班長殿。たしかにわれわれはオブゼンタル王国の兵士であります。王のご命令とあれば、欣然として死地へも赴きましょう――あれ、班長、いつの間に髪飾りなどおつけになられたので?」

「髪飾りではない。鳥だ。鳥が止まっておるのだ。こいつめ、首を振っても落ちぬようしっかり捕まっておる。あとで捕らえて食ってやろう」

「班長の非道!」


 マルクスの悲鳴、その無骨な目にうるうると涙を溜めるに、ゲオルクは心に影が差し、もはや諦めた顔でとぼとぼと歩き出す、その頭で灰色の小鳥が左右に揺れ、うれしげに鳴けば余計に落ち込もうというもの。


「なんにせよ、われわれは行かねばならぬ」


 背中に哀愁、声に孤独を漂わせ、ゲオルクはぽつり。

 後ろから続く部下ふたり、それを気にして取り繕うかといえばそんなこともなく、ヨーゼフは生あくび、マルクスは上官の頭上しか見ていない。


「そこが悪魔の森であろうが、地獄の森であろうが、王の望みとあれば行くしかあるまいよ。出立は明日、それまでに各自荷物を整えておけ。森のなかはなにが起こるかわからぬ。武器、防具の手入れは入念にすること。食料は現地で調達するが、なにか保存食あれば持ってくるのもよかろう。では解散」


 と声をかけ、ゲオルクはそのままとぼとぼとオブゼンタル城を出る。

 小国の城など、ちょっとした富豪の家よりもちいさきもの、外見も分厚い石造りの壁にちいさな窓と愛想もなにもなく、臆病なほどに強固だが、愚鈍で禁欲的、入り口なども大人ひとりがやっと通れるほどちいさく、寝ぼけ眼で歩くヨーゼフはいつも頭をぶつけては半円アーチの入り口をぐいとにらむ。

 空は晴れているが、徐々に雲が増えて、明日には雨が降るような気配。

 風も穏やか、凪ぎのなか、灰色の雲がぽつりぽつりと浮かんで、その下には名も知らぬ鳥が何匹か、ゲオルクはちらと頭上の鳥に目をやって、


「あれは、おまえの仲間かなんかじゃないのか。ほら、行けよ」


 と首を振り振り、小鳥は頑としてしがみつき、てこでも動かぬ様子。

 はあとため息降り注ぐ城下町、これもやはりこぢんまりとして、歩けば数分で端から端まで辿り着く、おまけに城壁という城壁もないから、がらりと閑散、広く感じるのも良し悪しがある。

 オブゼンタル王国は峻峭なる山々に囲まれた国である。

 領地といえば、ひとを寄せ付けぬ巌も目立つ枯れた山、その谷間の長細い空間のみ。

 オブゼンタル城は山間に建つが、左右と後ろをそのような岩山に囲まれて、正面ばかりがわずかに開き、細く清い川に沿ってなんとか馬が歩ける道、うねうねと蛇のように伸びている。

 城と城下町の周囲は木々、くぬぎや松が茂るのに、青々とした夏も去り、そろそろ葉も色を変えようかという時期、それが盛んなれば城からの景色絶景なりと、客もいないのでは意味もない。

 まったく、観光資源もない国なのである。

 他国への自慢といえば、清い川と美しい山並み。

 春夏秋冬いつでも見所はあるが、秋から冬へかけての稜線など何時間でも見飽きることはなく、散る色々、赤や黄が巧みに混ざり合って再現不可能な彩りを発揮し、さながら天から絵の具を散らしたような色、このあたりではそれを天上人の芸術と呼んでいる。

 冬には深い雪で閉ざされ、春には青々と草花生い茂り、夏にはあらゆる植物が真っ盛り、朝露にきらきらと光る葉あれば、山間全体が輝くようで、宝石の何倍も美しく貴い光なのである。

 それでも観光客がこないというのには、無論いくつかの理由、ひとつはオブゼンタル城へ至るまでに越えなければならぬ山が片手では足りぬ数ということ。

 これほど奥深くまで分け入れば、美しい自然を見るのは当然のこと、ただただ辺鄙なだけと言えぬこともない。

 まったく、このような国にあって自給自足はむずかしいもの、ゲオルクはちらと城下町を見、左右の山々を見たが、そうした美しさにも飽き飽きしたという顔、とぼとぼと歩くに、頭上の小鳥は心配げにゲオルクの顔を覗き込む。

 このような狭い暮らしにあって、となり近所など家族のようなもの、窓やら玄関やら至るところから声をかけられるが、ゲオルクは顔も上げず自らの家、こぢんまりとした白壁の一軒家に辿り着いて、玄関をぎいと開けて振り返れば、


「おまえら、いつまでついてくるつもりだ?」


 城で解散を宣言したはずのふたり、ヨーゼフとマルクスが未だにのそのそと後ろを歩いている。

 ヨーゼフは、ほとんど閉じていた目をはっと開けて、


「どこだ、ここ?」


 とあたりを見回すのに、


「おれの家だばかどもめ。寝ぼけるのも大概にしろ、ヨーゼフ。それに、マルクス、おまえもだ、そんなに小鳥が好きならおれの頭から取って持って帰れ」


 ぐいとゲオルクが頭を差し出せば、


「い、いいんですか班長」


 とマルクスは興奮を隠しきれず両手を伸ばすが、敏感に察知した小鳥、ちゅんと一声甲高く、羽根をはためかせて飛び立てば、マルクスは切なげな目でそれを追う。


「あーあ、行ってしまった」

「清々したよ」


 ゲオルクはぶるると頭を振り、玄関の扉を入っていく。

 目が覚めたらしいヨーゼフ、あくび混じりに立ち去って、マルクスはしゅんと肩を落としながらも、はるか頭上を舞い踊る鳥たちに心癒されるよう、次第に明るい顔つきになって、どうやらこの辺鄙な城もマルクスにとっては至高ともいえる場所らしい。

 それが、そろそろ風も冷たきをはらみ、夏から秋へ移行しようかという日のこと。

 翌日オブゼンタル王国から三人の兵士が旅立ったが、目的は三人と王を除いてはだれひとり知らぬ秘密であった。

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