契約結婚していましたが、この度離縁しました!~竜の血を引く者達の国へ向かいました~
以前書いた短編の「彼女は竜の血を継いでいます」と同じ世界観です。そちらを見なくても読めます
「お前とは、離縁をする!」
そう言われてしまった私、クミレリアはふぅと息を吐く。
なんというか、いずれこういう未来がくることを最近では察していたのにやはり少しのショックを受けてしまった。
三年ほど連れ添った夫の傍には、つい最近彼が出会ったという令嬢が居る。
私と夫は契約結婚だった。令嬢が現れるまでは関係も悪くなく、いわゆる友情婚のようなものだった。夫婦関係はなかったけれど、良い関係を築けては居たとは思う。
元々実家で肩身の狭い思いをしていた私は、夫からの「契約結婚をしないか?」という申し出に頷いた。
向こうにとっても私は都合が良い相手だったから。
所謂友人関係で、今まで問題なく過ごしていたのだ。そもそもこんな風に冷たく離縁を申し込まれてしまっているけれど最初から……互いに別れる未来が来たら円満に別れましょうとそういう風に話し合っていた。
だから私が離縁を嫌がることなんて全くないのに。
それなのに夫が変わってしまったのは、運命の相手とされる若い令嬢はあることないこと吹き込んで、私が悪女か何かのように刷り込んでしまった。
これまでの三年間はなんだったんだろうってそう思う。
……三年間よりも、夫は出会ったばかりの恋人を取った。そちらを信じた結果、私は離縁されることが決まった。
元々一生夫と結婚していられるかという保証はなかった。だから三年間、ちょっとしたお金稼ぎはしていた。貴族夫人としてはすべきことではなかったかもしれないけれど。
ただ私は実家から要らない存在とされていて、もし婚姻関係を終えたら一人でいきていかねければならないと分かっていた。その時は夫との関係も悪くなかったから、楽観的ではあったけれど。
でも今やこうして夫から親の仇を見るような目で、邪魔者扱いされているのでお金の準備をしていて本当によかった。何事も備えておくことって大事なんだなってそのことを改めて実感した。
もし私が夫との関係が良好だからとあぐらをかいていたらどうしようもないことにはなっていただろう。
「離縁の申し出、了解しましたわ」
私はこれ以上どうのこうの言っても夫の意見は変わらないだろうなと思ったので、離縁の申し出はすぐさま受け入れた。だってどうしようもないことは分かっていたから。
夫が令嬢と仲睦まじい様子になってから嫌な予感はしていた。だから準備はしていたので、離縁届けを早急に国に提出をした。
夫や令嬢は拍子抜けした様子だった。私がもっとごねると思っていたらしい。私のことをどう思っているのだろうかと疑問に思ってしまった。
まぁ、恋に溺れて周りが見えなくなってしまっているのだろうとは想像が出来るけれど。
令嬢はまだ若いからともかくとして、夫に関しては私よりも年上なのに、もしかしたら初恋なのかもしれないなんても思った。
私は子供のころに初恋をしたことはあるけれどここまで本気で誰かを好きになったことはないな。
――さて、離縁をした後、私はどこに行こうかと少し悩んだ。
この国に居続けても大変なことになるだけな気もした。だから別の国に行こうと決意する。
思い立ったが吉日だわ!
そういうわけで、乗り合い馬車へと乗り込んだ。女性一人旅だと危険も多いので、なるべく人の行き来が多い場所を移動して他国へ渡ることにする。
フレーダス王国へ行くことに決めた。
それはその国が、竜の血を引く者達の国だからだ。私は竜の血を引く者達に遭遇したことはない。だからこそ、興味があった。あってみたいなと思ってしまった。ただそれだけ。
あとは竜の血を引く方々って愛が重い人ばかりらしい。それこそ唯一が亡くなったら自死してしまうようなことがあったりするぐらいに。
そういう重たい愛に憧れた。
私は誰かを心から好きになったことなんてない。結婚も、愛情があったわけじゃなかった。
契約結婚であり、元夫との関係は良好なままだと思っていた。でもそんなことはなかった。
だから余計に……私はそこまで思ってもらえたら幸福だろうなと思ってしまったのだ。絶対なんてものは信じられない。何れ愛しているなんて言葉を告げられても冷めてしまうものだと思う。
でも……もし竜の血を引く彼らの愛をみたら、愛情って素晴らしいものだなって信じられるような気がした。
そう、これはただの自己満足でしかない。私がただ、その様子を見たいなって思ってしまっただけの話。
こんな興味本位で愛情を観察されるのは、彼らも嫌がるだろうか……? でも見たいものは見たい。
そういうわけで馬車を乗り継いでフレーダス王国へと到着した。
私は仕事を探してのんびりしつつ、竜の血を引く方々を観察しようと思っていた。
なのだけど、予想外のことが起きた。
*
「クミレリア! 私と出かけよう」
目の前でにっこりと微笑むのは、青髪の優しい表情の男性――マーヴィダ。
「ええっと、仕事が終わってからね?」
私より一つ年下だという彼は、こちらに引っ越してきてからすぐに私のことを気に入ったらしい。
それでいて……彼は、私が観察しようと思っていた竜の血を引くものだった。
「嬉しい。レストランを予約しているから、ご飯を食べに行こう」
「……私が断ったらどうするつもりだったの?」
先に予約をしているだなんて、断られていたらどうするつもりだったんだろうか?
