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八重鏡  作者: 藤崎悠貴
八つの宝と風の行方
117/122

八つの宝と風の行方 6-2

  *


 正行の手元にある兵力は、わずかに百程度、それも選びぬかれた強者たちだが、戦線から離れ、人目につかぬよう身を忍ばせながら北を目指したのが数日前。

 さすがにセントラム城までは戻れず、途中でぐっと東へ寄り、ちいさな田舎の港へ行き着く。

 港で正行が馬を降りたとき、すでにずらりと並んだ真新しい船、そして水面から顔を覗かせる人魚たち。


「よく集まってくれた」

「正行さんのお願いですから」


 とはるか遠い人魚の島から再び大陸までやってきたフローディアは、ほかの人魚たちをちらと振り返り、明るい笑顔を浮かべる。

 兵士たちははじめて間近で見る人魚に驚き、あるいはうっとりと見惚れるが、久闊を叙するひまもない、彼らはただちに船へ乗り込む。

 この船というのも特別製、本来つるりとしているはずの船底に把手が設けられ、人魚がそこをしかと握って、人力で漕いでゆくより、帆が風を捉えるより早く、水面を駆けてゆく。

 船一隻につき人魚は三、四人、太い尾びれで水を蹴り、ぐんぐんと水中を加速すれば、乗っている人間は縁に捕まって振り落とされぬようにするのが精いっぱい。

 こうして彼らは大陸の輪郭をぐるりと回り、人間では到達不可能な速度でハルシャ軍の後方へ出ることに成功する。

 同時に、魔法使いがすばやく伝令し、大陸の東西、善戦していた騎馬隊と魔法隊に総攻撃と進軍を命じ、百あまりの兵で後方を強襲するのと合わせて東西の突破を試みる。

 エゼラブルの魔法隊と、草原で生きてきた騎馬民族の実力は本物、多少の不利なら跳ね返せるはずだと正行は信じた。

 正面の兵もまた、数では不利だが、高い士気でもって東西の突破と背後の強襲を待てるはずだと、正行は考えていた。

 ゆえに、ハルシャ軍の背後に回りこみ、人魚たちと別れて野を駆けた正行は、そこにあるはずの戦線がないことに愕然としたのである。

 皇国は変わらずにある、その手前にずらりと長い戦線ができていたはずなのが、野営の気配や血のにおいはいまだ漂っても、肝心の兵がどこにもいない。

 兵士たちはまるで物の怪に化かされたような顔、正行はすぐ理由に気づき、珍しく声を上げて自分を罵った。


「くそ――ロマンが、こっちの作戦に気づいたんだ。それで無理に正面突破を試みたにちがいない。なんでおれは――くそっ」

「どうなさいますか、正行さま」

「このまま北上して、なんとしてでもハルシャ軍の背後に出るぞ。正面突破はされていない、たぶんじりじりと後退を強いられただけだ。必ず正面の兵士が持ちこたえているあいだに、背後をとる」

