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リンゴ売りと女の話

作者: みさき

 おねえさん、おねえさんと声をかけてきたのはリンゴ売りの男である。女はそれに覚えがあった。といって、行く手を防ぐ目の前の男のことを云っているのではない。ほんの二十歩ほど向こうに設置されたリンゴ売りの露店のことだ。女の記憶の中にこのリンゴ売りの顔などないが、一見して無造作に積み上げられているリンゴの詰まった箱を広げたその店のたたずまいにはピンとくるものがった。

「あぁ、ひょっとしてリンゴジュースの……」

 覚えず口にしたのにリンゴ売りはすかさず反応した。商売っ気の多い男であるなと女は少し気後れした。「今、時間ありますか?」とリンゴ売りが聞くので「お生憎で」と答えると、どうにも意味が通じなかったのかして、まんまと店の前まで導かれてしまった。女はこのリンゴ売りが自分の苦手な手合いであることを話し始めてからおおよそ三秒で理解したので、できることなら相手にしたくない本音はあったが、そうでなくとも今とれる時間などほとんどないのは事実なのであった。にも関わらず、女がうっかりリンゴ売りの話に乗せられてしまったのは、いや、うっかりなどではなく、単に女が人の誘いをうまく回避する術に乏しいというだけの話である。ところで、リンゴ売りの露店は、よく見ると間違いなく無造作に箱が積み上げられただけなのであった。

 女がたぐってきた記憶の中に、やはりこれと合致するものがあった。リンゴ売りがひとつの箱の中――さすがに店主にはどこに何があるかの把握は完璧と見える――から嬉しそうに一本の瓶をとりだした。おねえさんが云っていたのはこれでしょうと加える。あぁそうだ、それに覚えがある、確か値は八百円だったはずだと女は思ったが、今度は口にすることを控えた。しかしせっかくつぐんだというのに、リンゴ売りの商売っ気がすぐさま値を明かしたのだから何となくばつが悪い思いをした。

 去年の暮れの話である。ここと違う場所で、同じ店と女は遭遇していた。今とおなじく師走の月。仕事帰りに駅前で声をかけられたのだ。一年経つか経たないかくらいの以前の記憶なので割と鮮明に思い出すことができるのだが、リンゴ売りの造形だけはとんと思いつかない。ただ、今目の前にいるこのリンゴ売りが、以前のリンゴ売りと違う人間であることは断言できた。断言できたが、それがいったい何になるかといわれると、損もなければ得もないとしか云いようがない。

 さぁ、記憶の切れ端を思い出すと、あとは芋づるをたぐる勢いでいろんなことがよみがえってくる。店にはもちろんあの馴染みの形をしたりんごもあった。去年のリンゴ売りが、買えばサービスに数を上乗せしてやると云っていたのを、数があっても食べる口が追いつかなければ仕方ないとして断った。リンゴ酢も健康に良いと勧められたが、ちょいと値が張るうえに持ち合わせがなかった、そして何より欲しいとも思わなかったのでやはり断った。先述したとおり、勧誘を避けるのがへたくそな女にとって、この二件はずいぶんと思い切った決断であった。だが、何も買わずにその場を去るという決断にだけはどうしても踏み切ることができなかった。自分にとって不要の品物を手元に置くなど無意味以外の意味はない。そこに金銭のやり取りが経られているなら寧ろ損だと云って良い。さらには罪悪感を抱くなど愚の骨頂だ。そこまで思っていながら、女はその意識を拭い去ることができない。そうして購入したのが、先のリンゴジュースなのであった。

(そういえばあのリンゴジュースはどうしたのだっけな)

 女は一瞬だけそれを考えたのち、その行方を思い出した。あれは確か春先、年間通して体調の優れない知り合いの男にやったのだ。結局のところ、女がそのリンゴジュースの瓶に自ら手をつけることはしなかった。あるいは身内の誰かが勝手に封を切るかとも思っていたが、買って帰った当日に戸棚に片づけたまま冬を越した。

「リンゴは風邪知らずですからね」

 このリンゴ売りは、まったく女の思考に追従するが如き頃合いで意見を挟んでくるのだからおかしなものである。そしてそう云われると、女はリンゴジュースの譲渡先となった男のことがますます気になった。このリンゴジュースについては別段、良いとも悪いともない思い出である。ゆえに、どうにも嫌悪して手が伸ばし難いものではない。あの病気がちの男のためにひとつ購入してやっても良いかも知れないとすら思う。思い始めてもいた。しかし、女には時間がなかった。これ以上にリンゴ売りとやり取りをする時間が、もうなかった。時間は物にも金にも代えられないので、こればかりは苦渋の決断といえどくだすよりほかない。

 女はリンゴ売りの商売っ気を押し切ってその場を去った。余裕のないために足早に歩を進めたのが、ひょっとしたらリンゴ売りには逃げ出したかのように映ったかも知れない。

 道中の階段を駆け足で登っていたとき、ふとリンゴジュースが恋しくなった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] まわりくどく、頭に入りません。 文章がかたまっていて読みにくいので、行間を開けるなど、整理することをオススメします。 あと、オチが弱いですね。結局は女とリンゴ売りのやりとりで、でもテー…
2011/12/11 07:09 退会済み
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