第13話「おせっかいな鷹匠」
ルカは分かりやすい子だ。
いや、分かりやすすぎる。
「あのー、ヴィオレッタ様。今夜、ノア様と二人で夜の牧場を見に行きませんか?」
朝食後、鷹のゼフィルの餌やりを手伝っていたときに突然そう言い出した。ゼフィルは相変わらず私には懐かないけれど、ルカの腕に止まっているときの凛々しい横顔は美しい。茶褐色の羽根が朝日を受けて金色に光っている。
「夜の牧場?」
「はい! この時期、牧場から見る星空がすっごく綺麗なんですよ。満天の星ってやつです」
ルカがきらきらした目で力説する。十八歳の鷹匠見習いは、嘘をつくと声が上ずる癖がある。今、見事に上ずっている。
「それは素敵ですわね。でも、どうして私とノア様なんですの?」
「いやー、僕は夜は鷹の世話がありますし。ノア様もたまには息抜きが必要じゃないですか。で、案内役は——えーと——ヴィオレッタ様が適任かなって」
理由になっていない。案内するなら土地勘のあるルカの方が適任に決まっている。
これは、あれだ。
くっつけようとしている。
前世の少女漫画で何度も見たパターン。友人キャラが主人公と相手役を二人きりにしようと画策するやつ。
「ルカ、あなたもしかして——」
「なんでもないです! じゃあノア様に伝えておきますね!」
言うだけ言って走り去った。ゼフィルが迷惑そうにルカの肩の上で羽根を逆立てる。鷹にまで呆れられている。
夕食後。
ノアが不思議そうな顔で私の前に現れた。
「ルカに、牧場の星空を見せてほしいと頼まれたのですが」
「私もです。ルカに行くように言われまして」
「……そうですか」
ノアの表情は変わらない。変わらないのだけれど、眼鏡を直す指の動きがいつもより多い気がする。
「行きますか?」と聞くと、「せっかくですから」と返ってきた。
二人で屋敷を出る。
夜の空気は冷たくて、吸い込むと肺の奥まで洗われるようだ。草の匂いに混じって、遠くから羊の寝息のようなやわらかい音が聞こえてくる。
牧場までの道は月明かりで十分に見えた。前を歩くノアの背中は、昼間の白衣姿とは違って少し華奢に映る。
ルカの思惑通り、二人きり。
……のはずだったのだけれど。
「あ」
牧場の柵に着いた瞬間、コロが茂みから飛び出してきた。尻尾をちぎれんばかりに振って、私とノアの間を行ったり来たりしている。
「コロ、どうしてここに」
「散歩の時間を覚えているんでしょう。この子は賢いので」
ノアがしゃがんでコロの耳の後ろを掻く。コロが嬉しそうに目を細めて、ノアの手にぐいぐい頭を押しつけている。
犬に邪魔されるとかそういう話ではない。コロも一緒なのは嬉しい。嬉しいのだけれど、ルカが期待した「ロマンチックな二人きりの時間」からはだいぶ遠ざかっている。
星空は確かに綺麗だった。見上げると、墨を流したような夜空に無数の光が散らばって、前世では見たことのない密度で瞬いている。
「……綺麗ですね」
「ええ。この季節は空気が澄んでいるので、よく見えます」
「ノア様は、よくここに?」
「夜中に急患の連絡が入ることがありますから。その行き帰りに」
急患。夜中に。動物の。
この人はいつ休んでいるのだろう。
「星を見る余裕はありますか? そのとき」
ノアが少し考えるように空を見上げる。風が眼鏡の縁を撫でて、黒髪を揺らしている。
「見上げることはあります。ただ——星を綺麗だと思う余裕は、正直あまり」
「もったいないですわ」
「そう、でしょうか」
「ええ。だって、こんなに綺麗なのに」
コロが私たちの足元でごろんと寝転がり、仰向けになってお腹を見せた。「撫でろ」の催促。
二人して同時にしゃがんでコロのお腹をわしわしと撫でる。
指が触れそうになった。
触れなかった。
コロの毛並みのふわふわした感触が手のひらに残る。こんなに近いのに、あと数センチの距離が遠い。
「あの、ノア様」
「はい」
「その——」
言いかけたところで、遠くから鈴の音。ルカが「ノア様ー! 北の牧場の羊が柵を壊してまーす!」と叫んでいる。
ノアが立ち上がる。「すみません」と一言残して駆けていく。
残されたのは私とコロ。星空の下で、犬と二人。
「……ルカ、あなたのおせっかいは見事に空振りでしたわよ」
コロが「くぅん」と鳴いた。慰めてくれているのか、お腹が空いたのか。たぶん後者だろう。
翌朝。
ルカが期待に満ちた顔で近づいてくる。
「昨夜どうでした!? 星、綺麗でしたか!? なんかこう、いい感じになりましたか!?」
「星は綺麗でしたわ。コロのお腹も」
「コロ? なんでコロが——あっ、あのバカ犬!」
バカ犬じゃない。コロは可愛い。でも確かに空気は読めない。
「あと、途中で羊が脱走したとかで、ノア様は行ってしまわれましたし」
「え……脱走……あ、あれは僕が柵を直し忘れて——」
自分で仕掛けた舞台を自分で壊していた。
ルカが頭を抱える。ゼフィルがルカの頭をつつく。鷹にも叱られている。
「すみません、ヴィオレッタ様……次はもっと上手くやります……」
「次があるんですの?」
「もちろんです! 僕はノア様の幸せのためなら何度でもやりますよ!」
その情熱を鷹の訓練に向けてほしい。
でも、嫌な気持ちではなかった。ルカなりにノアのことを大切に思っているからこその「おせっかい」なのだ。
ノアの幸せ。
その言葉が、胸のどこかにじんわりと染みこんでいく。
——ノア様の幸せに、私が関係あるのだろうか。
考えかけて、やめた。それはまだ、考えるには早い気がしたから。
ルカの次なるおせっかいが何になるのか、少しだけ楽しみにしている自分がいることには——気づかないふりをした。