「東西の軍との連携は」

「東西突破はもう意味がない、すぐ合流して後方を突くようにしたほうがいい」


 苦々しく顔をしかめる正行は、自らの失策をだれよりも責めながら、一心不乱に馬を走らせた。

 このままでは、自分の作戦を信じて戦った兵士たちに申し訳が立たぬ。

 正面の兵士たちは、必ず正行たちが背後をとると確信していたからこそ、危ういところで持ちこたえ、多大なる犠牲を出しながらも戦線を維持していたのだ。

 東西の突破を試みている騎馬隊と魔法隊にしても同じこと、多少の犠牲は顧みず、指示通りの迅速な突破を実行しているにちがいない。

 彼らの命に、彼らの憎しみに応えるには、なんとしても勝つしかない、正行には勝利しか許されていないのである。



 大陸東で戦闘を展開していた騎馬隊は、伝令を受けてただちに総攻撃を開始した。

 いままでのような安全策はとらず、一刻も早く敵勢力を壊滅させ、大陸の東からハルシャ領内へ進まなければならない。


「かかれ、かかれ!」


 ミーチェは馬上で剣を振り回し、その指示に従って一万の騎馬隊が敵へ突っ込む。

 敵もいまだ大勢の兵を残すが、再三の攻撃に疲弊しきっているところ、そこに指揮官が檄を飛ばし、


「ここで持ち堪えたら、われわれにも勝利が見える! 隊列を維持しろ、正面から迎え討て!」


 地を揺るがす馬蹄、抜き払う剣がきいんと震え、磨き抜かれた刀身に目を見開いた戦士たちが反射する。

 舞い上がる土埃に両軍が突入し、怒号と剣戟、薄茶色に煙った視界でひらめく白刃に、馬同士がどんと身体をぶつけあう音が響く。

 さっと剣が走って敵の腕を切り落とせば、ほとんど同時に背中から衝撃、馬からずるりと落ちながら身体を見下ろせば、胸から剣がぬっと生えている、赤い血ばかりがいやに目立って。

 どさりと落ちる傍らを、馬が抜ける。

 背に身を伏せれば無人の馬にも見えるが、ミーチェは敵の間近になるとむくりと身体を起こし、そのまま馬を止めずに敵の横を駆け抜けた。

 相手が振り返る前、巧みに手綱を引いて踵を返し、背後からざくりと一撃、馬から落ちる相手に剣を取られぬようすばやく抜き去れば、そばかすの残る頬に返り血が咲く。

 くるりと剣を返し、息つくひまもなく土煙のなかへ戻り、きらきらと目を光らせながら敵を探す。

 現状、まだ敵のほうが数も多く、どの敵を次の目標と定めるべきか迷うほど。

 ともかくひとりでも多く倒し、一刻でも早く突破を、とミーチェは目についた相手に飛びかかる。

 ときには身をかがめて横を抜けざま斬りつけ、あるいは馬から馬へ飛び移って相手を馬上から叩き落とし、馬の全体重でもって踏み抜く。

 疲弊した兵と経験豊富な指揮官を持つ兵とでは、自然と動きもちがって、皇国軍が十減らすあいだにハルシャ軍は三十、四十と減らし、あっという間に数は反転する。

 ただでさえ不利ななかで数が逆転、これはもはや勝ち目がないと、ハルシャの騎馬隊は散り散りになって逃げ出す。

 ミーチェはいまだ激しい戦闘のなかでハルシャの隊列が崩れるのを目撃し、ほんの一瞬気を抜いた。

 はっと気づけば白刃が目前に迫り、かろうじて身を屈めたミーチェの頭上を刃が通り、髪の毛がばさりと切り落とされて宙を舞う、それがまだ風に乗って落ちきらぬうち、相手はすばやく剣を引いて突きを繰り出している。

