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「兄さま、アレは何をしているのでしょう?」
私は隣にいる兄に対してそう聞いた。
今日は帝都騎士学校の入学式。
校長の長くて退屈な話などを聞いたりして、今はそれぞれのクラスに戻ろうとしている処だ。
「なんだろうね、Cクラスの人達の様だけど、なんか揉めているのかな?」
私の指した方を見て、兄さまがそう言う。
騎士学校の校舎の廊下で、数人が何か言い合いをしている様だ。
私の名前はイリア。
他の大勢と同じく今年の新入生だ。
隣に居るのは兄のイザーク。
彼も新入生である。
父親は同じだが母親が違う為、誕生日が二月ほどしか違わないので、同じ年に入学する事になった。
「入学早々、何やってんだ?」「これだからCクラスの連中は・・・」
周りの生徒が口々に言う。
ここは貴族の通う学校だが、その貴族にも序列はある。
Cクラスは比較的身分の低い貴族、男爵や一部の子爵の子女が集められている。
私達はAクラスだ。
Aクラスは公爵や侯爵の子女、そして王族が通うクラスだ。
そのハイクラスの貴族達の視線が自然と兄の方に集まった。
「しょうがないな、これも上に立つ者の務めか・・・」
そう言いながら、兄さまは言い争いをしている人達の方に歩いて行く。
私も自然とその後に続いた。
何でこんな事になっているんだろう?
私、アイラ・マクディアスは心の中で呟いた。
発端は入学式の後に講堂から教室に戻る時だった。
入学式自体はそれなりに緊張していて、みんな静かにしていたんだけど、その後は緊張が緩んで騒がしくなる。
知り合いが居る人は集まってお喋りとかを始めていた。
この春に初めて帝都に出て来て、同年代の貴族の知り合いも居ない私は静かにしていた。
いや、知り合いが居なかったわけではない。
同じクラスに、少しばかり見覚えがある男子が数人いた。
数日前、街の出かけた時に会ったミシェルなんとかとその取り巻きだ。
それだけの知り合いだから私の方から話し掛けたりはしない。
しかし、そのミシェルなんとかは、入学式の間もチラチラと私の方を見て来ていた。
「やあ、お嬢さん、またお会いましたね」
教室まで歩く間に彼が話し掛けてきた。
「あ、どうも」
私はそっけなく答える。
これから三年間同じ学校に通う相手だけど、あまり仲良くしたいとは思えない。
あの時、困っている庶民を助けようとはしなかったのが気に入らなかったのだ。
精霊甲冑が無かったとは言え、私がした様に慣れないおじさんの代わりにゴーレムに乗ることも出来たからだ。
そっけない私の態度が気に入らなかったのか、彼は眉をひくひくさせた。
それと同時に、不自然な感じで胸を反らせる。
騎士学校の制服の胸にはまた例のメダルが光っている。
他人の持ち物なんか気にする性分ではないけど、よく見ると先日の物とは少し違う様にも見える。
「この前はちょっと間違ってイミテーションの方を持っていたけど、これが本物のワイスマン家伝来の精霊甲冑さ」
聞いてもいないのにそんな事を言ってくる。
「・・・そうですか、良かったですね」
興味無さそうに私は答える。
彼は更に眉をひくひくさせた。
私も自分の精霊甲冑のメダルを首から下げていた。
騎士学校の制服の胸元はぴっちりしていて、服の下に隠すと変に盛り上がってしまうので、外に出すしかない。
騎士学校の入学式ともなると、ほとんどの生徒が自分のメダルを身に付けている。
「君も精霊甲冑を持っている様だけど、あの時、何故出さなかったのかな?もしかして、それもイミテーション?それとも人前に出せないほどみすぼらしいモノなのかな?」
嫌味ったらしい口調でそう言って来た。
何だろう?この人。
あれだろうか?小さな子供が気になる異性の気を引きたくて意地悪をする感じなのか?
