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アップルパイ・ナイツ  作者: O.K.Applefield
1章
2/17

1-2


 何か大きな物体が水に落ちるような音だった。

「なに!?」

 私は音のした方に走り出す。

 貴族令嬢アイラ・マクディアスとしてはあるまじき野次馬根性だけど、それは面倒なナンパ野郎達から逃げる意味もあった。

 しかし当然だけど、ミシェルなんとか君達も後を着いて来る。

 路地の奥には川が有って、その中に岩の様に大きな物体がずぶ濡れで鎮座していた。

「なんだ、ゴーレムが川に落ちたのか」

 追い付いてきたミシェル君がその光景を見て、感想を漏らす。

 ゴーレム=魔法で動く人型機械だ。

 大昔は悪い魔法使いが使役する怪物モンスターだったが、いつしか人間の代わりに重労働をしてくれる便利な道具となっている。

 川の護岸が崩れていて、あそこから落ちた様だ。

「どうしたんですか?」

 私は川岸に這い上がって来たずぶ濡れのおじさんに声を掛ける。

「どうしたもこうしたもねえよ!」

 おじさんが大声で叫ぶ。

 まあ、酷い状態だから、ヤケになるのも分かる。

 しかし、私の後ろのミシェル君達を見て、声のトーンを落とす。

「あ、いや、貴族様でしたか、これは失礼いたしやした。・・・実は荷馬車が脱輪しまして、馬は切り離して脱出できたんですが、川に落ちた荷車を持ち上げようと、ゴーレムを借りてきたんですが扱い慣れて無かったんで、ご覧の有様でさあ」