 かわそうにも、馬上、身をかがめたばかりで、身動きがとれない。

 鋭い剣先がまっすぐミーチェに向かい、ミーチェは一瞬のうちに死を予感し、唇を噛んだ。


「兄上――」


 呟いたミーチェの前を、さっと黒い影が横切った。

 剣先は影を貫き、ミーチェの目前でぴたりと止まる。

 ミーチェは影の肩をぐいと引き、自ら剣を抜きながら犠牲となった兵士に、


「恩に着る」


 と囁き、一撃で相手を打ち倒した。

 身体を剣で貫かれた兵士は、馬の背にぐったりと横たわり、口から溢れ出す血をなんとか飲み下そうと呻いている。

 ミーチェは兵士の頭を抱き、横を向かせて血を吐かせた。


「なにか言い残すことは?」

「いや――」


 と兵士は苦しげに咳き込んで、それからかすかにミーチェを見上げ、


「妹に似ている」


 と言って笑った。

 その笑みが苦しげに歪んで、手が震え、身体を折り曲げて何度か咳き込んだあと、すこし楽になったような顔色で、兵士は息絶えた。

 ミーチェはその身体を馬から下ろし、地に横たえて、散り散りになって逃げたハルシャ兵を見る。

 別の馬がさっと近づき、


「どうする、追って叩くか?」

「いや、その必要はない。連中もまとまって逃げてはいない。このまま南下しよう。予定どおり、正行の兵と合流する」

「わかった、全員にそう伝えよう」


 馬が去り、ミーチェはひとり、足元に死体で、馬がミーチェを気遣うように頭を寄せた。

 ミーチェはすこし笑って、


「心配しているのか? 大丈夫、怪我もしていない。もうすこし走れるな。いつまでもここにいるわけにはいかないから」


 とミーチェは馬に飛び乗って、手綱をぐいと引き、戦場をあとにした。

 土煙が収まり、蹄の音も遠ざかって、すこし強い風でもさっと吹けば、偉大なる自然は何事もなかったかのような静寂を取り戻す。

 命をなくした兵士や馬は、姿形こそいびつだが、一様にこの静寂に満足しているようだった。



 大陸の東で皇国の騎馬隊が勝負を決めたころ、西側、旧ニナトールの領地上空でも苛烈な戦いが進んでいた。

 北に陣取る皇国の魔法隊、南に陣取るハルシャの魔法隊、戦闘開始時に比べ、数はハルシャ側がぐんと減っているが、それでもまだ皇国の魔法隊よりは多いよう。

 数が多いのは圧倒的に有利で、長期戦ともなると輪番に休めるハルシャ軍のほうが動きに冴えを見せ、個々の能力は劣っても、統率のとれた行動で皇国軍にも勝る活躍を見せていた。

 いまもまた、ハルシャの魔法隊から炎の矢が放たれる。

 ひゅんひゅんと風を鳴らし、迫る炎の矢、皇国の魔法軍はさっと頭上に水の膜を展開し、炎の大部分を掻き消すが、一部には本当に矢が仕込まれ、それらは薄い水の膜を突き破って魔法使いに降り注ぐ。


「被害は?」

「怪我が五人、死亡がふたり!」

「負けるんじゃないよ、エゼラブルの魔女の力を見せてやりな」


 アンナが叫ぶが、それに答えるほどの体力もない魔女たちで。

 数で劣っている以上、ひとりひとりの能力で応えるしかなく、短期決戦ならよいが、皇国軍全体の進行と合わせた長期戦は彼女たちにとって大きな不利となっている。


「攻撃準備!」

「もう力が足りません!」

「足りなくても引っ張り出しな。できるだけ大きな火球で敵を散らして、そのあいだに地上へ降りるよ」


 アンナ自身、空に指を突き立て、持てるかぎりの力で火の玉を生み出す。

 ほかの魔女たちもそれに合わせ、それぞれに火球を出すが、もっとも力のあるアンナでさえ人間よりもすこし大きいという程度、ほかは松明の炎にさえ劣るほどで、敵へ投げつけたところで風の一陣、吹き消されるか、彼方へ飛ばされるか。

