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アップルパイ・ナイツ  作者: O.K.Applefield
2章
17/18

2-4


「おや、ヴァイン殿。こちらにおられましたか?」

 帝都騎士学校の図書室にて、彼を見付けて、私は声を掛ける。

 スラリとした長身に、怜悧な瞳と銀色の髪。

 一部の隙も無く執事服を着込んだ彼は、執事と言う物を絵に描いたような存在だった。

 自分よりも遥かに若く見えるが、悠久の時を経た様な老練さを感じさせる。

「これはセバス殿、何か御用で御座いましょうか?」

 手にしていた本を書架に戻し、丁寧に礼をする。

 哲学書でも読んでいる様な顔をしていたが、背表紙を見ると眉唾な噂や民間伝承を載せている雑誌のバックナンバーだった。

「別に用は無いのだがな、お暇なら、同じ執事同士のよしみでお茶でもいかがかなと思ったのだが、宜しいかな?」

 この騎士学校の生徒であるお互いの主人は今は授業中だ。

 我々使用人は特にする事が無い。

「確かに暇で御座いますが、同じ執事とは滅相も御座いません。小生など、帝室に仕えられていらっしゃるお方と比べるのもおこがましく思います」

 男爵家執事の彼はあくまで低姿勢だ。

 私の名はセバス・チャンドラー。

 皇帝陛下の孫にあたるイザーク殿下に仕える執事だ。

「まあ、そう畏まらなくても良い。同じ学校の生徒の身の回りを世話するものとして、情報交換でもしないかと言う話だ」

「私などで宜しければ、御一緒させていただきます」

 ヴァイン殿が私の提案を受ける。


 貴族の子弟の通う学校なので、それに仕える使用人用の控室も有るが、私達は学生食堂に来た。

 今はまだ、昼食前なので食堂に生徒の姿はない。

 その一角を借りて休憩している他の執事達の姿が幾らか見られる。

 生徒の送り迎え以外にも様々な仕事が有るので、ほとんどの執事は授業中はそれぞれの屋敷に戻って居る。

 ここで暇を潰しているのは私の様な半分引退している様な老執事が多い。

「そう言えば、ロルフ殿はお元気かな?」

 セルフでコーヒーと簡単な軽食を受け取り、席に着いたところで、私はヴァイン殿に聞く。

 ロルフ・バダークはマクディアス家の筆頭執事だ。

 今はマルスハイト領で執務を執り行っている。

「ええ、執事長には執事の何たるかを叩き込まれましたよ」

 ヴァイン殿が答える。

「そうか。彼とは執事学校の同期でな」

 私はそう言う。

 話の接ぎ穂として言ったが、実はあまり興味はない。

 確かに同期だが、私はあの男が苦手だった。

「ところで、ヴァイン殿は御家名はお持ちかな?」

 話を変える。

 貴族に仕える執事の多くはこれまた貴族の子弟である事が多い。

 かく言う私も、チャンドラー伯爵家の次男に生まれ、一時は皇帝陛下の直属だった事も有る。

「いえ、不詳の身であれば、ただのヴァインで御座います」

 彼が答える。

 まあ、男爵家であれば庶民の中から優秀な者を取り立てる事も有るだろう。

「いや、失礼した。・・・不躾ついでに聞くが、『ヴァイン』という名前、帝都では聞き慣れぬ響きだ。確か辺境の何処かに伝わる古の精霊の名だったか?」

「はい、マリオン辺境区、その昔はマリオン王国と呼ばれた地で崇められていた精霊です。それ故に、今でもそれに因んで名付ける事も有る様で」

「おお、そうだったな。確かにマルスハイトはマリオン辺境区の隣だったな。ヴァイン殿はそちらの生まれかな・・・それで思い出したが、入学式の日の決闘で乱入して来たあの精霊甲冑、アレはマリオン辺境区の『銀色の悪魔』ではなかったかね?」

 私の問いかけに、目の前の若い執事は僅かに眉をピクリと動かした。

「申し訳ございません。その時、私は所用で一度あの場を離れておりましたので・・・」

 彼が淀み無く答える。

「おお、そうであったな。それに『銀色の悪魔』は二十年前のある日を境に姿を見せなくなったと聞いている。君は生まれていたとしても赤子だったはずだ」

 私はそう言った。


 暫く、取り留めの無い話をしたが、ヴァイン殿は屋敷の家事が有ると言って、帰って行った。

 私は温くなったコーヒーの残りを飲み干す。

「特に収穫は無しか」

 そう呟く。

 イザーク殿下に頼まれて、ここ数日、それとなく例の精霊甲冑についての聞き込みをしていた。

 殿下の話によると、かの機体に乗っていたのは騎士学校の女生徒だったと云う。

 新入生か上級生かまでは分からなかったそうだ。

 生徒に対する聞き込みは殿下とイリア様の方で行っていて、私は執事など関係者の方に当たっている。

 入学早々、面白そうな謎を目にして、躍起になっておられる様だった。

 学業に専念する様にお諫めする立場ではあるが、授業は真面目に受けておられていて、あくまで課外活動らしく、言ってもどうしようもない。

「あまり深入りするのもどうかと思うのですが・・・」

 嘆息しつつそう呟くが、立ち上がり、食堂に居る他の執事達の方に向かう。

 我ながら、文句を言いつつも孫の言う事を聞く爺の様だ。

 各貴族家の執事と顔見知りになっておくのも必要な事だと、自分に言い聞かせる。


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