神様に拾われて異世界でカメラマンやってます
ジャリ……と沈黙で満たされた廃墟に、砕けたガラスを踏む音だけが響く。
誰もいないこの廃墟の中心には、黒装束を纏った怪しげな仮面の男と、蛍光色の全身タイツのようなつるりとした戦闘スーツを纏う青年が静かに対峙していた。
お互いに間合いを取り、じわじわと弧を描くように距離を詰めないように横移動を続けている。
『ここまで私を追い詰めるとは、やるじゃないか……さぁ、雌雄を決しようではないか』
仮面の男は、仮面越しのくぐもった声で言い放った後、静かに両手を握り締めた。
それに呼応するように、青年もファイティングポーズを取る。
——ピチョンっとどこからか漏れ出した雫が落ち、地面で弾けるのを合図に、両雄は疾風の如くぶつかり合った。
「はぁぁぁぁあッ!!!」
『ムゥオオォォッ!!』
目にも止まらぬ拳戟を繰り広げ、弾き切れない拳がそれぞれの身体や顔を掠め、赤い筋を走らせていく。
じわりじわりと削られていく体力に焦ったのか、青年が打開として放った大振りな一撃を捌かれ、大きな隙を晒す。
「ッ!! しまッ!?」
しまった――そう言い切る前に仮面の男の拳が青年の顔を捉え、衝撃波と共に青年の身体が遥か後方へ押し飛ばされ、瓦礫の山へと叩きつけられ土煙をもうもうと立ち上げる。
「ぐっ……ぐぁ……ッ!?」
青年は苦悶の表情を浮かべながらも身体を起こす。
仮面の男の殴打により口内を切ったのか、口の端から鮮血を流していた。
『他愛もない。所詮は蛙の子は蛙と言う事だな。……貴様の父親も聞き分けのない雑魚であった』
「父さんを……愚弄するな……ッ!!」
『ほぅ……?』
瓦礫を蹴り、猛スピードで仮面の男へ肉薄した青年の一撃を受け止め、仮面の男は数メートル後退りを余儀なくされる。
『怒りの力で力が増すのもそっくりだ。 故に……むッ!?』
「うぉぉぉぉッ!!」
追撃のラッシュが仮面の男を襲い、捌きの甘かった一撃が仮面を削り取り、その素顔を晒す。
「んなっ……!? 父……さん……?」
「……クク、久しいな。息子よ」
驚愕の事実に青年はわなわなと震え、目を見開いた。
『to be continued』
* * *
放映されたアニメを眺めながら、俺は会心の出来に口元をにんまりと緩めていた。
今週も良い作品が取れた。自分を自分で褒めてやりたい。
「このシーンも危なかったよなぁ~……」
思わず口から零れた言葉に、自分でも苦笑する。
迫真のラッシュ。
あの距離で振り回されれば、普通なら巻き込まれてもおかしくない。
――いや、普通ならだ。
俺はソファに深く腰掛けながら、再生される映像を眺める。
「……今回はマジでギリギリだったな」
さて、キミ達はアニメや映画がどうやって作られているか、知ってるかい?
何枚も絵を重ねて動かす?
CGで作る?
まぁ、間違いじゃない。
でもな。
その中には――俺のように人力で映像を撮って来る者もいる。
無論、俺のような存在は稀有だろう。自惚れではない。ハッキリ言って異常だと思う。
今回のヒーロー物のアニメだけじゃない。
ミリタリー物からSF物。ファンタジー世界なお話だって全部俺が撮ってきているんだ。
爆発シーンや魔法シーン。
画面ギリギリまで銃弾が迫るシーンなんか、命がいくつあっても足りないが……。
だがまぁ、当たらなきゃどうということはない。
監督からは「リテイクはしない」と断言されているのもあって、どの場面も――必死だ。
だってそうだろう? 主人公一行の最強魔法で消し飛ばされる魔物の最後の表情。
そう何度も撮れるもんじゃない。
……被写体ごと消えるしな。
さて。
そもそも、なんで俺がこんなことをしているのか。
答えは単純だ。
監督に拾われたからだ。
『君ィ、アニメは好きかい?』
「どちらかといえば……はい」
『じゃ、撮ってきて。はいこれカメラ』
やれと言われたからこそやってみたが、最初の頃は……それはもう酷い扱いだった。
「……おい、何だ貴様は」
剣を突きつけられたのは、初日のことだ。
「カメラマンです」
「カメ……? 意味が分からん」
……うん。俺も分からん。
その後、戦闘中も当然のように邪魔扱いされる。
「どけぇ!!」
「どくと画角から外れるんですよ!!」
「うるせぇッ!!」
あまりにチョロチョロするせいか、俺ごと敵を叩き切ろうとしてくる。
無論、必死に避ける。
そんな手ブレレベルではない映像を見たら普通に酔う。……多分吐く。
監督から雷(物理)が落ちた。
もちろん直撃で。
『君ねぇ、水曜〇うでしょうみたいにDが喋っちゃダメでしょう? あれはバラエティーであって彼等だから許されるんだよ? 撮影中は黙って、ブレも気を付けてよぅ?』
「アバババババ!!」
『さっきの雷で身体能力上げておいたから。シクヨロー』
監督の言葉通り、チートな身体能力を手に入れた。
ズームいらずで、引きからアップまで無音のまま一瞬で詰める脚。
弓から放たれた矢と並走して、敵に被矢するまで一切ブレない上半身の強靭さ。
魔法やミサイルの爆風の直撃を食らってもピンピンしている身体。
これで担いでいるのがカメラでなければ、立派な転生勇者を張れるだろう。
そんな最強な肉体を手に入れても、どうにもならないのがラブシーンだ。
「……何でいるんだ」
「仕事なんで」
「帰れ」
「無理です」
ヒロインには睨まれ、主人公に殺意を向けられる。
無論ムードは死ぬ。
だが――
『カメラァ!! もっと寄れぇ!!』
脳内インカムで飛んでくる監督の声は、容赦がない。
「寄れるかぁぁぁぁ!!」
俺がどれだけ嫌がろうと、役者がどれだけ嫌がろうと関係ない。
監督の指示は、絶対だ。
『いいから回せ』
その一言で、全てが始まるのだ。
* * *
人間不思議な物で、どんなに過酷な環境下にあっても慣れるもの。
慣れてはいけない気もするが、慣れるんだ。イイネ?
寄れないのなら、仕込めば良い。
現場判断だ。
偽装した定点カメラとマイク。
ダメなら遠距離ズームと指向性マイク。
スナイパーとやってることは大差ないだろう。
……本物のスナイパーがどんなものか知らないけど。
……倫理観が狂ってるって? 皆まで言うな。
俺もそう思うもの。
そして戦闘シーンも登場人物に慣れてもらうか、監督パワーで透明化するか。
清々しいまでの力技だ。誰も幸せにならない。
殴りかかる瞬間のヒーローの前に立ちながら、彼等が動くより早く下がれば良い。
放たれる魔法やビームは、当たるか当たらないギリギリを攻めて並走し、着弾寸前でサッと避ける。
爆風は近過ぎると何も見えなくなるので、引き際が大切だ。
言うは易く行うは難し? やれるもんならやってみろ?
……出来るようにされるんだよ。
キミ達も――カメラマンになろう?