 おじさんがそう説明する。

 なるほど、作業用ゴーレムの操作を誤って、川に落ちたのだろう。

 荷馬車は川岸で落ちかけている。

 慣れない操縦者とイレギュラーな作業、更には川岸の軟弱な地盤が崩落した事による事故だ。

 大惨事だが、怪我人が出ていないだけ不幸中の幸いかもしれない。

「・・・それで、貴族様ですよね?でしたら、例のアレでちょいと助けて頂けませんかね?下々の者を哀れだと思って」

 急に卑屈な声になって、おじさんが言ってくる。

 主にミシェル君が胸にぶら下げているメダルを見ている。

「そうね。困ってる庶民を助けるのは貴族の義務だわ」

 私も彼に向かってそう言う。

 少し嫌味っぽい言い方だったかもしれない。

「あ、いや、しかし、アレは貴族の象徴で、無暗に街中で出すのは・・・」

 おじさんに頼み込まれたミシェル君がしどろもどろになる。

 アレと言うのは『精霊甲冑』の事だろう。

 今、川の中で水に浸かっているゴーレムよりも大きく、人が乗り込んで戦場を駆ける現代の主力兵器である。

 私達が通う事になる帝都騎士学校でも精霊甲冑の操縦は必須科目のはずだ。

 かつては騎馬に乗り武器を取って国の為に戦う者を騎士と言っていたが、今はこの精霊甲冑に乗る者こそが騎士である。

 ただ、その機体は高価であり、所有できるのは半ば貴族の特権でもある。

「確かに、街中で無暗に精霊甲冑を出すのは良くない事だけど、別に法律で規制はされてないし、人助けの為なら問題ないでしょ?」

 私はそう言う。

 精霊甲冑は貴族の象徴であるけど、現実的には兵器だ。

 理由もなく出すのは、往来で抜き身の刃物を見せびらかす事に近い。

 とは言え、緊急時であればそれは許される。

「・・・だが、ワイスマン家伝来の精霊甲冑をおいそれと出すとか・・・」

 ミシェル君はなおもゴニョゴニョと呟く。

 さっきから出す出さないの話をしているが、今、目の前にその精霊甲冑は存在していない。

 あのゴーレムより巨大な物が存在しているのなら、目につかない訳はない。

 もちろん、家に戻って取って来ると言う話でもない。

 実は私が持っているのや彼が胸に掛けているメダル、あれが精霊甲冑だ。

 正確には精霊甲冑の格納形態である。

 魔法(次元転換格納魔法とか言うらしい)で巨大な物体を小さなメダルの中に封じ込めているのだ。

 所有者が念を籠める事で、次元の狭間に格納されている精霊甲冑が現実世界に顕現する。

「どうしたの?精霊甲冑を親から与えられてるなら、これくらい簡単じゃない?」

 何故かオタオタしているミシェル君に私は重ねて聞く。

 他の取り巻きの男子もメダルを持っている人は居るけど、同じく人助けに名乗り出ようとする人は居ない。

 持っているのは半分くらいか。

 高価な物だし兵器でもあるから、貴族と言っても子供に持たせない家が有っても不思議ではない。

 逆に言うと、持たせているという事はそれなりの訓練は受けさせられているはずである。

「お嬢様、あまり言って差し上げない方がよろしいかと。アレは精霊甲冑の格納形態ではなく、それを模したイミテーションです」

 ヴァインが横から私に言う。

「え?そうなの?」

 そう言えば、彼等のメダルの色味は私の物とは少し違う気がする。

「先祖伝来の精霊甲冑をこのようなお子様が持ち歩ける訳が有りません。あの年頃に有りがちな格好つけですね。そうでなければ、危険の多い辺境区でもないのに、兵器をこれ見よがしに見せびらかして持ち歩く訳が無いでしょう」

 言葉遣いは丁寧だが、棘のある言い方でヴァインが言う。

 本当の事だったのか、ミシェル君は口をパクパクさせる。

 しかし、その棘は私にも刺さった。

「なに?私の事、田舎者だって言いたいの?」

 私は自分の執事を睨む。

 辺境区でもないのに本物の精霊甲冑を持ち歩いている私を揶揄している様に聞こえたのだ。

「滅相も御座いません」

 ヴァインは私の視線に少しも動じず、しれっと答える。

「・・・結局、そちらの坊っちゃん達は例のアレは持ってないって事ですかい?」

 おじさんが、そう聞いて来る。

「そうみたい。良いよ、私がやるから」

 私はそう言って、川の中のゴーレムに向き直る。

 助ける手段が有るのに、それをしないのは貴族の義務に反する。

「そうでございますか。で?『どちら』をお使いになりますか?」

 ヴァインがそう聞いて来た。

 今まで、嫌味を言う時も淡々とした口調だったのに、この時だけ何かの感情が含まれている様に私は感じた。

 多分私にしか分からないその口調の変化に、私は上着の下のメダルを掴もうとした手を止めた。

「・・・どっちも必要ないわ」

 私はそう言って、川岸からジャンプして、ゴーレムの上に飛び乗る。

 スカートじゃなくて良かった。

「お嬢様、濡れますよ?」

 ヴァインがそう言ってくる。

「別に気にしない。困っている人が居るんだから」

 私はそう言って、ゴーレムの操縦席に座る。

 解放式の操縦席は半分水に浸かっていたが、構わず目の前にある水晶に魔力を流し込んでゴーレムを起動する。

 マ゛ッ!!