それはそれで気持ち悪いと思う。
でもそれとは少し違う様な・・・
ああ、ただ単純にこの前私が庶民の役に立ったのに、自分では何も出来なかったのが悔しいだけか。
「ふっ、あの程度、精霊甲冑を出すまでも無かっただけだよ。実際必要なかったし。って言うか、精霊甲冑の操縦技術があれば君でも出来たんじゃない?あのおじさん、最初は君に頼んでたよね?」
逆に私の方が嫌味な感じで、言い返す。
「っぐ・・・」
私の反撃にミシェル君が言葉を詰まらせる。
「な、なんだよ、あんなの貴族のやる事じゃないだろ」
搾り出す様にそう言って来る。
「庶民を助ける事こそ、貴族の務めじゃないの?」
私は更に彼を責め立てる。
最初はこんなの無視しようと思ってたけど、気が変わった。
徹底的にやり返す。
この学校では貴族の身分でクラス分けされているから、卒業まで彼とは同じクラスだろう。
これからの事を考えれば、最初に立場を分からせた方が良い。
私は元々は貴族じゃないけど、お母様からは貴族は舐められたら終わりだと教えられている。
彼の家は子爵だって言ってたけど、階級の一つくらいはどうとでもなる。
それにこっちのお母様は辺境伯代行だ。
「き、聞いたぞ!お前の母親、レズ男爵とか呼ばれてんだろ!お前、養子だってな、そう言う関係なんだろ!」
ミシェル君がそう言ってくる。
この前はうちの事知らなかったみたいだけど、何処かで聞いて来たらしい。
そう、うちのお母様は貴族の最下級の男爵だけど、色々と有名人だ。
先の大戦の功労者で英雄だとか、ちょっと黒い噂のある辺境伯代行だとかと言うのも有るけど、一番はこれだ。
女性でありながら女性しか愛せない、そういう特殊な性癖を持っている。
そのせいで結婚出来なくて、私を養子にしている。
でも、それを指摘された処で、私は動揺したりはしない。
「確かにお母様はそう言う性癖だけど、別に私とはそう言う関係じゃない。養子に取った私までそう言う性癖だと、私の代でも同じ問題が出るじゃない?」
ムキになる訳でもなく、私は淡々と言い返す。
これは本当の事だ。
確かにお母様はその・・・レズだが、だからと言って女性なら誰でも良い訳では無い。
普通に異性が好きなノーマルの人でも、その中でそれぞれの好みが有るのと同じだ。
「こ、この田舎者が・・・」
冷静に返した私に、これ以上あげつらう隙を見付けられなかったのか、彼はそんな事を言い出した。
「精霊甲冑じゃなくて、あんな下賤のゴーレムなんかに乗って喜ぶなんて田舎者のすることだろう!」
確かに私は田舎者で、元は貴族でもない農家の出身だ。
それを言われても別に気にはしない・・・
「大体ゴーレムなんて土木作業とか畑を耕すのに使うモノだろう。あんなの底辺の労働者が乗るモノだ。貴族の乗るモノじゃないね・・・」
私が言い返さなくなったので、ミシェルはかさにかかって言い続ける。
「どうなされましたか?お嬢様」
私達が言い合っているのを不審に思ったのか、執事のヴァインが近寄って来た。
彼は保護者席で入学式を見ていたはずだ。
お母様は多忙だった為に出席していない。
他の入学者の親は大体出席していたみたいだけど。
「ヴァイン。手袋を貸してくれない?」
あたしは静かに自分の執事にそう言った。
「どうぞ」
何に使うのかも聞かずに、彼は執事服のポケットから白い手袋を取り出し、私に差し出す。
私は受け取ったそれを、ミシェルの顔に投げ付けた。
「アイラ・マクディアスの名に於いて決闘を申し込みます!」
そう宣言する。
私の持つ精霊甲冑が古くて低性能なのも、お母様が特殊な性癖なのも、私が田舎者なのも全部本当の事だ。
本当の事だから、言われても怒りはしない。
だけど、私達の生活の為に働いてくれる労働者や彼等の使う道具までを悪く言われるのは我慢できない。