 さすがにアンナも唇を噛み、ふらりとする頭を押さえながら、


「まったく、こんなことしてるひまはないっていうのに――進軍の命令に、一歩も動けないなんてね。全員、山のなかへ降りな! できるだけ散らばって、敵から隠れるんだ」


 魔女たちはローブをはためかせ、ニナトールの深い山へ降りていく、しかしそこに木はなく、丸裸の地面が露出するばかり、身を隠すところもありはしない。

 しかしこれ以上宙に浮いていることさえむずかしく、魔女たちはぐんぐんと高度を下げるが、そのなかでひとり、


「ロゼッタさま!」


 空の高い位置にとどまって、動かぬ人影。

 アンナは振り返り、娘と認めて、ぐんと近づいた。


「なにやってるんだい、ロゼッタ。ひとりで狙い撃ちにされるつもりかい」

「だって、お母さん、逃げたってしょうがないもん」


 ロゼッタはきっと顔を上げ、アンナを見る。


「あたしたちは前に進まなきゃいけないんでしょ。正行くんとは、そういう約束だったんだから」

「状況を見て言いな。ここで退かなきゃ、全滅するんだよ」

「でも!」


 ロゼッタは気持ちをうまく言葉にできず、じれったいような顔で首を振る。

 しかしアンナにもロゼッタの気持ちは理解できる。

 この数週間、毎日のように敵と戦い、そのなかで仲間が倒れていくのをその目で見てきたロゼッタは、もうなにも知らぬ小娘ではない。


「みんなは、隠れてて」


 ロゼッタは赤毛を揺らし、前に出る。


「あたしがなんとかするから。だれかひとりでも正行くんと合流しなきゃ、ここで死んでいったみんなが無駄になるもん」

「あんたひとりでどうにかできる問題かい。ここまで戦ってきて、あんたも力は残っちゃいないだろう」

「大丈夫」


 とロゼッタはゆったり笑って、


「あたし、お母さんの娘だもん。自分のことを信じたら、魔法は絶対に応えてくれるはず」

「――しょうがない子だね、本当に」


 アンナは諦念にため息、そのまま高度を落とすから、身を隠すのかと思いきや、ほかの魔女たちに向かって大声で、


「ここで戦って全滅するのがいいか、作戦は失敗、多くの仲間を失ってでもエゼラブルに無事帰り着きたいか、選ぶときだよ。戦いたいと思うなら、敵をとりたいと思うなら、もう一度空へ上がってきな」


 ロゼッタは、ともすればひとりでも戦うつもりだったが、一度は山裾へ降りたはずの魔女たちが続々と空へ上がり、最後には全員が再び揃ってしまう。

 アンナとロゼッタは顔を見合わせ、ため息と苦笑い。


「いつの間にこれだけ向こう見ずな人間ばっかり揃ったのかねえ」

「お母さんがそうだからじゃない?」

「あんたほどじゃないよ――じゃあ、最後にひとつ、派手にやろうか」


 と全員の戦意は充分だが、疲労した身体が回復したわけでも、再び魔法を存分に打てるほど力を得たわけでもない、いうなれば空元気に近く、全員それを自覚しているが、だからこそ、望みのない逃亡よりも歯向かって全滅を選んだのである。

