表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢の婚約者は獣医でした。毎日もふもふしています  作者: 夜凪 蒼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/32

第27話「犬に邪魔される」

何かがおかしい。


ノアの様子が、おかしい。


いや、疫病の後遺症とかそういうネガティブな話ではなく。この三日間、ノアが妙に——そわそわしている。


朝食のとき、パンにジャムを塗ろうとして手元が滑り、テーブルに赤い軌跡を残した。ノアがそんなドジを踏むのを見たのは初めてだ。ドジはテレサの専売特許なのに。


巡回中、薬草の名前を間違えた。間違えたことに自分で気づいて「今のは違う」と訂正する姿が、なんだか可愛い。いや可愛いとか思ってる場合じゃなくて。


そして今。


「ヴィオレッタ様」


夕暮れの牧場。仕事を終えて柵に寄りかかっていた私に、ノアが声をかけてきた。


振り返ると、ノアが立っている。いつもの外套、いつもの眼鏡。でも——いつもと違う。背筋がぴんと伸びていて、表情が妙に硬い。


「あの——」


ノアが口を開く。


「俺は——その」


言葉を探している。ノアの語彙力が高いのは知っている。獣医学の専門用語を淀みなく使いこなすこの人が、言葉に詰まっている。


もしかして。


もしかしなくても。


これは——。


「ヴィオレッタ様、俺は——」


「わんわんわんわんわんっ!!」


コロが全速力で突っ込んできた。


六キロの塊が私とノアの間に割り込み、ノアの膝に飛びかかり、勢いそのまま顔面を舐め回す。尻尾がプロペラのように回転している。


「コロ——待って——今——」


ノアがコロを引き剥がそうとするが、コロは全力の愛情表現モードに入っていて止まらない。顔、耳、首、手——舐められるところは全部舐める。


「わんわん!」


「コロ、やめ——眼鏡が——」


「ぶふっ」


笑ってしまった。


ノアが真剣な顔で何か言おうとしたタイミングに、犬が全力タックル。乙女ゲームなら即座にリセットボタンを押すレベルの興醒めだ。


ノアがコロをようやく落ち着かせ、地面に座らせる。「待て」の手信号に、コロがぴたりと止まった。さすが躾は完璧だ——三秒だけ。すぐに尻尾が再起動する。


「すみません。改めて——」


ノアが姿勢を正す。


「ヴィオレッタ様、俺は——」


にゃあん。


足元に猫のミルクが現れた。


白い毛並みの猫がするりと私のスカートの裾を通り抜け、ノアの足にすり寄り、そのまま彼の膝の上にぴょんと飛び乗る。丸くなって、喉を鳴らし始めた。


「ミルク」


「にゃあ」


「今は——」


「ごろごろごろ」


ミルクは完全にくつろぎモードだ。ノアの膝は猫にとって最高の座布団らしい。前足を折りたたみ、目を細め、世界で一番幸せそうな顔をしている。


ノアが途方に暮れた目でミルクを見下ろし、それから私を見る。


もう笑いをこらえるのが限界だった。


「ノア様、ミルクが——」


「わかっています。……少し待ってください」


ノアがミルクをそっと抱き上げ、近くの柵の上に降ろす。ミルクが不満そうに「にゃ」と鳴いたが、ノアは今度こそ真剣な顔で振り返った。


「三度目です。今度こそ——」


ぴいいいいいっ。


空から。


銀灰色の影がノアの腕に舞い降りた。ゼフィルだ。しかも——嘴に何かくわえている。


手紙だった。


「ゼフィル、今は——」


鷹はノアの腕で堂々と胸を張り、手紙を差し出す。「受け取れ」とでも言いたげな琥珀の瞳。無視することを許さない、王者の風格。


ノアが諦めたようにため息をつき、手紙を受け取った。


「……王都からだ。ガルシュタイン伯爵の馬が蹄の病気で、診てほしいと」


「今すぐの話ですか?」


「いいえ。来月の話です」


来月。


全然急ぎじゃない。


ノアがゼフィルを見つめ、ゼフィルがノアを見つめ返す。鷹と獣医の沈黙の攻防。


「……ゼフィル。お前は空気が読めない」


「ぴいっ」


空気を読むつもりは毛頭ないらしい。


私はもう、声を上げて笑っていた。お腹が痛い。涙が出てくる。


一回目は犬。二回目は猫。三回目は鷹。


「ノア様……動物に好かれすぎです」


「好かれて困ることがあるとは思わなかった」


真顔で言うノアの額に、汗が一筋。この人なりに必死だったのだ。


笑いが収まったとき、ノアが深く息を吐いた。


「今日は——やめておきます」


「え」


「邪魔が入らない場所と時間を、ちゃんと選びます。次こそ」


ノア様。それ、予告ですか?


言えなかった。だって私も、もう期待してしまっている。


ノアがゼフィルを腕から飛び立たせ、膝に戻ってきたミルクを片手で抱え、足元のコロを連れて歩き出す。動物を三匹引き連れた長身の獣医の背中は、なんだかファンタジーの勇者みたいで——いや、獣医のほうがいい。


「ノア様」


背中に声をかける。


「はい」


「楽しみにしています」


ノアの足が止まった。


振り返らない。でも、耳が——赤い。


「……善処します」


善処。


プロポーズの予告に「善処します」って返す人、この世界に何人いるんだろう。


足元でコロが嬉しそうに吠えた。ミルクが「にゃ」と鳴いた。空の上でゼフィルが一声、高く鳴いた。


——動物に囲まれた告白(未遂)。


前世のどの乙女ゲームにも、こんなルートはなかった。


でも——悪くない。


むしろ、この人らしくて最高だと思う。


次はいつだろう。楽しみすぎて眠れなかったらどうしよう。


部屋に戻る途中、テレサとすれ違った。


「ヴィオレッタ様、どうかされましたか? お顔が赤いですよ?」


「なんでもないです!」


「本当ですか? 風邪じゃ——」


「風邪じゃないです!!」


テレサが目を丸くしている。叫んでしまった。


——落ち着け、三浦はな。いや、ヴィオレッタ。


心臓がうるさい夜は、もふもふに限る。ウサギのモコを膝に乗せて、ふわふわの毛に顔を埋めた。


「モコ……私、どうしよう」


モコが鼻をひくひくさせた。答えは出ない。でも、もふもふは正義だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