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八重鏡  作者: 藤崎悠貴
八つの宝と風の行方
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八つの宝と風の行方 5-2

  *


 大陸の東、どこまでもなだらかな土地が続くような草原地帯での戦闘は、皇国付近で初陣が切られた翌日の朝はじまった。

 地形の関係上、この付近で最速の移動速度を誇るのは騎馬隊である。

 迅速に制圧しなければならぬという命題があるため、当然ハルシャも一万五千からなる騎馬隊を編成し、それが一塊となって草原地帯へ殺到した。

 彼らの馬が過ぎたあとには蹴り上げられた土くれが無残に残り、草は踏み荒らされ、動物たちも驚いて姿を消す、さながらこの草原の支配者然としていながら、その実、彼らはすでに深く傷ついたあとであった。


「やつら、どこに隠れた?」


 先頭に立つ兵士は馬上で背筋を伸ばし、目を細めてぐるりとあたりを見回すが、そのかぎりにおいて人影もなければ、馬の姿もない。

 それに安心して馬を進めれば、しばらくして後方から、


「敵襲、敵襲! また連中がきたぞ!」


 と叫び声、しかし先頭が踵を返し、ぐるりと戻ってきたころにはもう敵の姿はなく、地面には倒れた馬や兵士の死体がいくつも散乱しているのみで。

 そんな戦いとも言えぬ戦いが、すでに十度以上繰り返されている。

 ハルシャの騎馬隊は決して間抜けの集まりではなく、一度の戦闘で出る被害も数十人と決して多くないが、相手に与えられた損害は片手で足りるほどで、何度も繰り返せば軍団の維持にも支障をきたす。

 兵士はぎりと唇を噛み、苦々しくつぶやいた。


「どうなってるんだ。隠れたかと思えば、別の方向から飛び出してくる――連中は、なにか魔法でも使っているのか?」


 無論、そうではない。

 いまもかろうじて兵士の目が届かぬ距離を保って、いくつもの騎馬隊が控えている。


「――もう一撃、してみるか」


 皇国から預けられた一万の騎馬隊を指揮するのは、草原を生まれて死ぬ場所と定める騎馬民族の長、ミーチェであった。

 その指揮により、一万の騎馬隊は数百からなる小隊に分けられ、それが遠巻きにハルシャの騎馬隊をぐるりと囲い込んでいるのだ。

 日ごろから草原で生きている彼ら騎馬民族は、みな目が効く。

 それを生かし、敵の兵士には発見されぬ距離まで遠ざかり、敵の動きに合わせて移動しながら細かい攻撃を何度も繰り返しているのである。

 ハルシャ兵が背中を見せようものならすぐさま襲いかかり、しかし長く戦うことはせず、ほとんど一撃のもとに遠ざかって再び取り囲む一団に戻り、ということをひたすらに繰り返す戦法、かつてこのあたりに栄えたという騎馬民族伝統の戦法を、ミーチェはしっかりと使いこなしていた。

 この戦法の強みは、必要があればいつまでも続けられるということにある。

 たとえば、ハルシャ兵が移動をやめて夜の準備をはじめれば、自軍も同様に身体を休めることができる。

 そうして日を超え、ときには数週間に渡って包囲を続け、やがて最後のひとりまで倒し尽くすのが、この戦法なのである。

 大陸の東から敵の裏手へ回り込むというハルシャの作戦は、ミーチェの巧みな指揮と伝統の戦法により、ひとまず阻止されている。



 草原地帯から遅れること数日、旧ニナトールの山々でも、新たな戦いがはじまっていた。

 考えることはみな同じ、正行が山の多いニナトールで自由に動けるようにとエゼラブルの魔女たちを派遣すれば、ハルシャのほうでも魔法使いを集め、ひとつの軍隊を作って、ニナトール上空からの突破を仕掛けている。