 起動音が鳴り響き、ゴーレムが立ち上がる。

 立ち上がれば川の水深はゴーレムの腰程度なので、問題ない。

 昔のゴーレムはただの土人形だったそうだが、現代のそれは金属製で頑丈だ。

 簡単な命令しか受け付けなかったのも、乗り込んで操縦する事で細かな作業も出来る様になっている。

 これらは精霊甲冑の技術を転用して可能になっているそうだ。

 操縦席はゴーレムの首の部分にある。

 ずんぐりむっくりした巨体で、二足歩行の人間のような形だが、首から上が無くて、そこに操縦者が乗る様な形式だ。

 頭が無い様に見えるが、実は操縦席の下、人間で言えば胸の上、鎖骨の辺りにゴーレムの顔が有る。

 つまり、首が胴体にめり込んだ巨人の頭の上に私が乗っている感じだ。

 操縦席の両脇に生えている操縦桿に手を置いて、自分の身体を動かす感じで念じながら魔力を流す事で鉄の巨人が自分の体の様に動いてくれる。

 川岸に斜めになっている荷馬車をゴーレムの両手で優しく掴んで、道路の方に押し上げる。

 ここまでは簡単だ。

 おじさんは川岸の上から馬車を引き上げようとして、護岸がゴーレムの重さで崩壊して川に落ちたのだろう。

 今やった様に下から押し上げる方が簡単だが、そうしなかったのは、一度川の中にゴーレムを入れてしまうと、川から上がるのが難しいからだと思う。

 実際、一部崩れている護岸を見ると、川岸は思いのほか脆い様だ。

 この巨体と重さで、あそこをよじ登るのは至難の業だろう。

 精霊甲冑と違い、一般のゴーレムには格納形態に変化させる魔法は組み込まれていない。

 だから、メダルにして人間が持って上がることも出来ない。

 私はゴーレムの腕を操り、崩れた護岸を応急処置的に直す。

「さてと、確かこの型のゴーレムは・・・」

 私は操縦席の正面のパネルに幾つかのレバーが有るのを確認する。

 その内の数本を動かす。

 ゴーレムの様な重い物体が二本足で地面に立つ場合、下手をすると足が地面にめり込んでしまう。

 冬の原っぱで積もった雪の上を歩いた事が有れば分かると思うが、兎などの体重の軽い動物が難なく走り回れるのに、人間は足が雪に埋まって歩くのもままならない。

 同じ様に人間が普通に歩ける地面も、ゴーレムの巨体では上手く歩けない。

 だから、ゴーレムの足の裏には力場を発生させる魔法が仕込まれている。

 人間が雪の中を歩く為にカンジキを履くようなモノだ。

 今動かしたのはその力場の強さを調整するレバーだ。

 石畳で舗装された道を歩くのなら、デフォルトに固定しておいても良いが、軟弱な地盤では力場を調整する必要がある。

 更にはパネルの一部を開けて隠しレバーを操作して、足だけでなく両手にも力場を付与する。

 最近の安いゴーレムでは省略されている機能だけど、これは少し古い型で、非常用の機能が残っていて助かる。

「よいしょっと」

 慎重に川岸にゴーレムの手を掛けてよじ登る。

 力場によって荷重が分散されるので、護岸はこれ以上崩れない。

 機体に着いた大量の水を滝の様に流しながら川から上がり、石畳の道路までゴーレムを歩かせた。

「お見事で御座います。お嬢様」

 ゴーレムに両膝をついた正座の様な乗降姿勢をとらせて操縦席から降りた私に、ヴァインがハンカチを差し出してくる。

 私の服はかなり濡れてしまっているので、ハンカチ程度では拭ききれないけど、無いよりはマシだ。

「お屋敷に戻って直ぐに着替えた方がよろしいでしょう」

 執事らしくそう言ってくる。

「ちょっと待って」

 私はそう言って、おじさんの方に歩いて行く。

「・・・あ、有難うございます」

 おじさんがお礼を言ってくる。

 少し呆気に取られている表情だ。

 まあ、貴族の娘がずぶ濡れになってまでゴーレムの操縦をするとは思わなかったんだろう。

「これも貴族の務めです。気にしないでください」

 私はそう返す。

 精霊甲冑とゴーレムの操縦には共通点が多いので、精霊甲冑が動かせるのなら、ゴーレムの扱いも慣れている。

「それよりも!一般の作業用ゴーレムでも扱いを間違えると大事故になるんだから、気を付けてください!」

 私はそう言う。

「す、済みません・・・」

 私の剣幕におじさんが謝る。

「じゃあ、力場の調整方法教えますから、覚えてください」

 おじさんを操縦席に乗せて、私ももう一度ゴーレムに登って、後から操縦方法をレクチャーする。

「お嬢様、風邪を召しますよ?」

 呆れたような口調で、ヴァインが言ってくる。

 彼に言われて、春の風がまだ冷たい事に気付く。

「へくちっ!」

 私は小さくくしゃみをしてしまう。

 小山のようなゴーレムの背から周りを見回す。

 そう言えば、ミシェルなんとか君達の姿はいつの間にか見えなくなっている。

 まあ、ずぶ濡れでゴーレムを操縦する娘なんか、もう興味も無いのだろう。

 下手なナンパをされることも無くなって、私としてもその方が良い。


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