そう思ったけれど、マーヴィダはにこにこと笑っている。
「それなら友人を連れて行っただけだよ。でも凄く悲しくなっただろうけれど」
彼は案外、表情が豊かだ。というより私の前だけらしい……。そう、私はマーヴィダから思いっきり重い感情を向けられていた。どうして? って本当にびっくりしている。
マーヴィダ曰く、私の魔力や雰囲気に惹かれたらしい。
やはり竜の血を引くからこそ本能的というか、獣みたいな部分があるのかな? 興味深いな。
真っすぐな気持ちを向けられるのは嬉しいけれども、私は同じだけの気持ちは返せないから一旦保留にしている。それにちゃんと告白されたわけでもないから。
愛情は持たれているのだとは思う。特別視もされている気がする。それでも……明確に言われていないのにこたえるのは何だか違う気もした。
これでただの友人感情だったら、勘違いした恥ずかしい人でしかないもの!!
「あなたが悲しむことにならなくて良かったわ。でも私も用事がある時は断るかもしれないからね?」
「それは分かっている。ただクミレリアと出かけたいなとつい、色んな場所を予約してしまうんだ」
「直前で取りやめたら、その分の違約金を払う必要もありそうだからやりすぎない方がいいわ」
本人が楽しんでやっていることは分かるのだけれども、そういう予約は直前キャンセルだと違約金などを払わなければならなかったりもする。
というか、ぽんぽん予約をいれているけれどそんなにお金があるのだろうか? と心配にはなる。
私はマーヴィダがどんな仕事をしているかは詳しくは知らない。魔法師として働いているらしいとだけ知っているだけだ。
竜の血を引く人たちは、魔力量が多く魔法が得意な人も多いらしいのだ。だからそう言う仕事についている人も多いんだとか。
そういう特性を持って産まれる人たちって凄いなと思って憧れはする。私は魔法などもあまり使えない。
戦う術などほとんど持たないから、素敵だなとは思う。
「お金の心配はいりません」
ばっさりとそう言われる。
本当にそうなんだろうな。無理していたりするわけではなさそうで、そのことにはほっとしている。
私は魔道具のお店の雑用として働いている。正直職人として働くには技術も知識もないので、一旦誰でも出来るような受付や物品整理や管理などの仕事をやらせてもらっている。こういう仕事は得意な方だ。
仮にも貴族夫人として最低限のことはしていたから、これらのことはそれなりにこなせた。
お店の職人達は私に会いにマーヴィダが何度も何度も来るから、ほほえましいものを見る目で見守られていた。
竜の血を引く者達が誰かを気に入ったりする際には、こうやって周りは見守るようになっているらしい。
恋愛騒動で竜の血を引く者達が悲しい結末にならないように基本的に保護観察されているらしいので、もしかしたら知らないうちに私も専門機関の人達から見守られているのかもしれない……。
まぁ、彼の感情がどういうものかは実際は知らないけれども。
告白されたらどうしようか?
