1-8
僕たちの目の前で、バロン・ルージュが二本目を決めた。
両者の操縦技術には大きな隔たりがある様だ。
ミシェルの方は騎士学校に入学したばかりの者としては標準的なものだ。
今まで実家の精霊甲冑に何度か乗せて貰った事はあっても、専門的な訓練は受けていない様だ。
動かせるだけでも、優秀な方だろう。
対してアイラ嬢の方はかなりの熟練ぶりだ。
母親のマクディアス卿からは十分な教育を受けていると見た。
精霊甲冑の操縦に於いては三年間の騎士学校での実習を終えた卒業生と同等の実力は有るだろう。
学校で習うのは精霊甲冑に関する事だけではないから、入学するのは無駄ではないと思うが。
「機体の性能的にアイラ嬢の方が不利かと思ったが、杞憂だったか」
決闘の見届け人として見ている僕、イザークは呟く。
本来であれば量産型である彼女の機体で、幾ら古いとは言え重量級のバーン・アースを圧倒するのは難しいだろう。
「兄さまも、彼女の方の肩を持ちますの?」
異母妹のイリアが聞いて来る。
「話を聞く限りミシェルの方が悪いだろう。入学早々女子に絡むなんてね」
僕はそう答える。
「それはそうですが、帝室の者として一方に肩入れするのはどうかと思います」
妹は更にそう言う。
なんだろう?彼女もさっきまではアイラ嬢の味方をしていた気がするが。
「なんだい?僕が他の女性に興味を持ったからヤキモチかい?」
「そ、そんなんじゃありません!第一私達は兄妹でしょ!」
イリアが顔を赤くして叫ぶ。
可愛い妹だ。
「ともかく、もう勝負は決まった様なものだな。そうだろう執事殿?」
少し離れた場所で観戦しているアイラ嬢の執事に向かって、僕はそう問いかける。
「どうで御座いましょう?対戦相手の本来の力はあの程度では無いはずで御座います」
謙遜なのか、彼はそう答える。
「精霊甲冑の性能で言えばそうかもしれないが、操縦者の技量が違い過ぎるだろう。君の御主人はかなりの腕前だ」
僕はそう言う。
「そこで油断しないとよろしいのですが。窮鼠猫を噛むとも言いますし、バーン・アース殿もあのままで終わるつもりは無いでしょう」
「そうだな。まだあと一本ある」
執事殿の言葉に相槌を打って、僕は再びグラウンドの方に視線を向ける。
・・・そこで、ふと、彼の言葉に小さな違和感を感じた。
今、対戦相手の事を操縦者の名ではなく、精霊甲冑の名称で呼んだな。
どちらで呼んでも意図は伝わるし、言い間違えとまでは言えない。
だが、何故かそれが気になった。
もう一度、執事殿の方を見る。
「あれ?居なくなった」
さっきまで居た所に彼の姿が無い。
「どうかなさいましたか?」
イリアが聞いて来る。
「いや、何でもない」
僕はそう答える。
多分トイレにでも行ったのだろう。
主人の決闘の最中だが、ここまで見ていれば後の結果は分かり切っているし、それ位の余裕は有るだろう。
僕はそう思う事にした。
二本目を取って、元の場所に戻ろうとした時、急にバーン・アースが後ろから襲い掛かって来た。
私のバロン・ルージュはバーン・アースに対して背を向けているが、操縦席の周りには全周の景色が映るので、この状態でも横目で後方は確認できる。
片膝をついた状態から低い姿勢でタックルをしてくる。
一本取った後は、もう一度距離をとってから仕切り直しにしていたけど、別にそうしないといけないと決めていた訳でもない。
「そう来たか」
私は小さく呟いて、バロン・ルージュを振り向かせる。
彼を卑怯だと言うつもりは無い。
勝負に勝つ為には何でもするのは当たり前の事だ。
もちろん、私も油断なんかしていない。
僕の戦法はこうだ。
剣術で勝てないなら、体当たりで相手を押し倒す。
パワーと重量なら僕のバーン・アースの方が上なのだ。
優位な部分で勝負するのが正しいはずだ。
押し倒した後は、相手の頭か胸を拳で殴るつもりだ。
バーン・アースの両手には炎熱拳の魔法を付与する事が出来る。
実際に使うつもりは無いが、それが有る事で有効な一打だと主張出来るだろう。
相手の精霊甲冑が後ろを向いた瞬間に、模擬刀を捨て、タックルを仕掛ける。
相変わらず精霊甲冑は僕の思った通りには動いてくれない。
ドタバタと数歩走り、なんとか相手の背中に手が届きそうになる。
しかし、相手はこっちの動きに素早く反応して、くるりと向きを変えた。
「何!?」
僕は驚きの声をあげてしまう。
ゆっくりとした動きに見えるが、まるで人間の様な自然な動作で振り返る。
こっちの動きもゆっくりなので、僕の奇襲は間に合わない。
完全に意図が見透かされていたみたいだ。
相手の背中に触れそうだったバーン・アースの手が目標を失って空を掴む。
と思ったら、逆にその手を相手に取られる。
その後はどうなったのか良く分からない。
操縦席の周りに映し出されている外部の景色が一回転したと思ったら、地面に重い何かが激突した様な大きな音がして、それと共に僕の身体に衝撃が走る。
息が詰まる。
訳も分からないままに僕は気絶した。
「おお、お見事!」
その一部始終を見ていた俺、リック・バイロンフォードは思わず賞賛の言葉を吐いた。
ミシェル・ワイスマンのバーン・アースがアイラ・マクディアスのバロン・ルージュに奇襲をかけたと思ったら、逆に腕を取られて投げ飛ばされたのだ。
バーン・アースが前傾姿勢でタックルをしようとしていたその勢いを利用した綺麗な投げだ。
比較的コンパクトな投げだったが、精霊甲冑の巨体が激突すると地震の様に地面が揺れる。
「ええと、これも一本で良いですか?」
アイラが精霊甲冑の外部拡声器でそう聞いて来る。
舞い上がった土煙の中でバーン・アースはピクリとも動かなくなっている。
精霊甲冑の操縦席には慣性制御魔法が掛かっているが、それでも中和しきれない衝撃でミシェルは気絶しているのだろう。
「そうだな、一本だ」
俺はそう答える。
誰も文句は言わないだろう。
ミシェルの奇襲も俺は非難したりはしない。
実戦に於いてはルールなんて物は存在しない。
将来騎士として戦う者にそれを教えるのもこの学校の役目だと思っている。
そして、アイラは試合中、一瞬の油断もしなかった。
操縦技術も素晴らしいが、彼女のその気構えこそ賞賛されるべきだろう。
ともあれ、三本先取でこの決闘はアイラ・マクディアスの勝利なのだが・・・
「気絶してるなら、降ろしてやるべきかな?」
俺はそう言って、仰向けに倒れているバーン・アースに近寄ろうとする。




