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我が名はバーン・アース。
精霊としての名は別に有るが、この鋼鉄の甲冑に封じられてからはそう呼ばれている。
我等精霊がこの精霊甲冑と呼ばれる窮屈な器に縛られているのには故が有る。
精霊とは天より降り注ぐ日の光、吹き抜ける一陣の風、せせらぎ流れる水、静かに横たわる大地。
それら全て、神羅万象に宿る魂である。
自由ではあるが、ただ在るがままにたゆたっているだけの存在だ。
しかし、精霊甲冑と云う器に縛られる事に寄り、明確な『形』を持ってこの世界に顕現できる。
この不自由な自由こそが我等が人と契約を交わす動機だ。
然るに、今のこの状況はどうだ?
久方ぶりに現世に呼び出されたと思ったら、我の躰を操るこの人間の不甲斐無さには呆れる。
今回は強い武器を使わない模擬戦と言うモノらしいが、精霊の格として大分下の相手にまるで歯が立っていない。
いい加減もっと強い操縦者と代って欲しいものだ。
そうだ、かつて我を操っていたあのアーヴィン・ワイスマンは何処に行ってしまったのだ?
あの男と共に数多の戦場を駆け抜け、我と同じく『形』を得た精霊達と勝った負けたのやり取りをしていたのが懐かしい。
いつの間にか戦いに出る事は減り、人間達の式典とかいう物でただ行進したり突っ立っていたりするだけの事が増えた。
その度に、我の躰は無駄に飾り付けられていった。
その変化が疎ましかった。
そう言えば、あのアーヴィン・ワイスマンも時が経つに連れ、いつの間にか変化していったな。
我等精霊にはあまり理解できない事だが、あれが老いと言う物なのだろうか?
そして姿を見なくなったのは死と言う奴か?
理解出来ない。
理解出来ないものは仕方がないが、今のこの状況には苛立つ。
格下の相手にしてやられて、我の中に居る『人』は気を失ってしまっている。
我等精霊は勝ち負けにはあまり興味が無い。
だが、思う存分動くことが出来ないのは我慢できない。
悠久の時に存在し続ける我等精霊にとっては数年、数十年の時など些末な事に等しいが、それでも久方ぶりの戦いに出たのにこれとは・・・
ふと、我は気付いた。
その数十年の時のせいで、我の封印が弱まっている事に・・・
私の名前はマーク・ワイスマン。
ワイスマン子爵家の現当主だ。
今日は長男のミシェルの入学式で帝都騎士学校にやって来ている。
式の後は妻と共に他の入学生の親御さんに挨拶をして回っていた。
貴族の子弟ばかりが通う通う学校だから、この機に人脈を広げるておくべきだろう。
元から付き合いのある近隣の者達以外にも帝国全土から貴族が集まって来ている。
彼等と会える機会は少ないのでこの機に親密になっておくべきだろう。
そんな中、周りが騒がしくなってきた。
どうやら、新入生同士で決闘が始まるらしい。
良く聞くと、当事者の片方はうちの息子だと言われている。
私と妻は慌てて学校の運動場に向かう。
「何をしているのだ、あいつは!?」
グラウンドに着くと、両者の精霊甲冑が顕現していたところだ。
「まあ、相手はバロン・ルージュですわ。セーラ様の娘さんが入学しているとは聞いていましたけど」
妻がそんな事を言う。
私達の世代ではセーラ・マクディアスの名は有名だ。
そして、どう言う訳か彼女は一部の女性に人気が有る。
我が妻もそうだ。
夫としては少し複雑な感情が湧いて来る。
いや、そんな事よりも・・・
「あれはバーン・アースではないか!?ミシェルの奴、勝手に持ち出したのか!?」
私は思わず叫ぶ。
いけない。
あれは、私の父が若い頃に使っていた機体で、彼が一線を退いてからは儀礼にしか使っていない。
その上、父の死後は一度も顕現させてはいない。
つまりは、必要なメンテナンスを長い期間していないという事だ。
機体構造は格納形態にしておけばそれ程劣化しないが、制御用の魔法回路はどうなっているか分からない・・・
倒れていたバーン・アースが立ち上がった。
「なんだ、気が付いたのか?体は大丈夫か?」
俺は教導機から声を掛ける。
ミシェル・ワイスマンは答えない。
俺は何かに違和感を感じた。
そう言えば、さっきの起き上がり方、それまでの彼の機体操作とはうって変わってやけにスムーズだった気がする。
「あ~、今の『投げ』も一本だ。決闘は三本先取でアイラ・マクディアスの勝利になる。双方、精霊甲冑を格納する様に・・・」
審判役の俺は続けてそう言うが、ミシェルは反応しない。
アイラの方も精霊甲冑を出したままにしている。
負けを認めずに暴れ出す奴は偶にいる。
それを警戒するのは当然だ。
俺がもう一言声を掛けようと思った時、バーン・アースが片腕を上げる。
精霊甲冑の手甲に刻まれた魔法陣が光った。
光が止むと、その手に大振りなバトルアックスが握られている。
「オイオイ!」
次元格納されていた実戦用の武器を出しやがった。
頭に血が昇って、トチ狂ったか?
そうだったとしても、今までの戦いぶりを見ていれば、アイラがミシェル程度に後れを取るとは思えない。
しかし、俺は何か嫌な予感がして、彼を取り押さえる為に教導機を動かす。
バーン・アースがバトルアックスを地面に突き刺す。
そこを中心に地面から炎が噴き出した。
「燃え上がる大地の固有魔法か!?」
同心円状に炎が広がって行く。
教導機の手が触れる前に、バーン・アースはものすごい勢いで走り出した。
「こいつ、ミシェルじゃない!?」
バロン・ルージュの操縦席で私は叫ぶ。
精霊甲冑の動かし方に今までのぎこちなさが無い。
それどころか、まるで精霊甲冑が自分の意志で動いているみたいな自然な動きだ。
しかも、魔法の発動にほとんどタメが無かった。
こんなの私はもちろん、お母様にも出来ないと思う。
地面から炎が噴き出す魔法だけど、精霊甲冑に乗っている私や審判の先生にはダメージは無い。
しかし、生身の人間には脅威になる。
皇子様や他の新入生達が居る観客席の方を見る。
広がって行った炎が観客席の直前で見えない壁に阻まれて散る。
私達の戦闘の余波が周囲に及ばない様に張られた防御結界だ。
驚いた観客達から悲鳴が上がるが、被害は出ていない様だ。
私は胸を撫で下ろす。
だが、それが決定的な隙になってしまった。
その時には既に、自身が放った炎を切り裂いてバーン・アースが眼前に迫っていた。
自分も実戦用の武器を取り出そうかと考えるが、そんな暇は無い。
とっさに構えた模擬刀の刀身をバトルアックスに宿った魔法の刃が容易く切り飛ばす。
勢いを失わない斧の刃がバロン・ルージュの胸部、私が乗る操縦席の部分に迫る。