私は呑気に考えていたけれど、そうもいってもいられなくなった。
――それは雨の降るある日のことだった。
天気予報では晴れとなっていたはずなのに、急にしとしとと雨が降り出した。
私はその日、仕事がお休みだったので借りている家でのんびり過ごしていた。一軒家を借りたのは、ガーデニングなどもしてみたかったから。
治安の良い場所を選んで借りた。他国からやってくる移住者に対してもこの街の住民は良くしてくれている人ばかりだ。
というか基本的にこの国はいつどこで誰が、竜の血を引く彼らに気に入られるか分からないので移住者に対しても厳しい態度はしない。
この国をおさめる王族が特に深く竜の血を深く継いでおり、それこそ身分問わずに伴侶を選んだりもするので特にである。もし冷遇でもした相手が彼等の愛する者になったらそれこそややこしいことになる。
とはいえ、その考え方を持たずに好き勝手する人は居なくはないらしいけれど。
こんこんっと扉がノックされる。
来客の予定はなかったから驚いた。
扉を開けたら更に驚愕する。
「……どうしたの?」
そこにはマーヴィダが居た。
傘もささずに此処に来たのか、雨に濡れている。何だか捨てられた子犬か何かのような目をしている。
何かあったのかな? と心配になる。
「濡れているじゃない! ほら、中に入って」
放っておけなくてそう声をかける。明らかに何かがあったような表情をしている。そんな彼をこのまま追い返すなんて出来なかった。
うっすらと彼の皮膚に鱗が見えた。
……竜の特性が身体に出てる? そう言う場合もあると聞くものね。完全に見た目が人だけど竜の特性を持つ人も居れば、マーヴィダのように体にこういった形で特性が出る人もいる。
「何かあったの? 大丈夫?」
「……クミレリア、結婚していたの?」
私の声掛けに、そんな問いかけが返ってくる。そんなことを聞かれると思わなかった。
「え? それ、今重要? それより何かあった――」
それよりも何があったんだろう、温まった方がいいのにと身体を拭くものを持ってこようとする。そしたら腕を掴まれた。
そして真っすぐに見つめられる。泣き出しそうな顔をしている。
「クミレリアが、結婚していたなんてやだ。口づけもしたの? 触れられていたの? ねぇ、教えて? クミレリアの夫を名乗っていた人って誰?」
おおう……急に質問攻めされた。私はこんな状況で何を聞かれているのだろうかと疑問だったけれど、彼にとっては重要なことなんだろうなというのは分かった。
だから私は答えることにした。
「結婚はしていたけれど、もう離縁しているわ。私は独り身よ」
まずはそのことを答えておく。一瞬目が輝いたけれど、やっぱりしゅんとした顔をされた。自分よりも背の高い男の人がこんな表情をするなんてちょっと可愛いなと思った。
「……そう」
私の腕をつかむ手の力が増す。ただ痛くはない。私を傷つけないように手加減はしてくれているんだろう。
「それと口付けなどは、結婚式の時に必要でしたぐらい? でもそういうのはないわ。だって私は元夫と契約結婚だったもの」
「契約結婚?」
目をぱちくりしている。予想外の言葉だったらしい。私は安心させるように笑った。
「ええ。そうよ。私は政略結婚をすることになって、元夫とは契約結婚をしたの。男女の関係ではなかったわ」
「そうなんだ」
ほっとした様子が見られる。
やっぱりマーヴィダは私のことがそう言う意味で好きなのかな? だから結婚していたかどうかとか気にしているのかもしれない。
「私は離縁することになってこの国に来たの。そういう仲になった男性は今のところいないわね」
私はそう言ってから、マーヴィダに向かって楽しくなって笑いかけた。
「安心した?」
なんだろう、少し嬉しくなっている。私は誰かに対する愛情とか分からないのに、それでもこういう気持ちを向けられることは温かい気持ちになる。
実家でも疎まれ、嫁ぎ先でも友人だと思っていた元夫から離縁を申し付けられ、何も持たない私でも……大切に思っていてくれているんだなって。
「うん。安心した。なんで離縁したの?」
「元夫が愛する人出来たから」
「……浮気?」
あ、マーヴィダが怒った顔をしている。私が結婚していたことは気に食わないけれど、元夫が私と結婚していたのに浮気をしたのは嫌だと思っているのかも。我儘だなぁ。やっぱり竜の血を引く人たちって、感情的だよね。
「友人関係だったから浮気じゃないわ。まぁ、愛を知ってから私が邪魔になったみたい。だから離縁して、別の国に行こうかなと此処に来たの」
「ふぅん? そっか」
「そうよ。……ねぇ、私が結婚していたこときいて、嫌で、こうして雨の中やってきたの?」
「……そうだよ」
頷かれて、笑ってしまった。
ああ、おかしい。そんなことで、此処まで雨の中やってくるなんて。
「あなたってやっぱり私のことがそう言う意味で好きなの? 口づけとか、他の異性にされたくないって思うぐらいに」
つい、自分から聞いてしまった。聞きたくなった。
もし勘違いだったら恥ずかしいことになるのに。それでも、知りたかった。気分が良くて問いかけが漏れた。
「うん。嫌だなって。クミレリアも気づいてそうだけど、私はクミレリアのことが好きだよ。自分の物にしたいなって思っていた。でも竜の血を引く者の求愛って人によっては重いらしいから、少しずつ距離を縮めようって思って……でも結婚の話聞いて、我慢できなかった。だから、雨も降らせちゃった」
そんなことを言われて、驚く。いや、私のことを好きなのは分かっていたけれど。それになんというか私が逃げないように外堀埋めたり、少しずつ囲うつもりだったってことなのかな。
それは分かったけれど、雨を降らせちゃったって何!?