 アンナはちらと魔女たちに視線を送り、魔女たちがうなずくのを待って、


「ロゼッタ、あんた、力はどれだけ残ってるんだい」

「んー、わかんないけど、がんばる!」

「よし、がんばりな。できるだけ派手で広範囲に被害が出るような魔法をひとつ、ぶちこんでやるんだ。あんたの合図で、あたしら全員が動く。仕損じるんじゃないよ」

「わかった――じゃあ、なにがいいかな」


 とこんなときにすらロゼッタは魔法を使うのが楽しいようで、鼻歌すら唄いながら使う魔法を決め、ひとりでぐんぐんと上昇してゆく。

 ハルシャの魔法隊もそれに気づいたが、ひとりに釣られて動くより、下に残る魔法隊に集中し、新たな魔法攻撃を計画しはじめる。

 はためくローブ、流れる赤毛、ロゼッタは鳥のように宙を舞い、雲のなかを抜けて、晴れ渡った空へ出る。

 そこでにやりと笑い、ロゼッタは両手を突き出して、ありったけの力で風を巻き起こした。

 そのちいさな手のひらから生み出された風は渦を巻きながら雲を巻き込み、鋭い螺旋、槍のように突き進んで立ち込める雲ごとあたりの空気を弾き飛ばす。

 雲の下で、アンナは桁外れの暴風に翻弄されるハルシャの魔法隊を見ながら、呆れたようにぽつり、


「ここまで戦ってきて、まだあれだけの力が出せるのかい、あの子は」

「だれかにそっくりですね」


 と老齢の魔女が言うのに、アンナは鼻を鳴らし、


「あたしのほうが美人だったがね」

「さあ、どうでしょうか――本当によく似た親子だと思いますけど」

「そんなことはどうでもいいのさ。あの子の風も、そう長続きはしないよ。いまのうちにはじめよう」


 とアンナが率いる魔女たちは、一度山へと降りる。

 ロゼッタは雲を弾き飛ばしてぐんと広がった視界に笑みを浮かべ、さらに強風をまき散らしながら敵を翻弄するが、その額をつつと汗が伝い、呼吸が荒くなってゆく。

 魔法の力は、すでに空になっている。

 それでもなお魔法を行使すれば、命を維持するために必要な体力が吸い取られていくというのが道理。

 ハルシャの魔法隊は、浮遊魔法ではとても留まっていられぬと知り、息もできぬほどの風から逃れるため山へと近づいた。

 そこに、アンナ率いるエゼラブルの魔女、山裾に降り立ったところでぐるりと輪を作り、全員が一斉に両手を地へ当てる。

 はじめはなにも起こらず、ただ、輪を作った魔女がひとりふたりと倒れていった。

 やがて、ロマンによって焼き払われた地面がもぞもぞと蠢動しはじめる、そこでもまた力を使い果たして倒れる魔女が続出する。

 一面灰色になった山肌の、うず高く積もった灰と墨の奥から、ちいさな青い芽がひょいと顔を出した。

 瞬間、地面の至るところからいたずらっぽい新芽が顔を出し、それがむくむくと成長をはじめる。

 魔女たちが囲むなかからそれははじまり、放射状に広がって、やがて山から山へと押し広がる一方で、はじめに顔を出した芽はちいさな木へと成長している。

 枝が揺れ、葉が落ち、裸になったかと思えばまた葉をつけ、花が咲く。

 木々の幹は太くなり、数秒のうちに育った植物たちは再び森を緑で覆い尽くそうとしていた。


「なんだ、これは――」


 とハルシャの魔法隊が空へ逃れようとするのに、するすると蔦が伸び、その足を、あるいは腕を捕らえて離さない。

 アンナは脂汗を流し、それがあごの先からぽつぽつと滴り落ちるのにも笑って、


「もう逃げられないよ。森の力は、なによりも強い」


 しかし地面を通して常に力を流し込まなければ、植物たちの成長は止まってしまう。

 魔法の力も、それに代わる体力も使い果たして倒れていく魔女が続出するなかで、アンナは巧みに再生させた木々を使い、敵の魔法隊をがんじがらめにしていった。

 ハルシャの魔法使いは、蔦を絶ち、逃れようと空を見上げれば、そこに空はなく、威圧的な巨木がじっと見下ろしている。

 節くれだった枝が取り囲み、巨大な葉に潰され、蔦に捕らわれて、ふと見れば枝には青い鳥、目が合うと、鳥はちいさく鳴いて不思議そうに首をかしげた。

 ロゼッタは力のほとんどを使い果たし、上空からぼんやりと再生した森を見下ろして、


「お母さんたち、すごい――」


 と心の底から呟く。

 敵の魔法隊が現れぬのを確認し、高度を下ろしてゆけば、森のなか、魔女たちが折り重なるように倒れているのを見つける。

 ロゼッタは駆け寄り、倒れたアンナを抱き起こして、


「大丈夫、お母さん?」

「なに、死にやしないよ。ただ、しばらく動けそうにないがね」


 とアンナは面倒そうに眉をしかめ、


「なにをやってるんだい。あんたは早く計画どおり合流しなきゃならないんだろう。あたしらはしばらくここで休んでから行くよ。敵は全部捕らえてあるから、心配せずに行ってきな」

「うん――わかった。じゃあ、あとできてね、絶対だからね」

「甘えるんじゃないよ。自分ひとりでもやると言ったのはどこのだれだい」

「わかってる――じゃあ、正行くんのところ、行ってくるね」


 とロゼッタは飛び出し、途中でふらり、すでに浮遊魔法も危ういほど力を使いきっているが、唇を強く噛み、ロゼッタは自分に言い聞かせる。


「ここでがんばらなきゃ、いつがんばるの、あたし。エゼラブルの王女として、ちゃんとやらなきゃ――」


 ぐんぐん高度を上げてゆくロゼッタ、その影がほんのちいさくなり、視界から消えるころようやく、アンナはふと笑って、指の一本も動かせぬ疲労に身を任せた。

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