 エゼラブルの魔法隊は二千とすこし、対してハルシャの魔法隊は五千近い。

 いまにも雨が降り出しそうな空を覆い隠すほどの人影に、エゼラブルの王女ロゼッタはすこし嫌がるような顔をして、


「あれ、こっちの二倍くらいはいそうだよね。勝てるのかなあ」


 といまいち深刻さの欠ける声で。

 しかしつと視線を落とせば、彼女たちの真下にはいまだに焼け跡が生々しいニナトールの山々が連なっている。

 かつては緑が茂っていた稜線も、いまは木の一本もなく、炭化したものがごろごろと転がって生物の気配もない、まるでこの世の終わりのような光景で。

 それを見るたび、ロゼッタはニナトールを救えなかった悔しさを思い出し、ぐっと拳を握るのである。


「がんばろう。これはたぶん、負けちゃいけない戦いなんだよね。どれだけ相手のほうが強くても、どれだけ相手のほうが多くても。負けないように、がんばらなくちゃ」

「意気込むのもいいがね」


 ととなりで母親の女王アンナ、ぽつりと言う。


「向こうはもう先制攻撃を仕掛けてきたみたいだよ」


 はっと気づいて前方を見れば、まさに無数の火球がこちらに向かって飛んでこようというところ。

 遠目では蝋燭の明かりにも似る炎だが、大きさは優に人間ひとり以上はあって、直撃すればただでは済まぬ。


「ど、どうしよう、お母さん。に、逃げる?」

「逃げてどうするんだい。まったく、この子は――まあ、最初はやり方を教えてやるから、そこでおとなしく見てな。ほかの者も手を出すんじゃないよ」


 アンナは、近ごろ太りはじめたという身体をふわりと風に乗せて舞い上がる。

 ロゼッタにも遺伝している赤毛が揺れ、火球はまっすぐアンナを狙い、ごうごうと音を立てながら迫る。


「お母さん!」


 とロゼッタが叫ぶのに、アンナはうるさそうにちらと見たが、すぐに口元をゆがめて、


「火球ってのはね、こういうものを言うんだよ」


 と独り言ち、指を空に突き立ててなにをするかと思えば、頭上の空がごそりと抜けて、直径何百メートルあろうか、太陽がそのまま落ちてきたようなものが、敵の頭上へ向かって落ちてゆく。

 桁外れの大きさに、桁外れの火力、充分に離れた味方たちさえ空気がじりじりと焼けつくのを感じて後方へ下がるほど。

 途中、敵の火球もそれに命中したが、蚊ほども感じぬらしい、むしろそれらを飲み込んで、敵の魔法隊は蜘蛛の子を散らすように泡を食って逃げてゆく。

 巨大火球はそのままニナトールの森へずどんと落ち、そこでさっと姿を消したが、あとには山がひとつ消失し、隕石が落下したような痕が黒々と残った。


「まわりへの影響ってのを気にしないでいいのは愉快だね」


 アンナはにやりと笑い、ぱんと手を打ち鳴らした、その手のひらを敵のほうへ向ければ、炎が龍のように飛び出し、大河のように巨大なのが二本、逃げる敵に追いすがり、燃やし尽くして地へたたき落とす。

 炎がごうごうと鳴るなか、アンナの高笑いが聞こえてくるのに、ロゼッタは笑ったものやら困ったものやら、


「なんだかお母さんひとりで全部やっつけられそうなくらいだなあ」

「そういうわけにもいきませんよ」


 と味方の魔女が言う。


「あれだけの魔法を連発すれば、すぐに力が尽きます。あれは敵を威嚇するためにわざと派手なものを連続させているんですよ」

「え、そうなの?」


 そこまで考えるひとかな、とロゼッタはアンナを見上げるが、ちょうど手のひらから放たれていた炎の龍が途切れ、今度はぱちんと指を鳴らして、敵の頭上から雷を降らせる。

 ごろごろと鳴り響くのに混ざって心底楽しそうな笑い声が聞こえてくるから、ロゼッタがそれを指差すが、味方の魔女は知らぬ顔、


「とにかく、アンナさまの攻撃が止んだあとはわたしたちの番です。いまのうちにできるだけの敵を倒してしまいましょう。長引けば、こちらも被害を受ける」

「うん、それはいいけど――みんな、お母さんみたいな魔法が使えるの?」


 同じエゼラブル王国に暮らしていても、訓練以外で魔法を見ることはない。

 訓練にしても周囲を破壊するような大規模なものは使わないため、ロゼッタにしてもアンナの大技ははじめて見るものばかりだった。


「まさか、あれだけの魔法を連発できるのは、大陸中を探してもアンナさまだけですよ。わたしたちなら、最初の火球を真似するだけで力を使い果たしますから――でも、アンナさまの血を継いでいるロゼッタさまなら」

「できるようになるかな、あんなの」

「ちゃんと訓練をすれば、できるようになりますよ」

「く、訓練か……ううん」


 ロゼッタは嫌がるような顔をしながらも、致し方ないかと諦めているところもあるようで。

 アンナが散々敵を痛めつけ、ついでに下の山々まで限界を留めないほどに破壊し尽くしてからふわりと降りてくれば、代わりに周囲の魔女たちが一斉に高度を上げ、追い打ちをかける、ロゼッタもそれに続くが、アンナが呼び止めて、


「魔法の基本はわかっているだろうね、ロゼッタ」

「し、信じること――自分にはできるって、信じること」

「そう、絶対に自分を疑うんじゃないよ。あんたはあたしの血を継いだ子どもなんだ。魔法を使えば、なんだってできる。――それから、敵に情けはかけるんじゃないよ。気を抜けばあんたの大切なひとたちが殺されていくんだからね」

「ん――わかってる」


 ロゼッタはふわりと飛んで、見送るアンナはさすがに疲労を隠せぬよう、額に浮かんだ汗を拭い、ゆっくりと高度を下げながら、


「本当にわかってるのかね、あの子は」


 と心配げに呟くのだった。

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