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『石化の呪いを背負う騎士団長は、献身の聖女を愛するがゆえに遠ざける』

掲載日:2026/02/09

【登場人物】

◆グレン・ヴァルハート(32歳)

石化の呪いを背負う騎士団長。「守るためなら、自分はどうなってもいい」と孤独に戦う男。


◆エルナ(25歳)

寿命を削って人を癒す治癒師。「傷つく人を放っておけない」あまり、自分の限界を超えてしまう。


◆サブキャラクター

ロウェル(気遣い上手な副官)、バルド(不器用な料理長)、マルタ(母性的な管理者)、トム(憧れる騎士見習い)

第一章 灰雪の城で


北の果て、エルディア要塞。灰色の雪が絶えず降り続くこの地で、騎士団長グレン・ヴァルハートは一人、城壁の上に立っていた。


三十二歳の彼の左腕には、黒い石のような痣が這っている。この地を侵食する「穢れ」を一身に受け続けた代償だった。やがて全身が石となり、彼は動けなくなる。それでも、領民を守るためなら構わない。


「また、広がったな」


痣を見つめながら呟いたとき、城門の向こうから馬車の音が聞こえた。


降りてきたのは、薄い青の外套を纏った小柄な女性。銀髪を編み上げ、大きな布袋を抱えている。


「治癒師のエルナと申します。こちらで、お役に立てればと思い」


声は小さいが、よく通る澄んだ声だった。グレンは眉をひそめる。この最前線に、なぜ治癒師が。


だが、エルナの評判が広まるのに時間はかからなかった。


「エルナ様に診てもらったら、古傷の痛みが嘘みたいに」

「あの優しい手で触れられると、心まで軽くなる」


兵たちは口々にそう言った。しかし同時に、別の噂も流れ始める。


「最近、エルナ様、やつれてないか?」

「治療のたびに、顔色が悪くなってる」



第二章 食堂の温もり


エルナが城に来て一週間が過ぎた頃、食堂に変化が現れた。


いつもは無骨な男たちの笑い声だけが響く場所に、今日は柔らかい声が混じる。


「この煮込み、すごく美味しいです……!」

「だろう? うちの料理長は元王都の――」

「うるさい。味が落ちる」


厨房から料理長のバルドが顔を出し、盛大に照れくさそうに怒鳴る。エルナは慌てて首を振った。


「い、いえ、本当に心があったまる味で……!」


その一言で、バルドの耳まで真っ赤になったのを、グレンは見逃さなかった。


(……恐ろしい女だな)


