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「アイラ、帰って来てるの?」
僕はお屋敷の廊下を走って、彼女の所に会いに行く。
執事やメイド達に見られると、お小言を貰うかもしれないが、そんなの気にしない。
「申し訳ございません、シャール様。お嬢様はただ今入浴中で御座います」
屋敷の浴場の扉の前に立っていた彼女の執事ヴァインがそう言ってくる。
丁寧な物腰だが、いつも彼は感情を表にしない。
アイラの事は好きだが、この彼女の執事は苦手だ。
僕の名前はシャール・マルスハイト。
マルスハイト辺境伯家の次期当主だ。
「シャール様?一緒にお風呂入りますか?」
扉が開いて、アイラが顔を出す。
「あ、ごめん。一人で入って・・・」
服を脱ぎかけで、下着姿だった彼女の姿に僕はとっさに目を逸らして、そう言う。
僕ももう七歳だ。
女性と一緒にお風呂に入る様な歳じゃない。
いや、屋敷のメイドさんには背中を洗って貰ったりもするけど、アイラはその、なんか、違うと思う。
僕の答えに、扉が閉まる。
「申し訳ありません。後でご挨拶に伺います。今、ちょっと服が濡れちゃってて・・・」
扉の向こうからそう彼女の声が聞こえてきた。
「何があったの?」
僕は彼女の執事に聞く。
「端的に言いますと、人助けですね。詳しい話は直接聞くとよろしいでしょう」
ヴァインがそう答える。
良く分からない返答だけど、確かに僕としても彼女とはお話が出来るのは嬉しい。
この何を考えているか分からない執事は苦手だが、それでも何故か嫌いではない。
他の使用人の様に僕を腫れ物扱いしないのだけは評価できる。
誰に対しても同じ様に冷徹な表情を崩さないだけかもしれないけど。
「うーん、やっぱり自分家のお風呂にするべきだったかな?」
服を脱いで浴室に入り、シャワーを浴びながら私はそう呟いた。
ここはマルスハイト辺境伯家の帝都でのお屋敷だ。
私のお母様であるマクディアス男爵は形式的には辺境伯の部下である。
同じ敷地内に私達が住む男爵家の屋敷も有るのだが・・・
「でもやっぱり、最新式の魔法給湯器は良いな。直ぐに暖かいお湯が使えるなんて、家のじゃこうはいかないし」
そんな訳で、辺境伯邸にお湯を借りに来ているのだ。
本当はこう言うのは良くないとは思うのだけど、次期辺境伯であるシャール君、いや、シャール様が私に懐いていて、許してくれている。
それとは別に、マクディアス男爵家が辺境伯代行の任を担っていると言うのもある。
代行が居るという事はつまり、現在のマルスハイト辺境伯の座は空白になっている。
過去色々と有ってシャール様以外の後継者が居なくなってしまったので、彼が成人するまでは代行が領地の運営をしているのである。
まあ、それでお母様が辺境伯家を乗っ取ってしまうのではないかと言う噂も立ってしまっている。
そう言う事も有るから、あまりこっちのお屋敷には入り浸りたくはないんだが、そうすると今度はシャール様が寂しがる。
騎士学校入学前の今は良いけど、入学してしまうと遊んであげる時間も減る。
今の内はこっちに頻繁に来るべきだろうか?
身分の差を考えなければ、彼は少し年の離れた弟の様な感じで可愛いのだけど。
辺境伯と男爵ではかなりの差が有る。
その上私は男爵家の養子で、元は庶民だから、本当は言葉を交わすのも恐れ多いのだけど。
温かいお湯を浴びながらぼーっと考え事をする。
「そう言えば、結局アップルパイは食べれなかったな・・・」
脈絡もなく、そんな事を呟いてしまった。
シャワーを浴び着替えをしてから、シャール様の所に行き、少しお話をした。
今日散歩に出てあった事を話す。
病弱であまり外に出れない彼の代わりに外で見聞きした事を話してあげると、とても喜ばれる。
川に落ちたゴーレムを岸に揚げた話なんか、凄く興味深げに聞いてくれた。
早くに両親を亡くしたと言う彼には同情してしまう。
その上、うちのお母様が乗っ取りを企んでいると言う噂もある。
その噂が本当なのかは私にも分からない。
私が養子で実の娘ではないと言うのもあって、あの人の考えは推し量れない。
と言うか、本当に良く分からない人だ。
子供がいないから私を養子にしたんだが、それ以前に結婚もしていない。
前マクディアス男爵の一人娘、その性癖のせいで男性とは結婚できなかった。
私の亡くなった本当のお母さんの友達だったと言う話だけど、ただの農家とどう知り合ったのかも分からない。
お母様には一度聞いた事があったけど、その時ははぐらかされてしまった。
「ふう」
そう言う事を考えていると、溜息が出てしまう。
「お嬢様、夕食で御座います」
いつの間にか私の後ろに立っていたヴァインがそう言ってくる。
ここはマクディアス男爵家のお屋敷の食堂だ。
マルスハイト辺境伯家の敷地に間借りする形で建っているが、大きさは普通の庶民の家くらいしかない。
今、使用人は彼しかいないので、夕食もヴァインが作ってくれている。
「メニューは?」
「ニシンのパイで御座います」
私の問いに、陶器の器に入ったソレをテーブルに置く。
「私このパイ嫌いなのよね」
私は思わず嫌そうな声を出す。
「好き嫌いはいけませんね。ニシンが安かったのです。男爵家の懐事情はそれ程裕福ではありませんので」
彼はそう言いながら、パイの他にスープもテーブルに置く。
「分かってるよ。食べないとは言ってないでしょ」
私はそう言いながら、パイにフォークを突き刺す。
好きではないけど、食べないと言う選択肢は無い。
男爵家に養子に入る前には、これでもご馳走だったのだ。
とは言え、海の魚は食べ慣れない。
やっぱりシャール様に勧められるままに、向こうで夕食を御馳走になった方が良かっただろうか?
シャール様はよく招待してくれるけど、噂の事も有るし、あんまり厚かましくするのもどうかと思って丁重に辞退したのだ。
「あー、貴族ってめんどくさいな」
少し生臭みの残るニシンの身を食べながら、私は呟く。