「雨を降らせちゃった……?」
「うん。私の家は青竜の血を継いでいるから。特に私は竜の気が強くて……悲しい時とかは雨が降ったりはしちゃう」
あ、天気予報が外れたのってマーヴィダのせいだったのか。私は驚いた。それにそこまで悲しかったのかと。
「そうなのね。もう悲しまなくて大丈夫よ」
私はマーヴィダのことを安心させたかった。悲しまないでほしかった。だから、そのまま続けた。
「あのね、私は実家でも要らない存在だった。政略結婚した後は元夫と友人ではあったけれど愛を知ってからは私は邪魔者になった。だから、愛情なんて信じられないなとは思っていたの。だから愛情深いと噂の竜の血を引く方々が気になったの。だって彼らの愛は、なくならないのかなと思ったから」
うん、そう、竜の愛は重いから。それならば安心出来る気がした。
「私は……恋愛感情はよく分からない。でもマーヴィダの気持ちは嬉しいし、心地よいと思うの。それにあなたと一緒に居たら、愛が何か分かる気がするから……そういう感情で一緒に居ましょうっていうのもありかしら?」
もしかしたら、愛が何か分かるかな。そんな好奇心。心地よい気持ちでいっぱいだから、私は一緒に居たいなと思った。
同じだけの感情が無くてもいいのだろうか。
少しだけそれが心配になったけれど、マーヴィダは嬉しそうにしていた。私の感情が追い付いていなくても嬉しいらしい。
私の感情でマーヴィダが悲しい気持ちになったら嫌だなと思っていたので、そのことは良かったなと思った。
「もちろん!! 一緒に居てくれるならそれで大丈夫! もしクミレリアが他に好きな人が出来たら、悲しいし身を切るような思いにはなるけれど我慢する……。その時は拘束してもらうから!!」
うん、なんかさらっと重いことを言われた。私が仮に振って、離れたりしたら拘束されないといけないぐらい暴れるってこと……? いえ、まぁ、いいけれど。
私は重い言葉を言われても問題がないと思った。
世の中にはこんな重いことを言われと逃げる人も当然居るらしかった。だから竜の血を引く彼等との付き合いって大変らしい。
「そんなことがないとは断言はできないけれど、問題ない予感はするわ」
なんというかこの重い愛情が心地よくて、そのまま私は流されるままにこの愛情におぼれていくんだろうなとそんな予感がしている。
――それから私はマーヴィダと共に居ることになった。
彼の強い希望ですぐに同棲した。手元に置いておきたいらしい。あとは私のことをなんでも知っておきたいらしい。構わないので、私の借りている家に住んでもらうことにした。借りたばかりだから、すぐに賃貸契約を解除するのももったいないから。
その後、想像通り私はマーヴィダの重い愛におぼれていくことになった。
ちなみにだけどしばらくして元夫が私に会いにきたけれど、マーヴィダが対応したため直接話すことがなかったのは別の話である。
竜の血を引く人たち書きたいなと書いたもの。
クミレリア
離縁された貴族の出の女性。二十歳
家族からも疎まれ、契約結婚していた相手にも愛を知ったからと邪魔者扱いされた。
重たい愛の竜の血を引く人たちに興味津々で移住。基本的に前向きな性格なため、離縁されても大丈夫なように準備はしていた。楽観的。愛情はよく分からないけれど、重たい愛情も受け入れる系。
マーヴィダ
青髪。竜の血を引く青年。国に仕える魔法使い。十九歳。
クミレリアに一目惚れ。竜の血を引くため本能的に動く。青竜の血を濃く継いでいるため、水系の魔法が得意。感情次第で雨も降る。クミレリアの前ではにこにこしている。他にはそこそこ冷たい。
貴族の四男。好きな相手にはお金を幾らでも使いタイプ。貢ぎたい系。