本人に悪気はないのだろうが、周囲の男たちが次々と懐柔されていく。


「エルナ様、こっちに座ってください!」

「いや、こっちだ!」

「お前ら、エルナ様を困らせるな」


副官のロウェルが笑いながら仲裁に入る。彼は三十歳、グレンの右腕として長年この地を守ってきた気さくな男だ。


結局、エルナは管理を任されている中年女性マルタの隣に座ることになった。


「みんな、あなたのことが好きなのよ」


マルタが微笑む。


「前の治癒師たちは、兵士たちを見下していた。でも、あなたは違う。一人一人に向き合ってくれる」


その一方で、グレンは気になることを観察していた。エルナは、毎日少しずつやつれていっている。初日のふっくらした頬は、今では影を落としていた。



第三章 訓練場での気づき


ある午後、エルナは医療棟を出て訓練場の前を通りかかった。


そこでは、グレンが若い騎士たちに剣の指導をしていた。


「構えが甘い!そんなんじゃ、魔獣の一撃も防げないぞ!」


厳しい声だが、その目は真剣だった。若い騎士たちも、必死についていこうとしている。


「もう一度!」


グレンが剣を構えたとき、左腕が一瞬震えた。エルナは思わず駆け寄りそうになったが、ぐっと堪えた。


「団長、無理しすぎじゃないですか?」


若い騎士見習いのトムが心配そうに声をかける。


「俺の心配をする前に、自分の技を磨け」


グレンは素っ気なく答えたが、その後ろでロウェルがトムに小声で言った。


「団長はな、お前たちが一人前になるまで死ぬわけにいかないと思ってるんだよ」


「え?」


「だから無理をする。自分が倒れたら、お前たちを守れないからな」


その会話を聞いていたエルナは、胸が締め付けられるような思いを感じた。



第四章 月夜の告白


その夜、グレンは中庭でエルナを見つけた。


彼女は月を見上げ、自分の両手を見つめている。その手は、かすかに震えていた。


「治癒魔法には、代償があるのか」


背後からの声に、エルナは驚いて振り向いた。


「団長様……」


「ロウェルから聞いた。お前は、自分の命を削って人を治している」


エルナは少し躊躇してから、静かに頷いた。


「……治せば治すほど、私の寿命は削られます。だから、あまり長くは生きられないって、師匠に言われました」


「なぜここに来た」


「ここには、痛い人が、たくさんいると聞いたので……放っておけなくて」


「お前ひとりで背負う必要はどこにもない」


グレンは少し強い口調になった。


「お前は、自分をすり減らすことでしか、人を愛せないのか」


エルナの瞳は揺れていた。


「……私は……」


「俺も同じだ」


グレンは、自嘲気味に笑った。


「この呪いを見ろ」


彼は左手袋を外し、黒くひび割れた腕を月光にさらした。


「この城と領民を守るために、俺は穢れを一身に引き受けてきた。それが俺の務めで、誇りで……呪いでもある」


エルナは、ぎゅっと自分の胸元をつかんだ。


「……私、似ていますね」


「だから腹が立つ」


グレンの声には、苛立ちと、焦りと、それでも目を逸らせない親近感が入り混じっていた。



第五章 日常の中の変化


それから、少しだけ日常が変わった。


「エルナ、そろそろ休め。今日はこれでもう十分だ」


医療棟で、グレンが時計を指さす。


「で、でも、あと三人……」


「ロウェル、交代の簡易治療を頼む」


「了解です、団長」


副官のロウェルは回復薬を手に、のんびりと兵士たちのもとへ歩く。


「ほら、ごねても団長には通じませんよ、エルナ様」


「ロウェルさんまで……」


「俺の仕事を奪わないでくださいよ。エルナ様が全部抱えちゃったら、俺の立場がないです」


そう言って笑うロウェルに、エルナは苦笑いを返す。


食堂では、別の小さな変化も起きた。


「エルナ様、これ、風邪に効く特製スープです」


料理長のバルドがどん、と大きな椀を置く。


「えっ、でも、ほかの兵士の分が……」


「いいから食え。あいつらにはいつも通りの薄味で十分だ」


「薄味って何ですか、料理長!」


兵たちのツッコミに、食堂は笑いに包まれた。


「エルナ様、もし薬草が足りなかったら、俺たちが取りに行きますから!」


「森の手前くらいなら、俺らの脚でも楽勝です!」


若い兵たちが口々に言う。


「でも、危ないところには行かないでくださいね?」


「は、はい!」


完全にエルナに弱い男たちである。


そんな賑やかな食堂の隅で、グレンはひとり黙って食事をとっていた。


「団長、エルナ様と一緒の席に行かなくていいんですか?」


ロウェルがニヤニヤしながら耳打ちしてくる。


「なぜだ」


「いやあ、みんな思ってますよ? 最近、団長、ちょっと柔らかくなったって」


「誰がそんなくだらない噂を流した」


「ほら、あそこ見てくださいよ」


視線の先には、兵に囲まれて笑うエルナの姿。


「……あいつは、よく笑うな」


ぽつりとこぼれた本音に、ロウェルは思わず目を瞬いた。



第六章 薬草採取の午後


「一人で森に入るな。危険だ」


ある日、エルナが薬草を採りに行こうとすると、グレンが現れた。


「でも、必要な薬草が……」


「なら、俺が同行する」


それから、薬草採取の時は必ずグレンが付き添うようになった。


森の入り口を歩きながら、二人は色々な話をした。


「この薬草は、熱を下げる効果があります」


「こっちの植物は?」


「これは毒草です。でも、適量なら痛み止めになります」


「へえ…」


グレンは興味深そうに聞いていた。


「団長様は、薬草に興味があるんですか?」


「いや。ただ、お前の話を聞くのが…」


グレンは言葉を濁した。エルナは微笑んだ。


「あ、この花、きれいですね」


エルナが指差した先には、白い小さな花が咲いていた。


「雪花草だ。この地に春が来ると、最初に咲く花だ」


「春……」


エルナは花を見つめながら呟いた。


「私、春を見ることができるでしょうか」


その言葉に、グレンの胸が痛んだ。


「当然だ」


グレンは断言した。


「お前は生きる。俺が守る」



第七章 春の嵐


春の終わり、突然の嵐が要塞を襲った。


それは普通の嵐ではなかった。魔境から吹き込む、穢れを含んだ黒い風。


「魔獣の群れだ!」


見張り台から警報が鳴り響いた。


グレンは即座に騎士団を招集した。


「全員、配置につけ!住民は地下に避難させろ!」


兵士たちが慌ただしく動き出す。


エルナも医療棟で準備を始めた。負傷者が出ることは確実だった。


「エルナ、無理はするなよ」


ロウェルが声をかけてきた。


「はい。でも、できる限りのことはします」


「分かってる。お前はそういう奴だ」


戦闘は夜通し続いた。負傷者が次々と医療棟に運ばれてくる。


「エルナ様、こっちも!」


「分かりました!」


エルナは休む間もなく、治療を続けた。一人、また一人。傷を癒すたびに、彼女の生命力が削られていく。


「エルナ様、少し休んで…」


マルタが心配そうに声をかける。


「まだです。まだ、治療を待っている人が…」


しかし、ついに限界が来た。十人目の患者を治療し終えたとき、エルナの視界が揺れた。


その時、最大の魔獣が城壁を破って侵入してきた。グレンは剣を構えたが、呪いで右腕が思うように動かない。


魔獣の爪が彼に向かって振り下ろされる。


「グレン様!」


エルナが飛び出し、残された全ての生命力を込めて治癒の光を放った。光は魔獣を包み込み、その怒りを鎮める。


しかし、エルナは糸の切れた人形のように崩れ落ちた。



第八章 それぞれの告白


医療棟のベッドで、エルナは三日間眠り続けた。グレンはその間、ずっと彼女の側にいた。


「団長、少し休んでください」


ロウェルが心配そうに声をかけるが、グレンは首を振った。


「ここにいる」


目を覚ました彼女に、グレンは静かに言った。


「俺は、お前を愛している」


エルナの瞳に涙が浮かんだ。


「でも、そばにいれば、お前を殺してしまう。だから…」


「私も、あなたを愛しています」


エルナはグレンの手を握った。


「でも、あなたのために死ぬのが愛じゃないって、分かりました」


「エルナ…」


「一緒にいたい。でも、無理はしたくない」


その言葉に、グレンの胸が震えた。


「俺も…急がなくていい。でも、ちゃんと大事にしたいと思ってる。お前のことも、俺自身のことも」


二人の手が重なったとき、不思議なことが起きた。


グレンの呪いとエルナの治癒力が共鳴し、新しい力が生まれたのだ。それは破壊でも治癒でもない、「調和」の魔法。


光と闇が互いを支え合い、どちらも消えることなく存在する、均衡の力。



終章 雪解けの朝


グレンの石化は完全には治らなかったが、進行は止まった。エルナの寿命も、極端に削られることはなくなった。


二人は互いの重荷を分かち合うことを学んだ。一人ですべてを背負うのではなく、支え合いながら生きていく道を。


「まだ、完全じゃないな」


グレンは自分の左腕を見つめて言った。


「でも、一人じゃありません」


エルナが微笑む。


「これからは、二人で治していきましょう。急がずに、少しずつ」


食堂では、バルドが二人のために特別なスープを作っていた。


「お前ら、ようやく素直になったな」


「料理長…」


「いいから食え。二人分だ」


ロウェルも嬉しそうに言った。


「これで安心して任務に集中できます。団長もエルナ様も、もう一人で抱え込まないでしょうから」


若い兵士たちも口々に祝福の言葉をかけてくる。


「エルナ様、おめでとうございます!」


「団長も、よかったっす!」


窓の外では、長い冬が終わり、雪解けの水が音を立てて流れていた。


二人の前には、まだ多くの困難が待っているだろう。でも、もう孤独ではない。


お互いの弱さも痛みも受け入れ合い、支え合いながら歩んでいく。


それが、二人が見つけた新しい愛の形だった。


「ありがとう、エルナ」


「こちらこそ、グレン様」


そして二人は、静かに寄り添い合った。


永遠に続く物語の、始まりの朝だった。


【完】



最後までお読みいただき、ありがとうございました。


この作品は「自分を犠牲にすること=愛」だと信じていた二人が、「お互いを大切にし合う」本当の愛を見つけるまでの物語でした。


ロウェルの気遣い、バルドの不器用な優しさ、マルタの母性、トムの純粋さ。周りの温かい人たちに支えられ、二人は一緒に幸せになる道を選べたのだと思います。


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また別の物語でお会いしましょう。

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― 新着の感想 ―
とても素敵なお話でした 静かにお互いの周りを暗闇や寒さから守ってくれる 炎の様な暖かい愛情って素敵だなぁと思いました 1度ついた傷は消えることは無いけど2人なら軽くなるって パートナーが生きている時…
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