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我が名はバーン・アース。
いや、その名で呼ばれる事はもう無いであろう。
我を打ち負かした者はヴァイン。
数多在る精霊の中でも変わり者として知られる者だ。
彼の者に負けた事に悔しさなど微塵も無い。
一瞬の攻防、そこに全力を出せた事に喜びを感じる。
今、依り代を失い我は大気に拡散していく。
解放してくれた我が友に感謝する。
我等精霊に死と言う概念は無い。
形を失おうとも、万物の中に潜み、流転していく。
甲冑の主として過ごしてきた年月が思い起こされる。
悠久の時をただ在る者に記憶など無意味だ。
だからこの感傷も直ぐに霧散するだろう。
ただ、最後に思い出す光景が有る。
幾度も駆け抜けた戦場の景色ではない。
何時かの式典で我は飾り立てられた姿でただ立っていた。
その我を憧憬の眼で見上げていたあの幼き人間、我が友アーヴィン・ワイスマンの孫だとか言われていた。
孫と言う物がどういう物かは知らないが、彼は今どうしているであろうか?
バーン・アースが倒れる。
頭部を破壊されたことで、精霊甲冑に宿っていた精霊が消えていく。
いや、ヴァインの言葉によると、精霊は永久不滅らしい。
ただ契約によって縛られていたのが、自由になって何処かへ飛んで行ってしまうそうだ。
精霊に確固たる個は存在しないらしく、一度解放された精霊は他の精霊と混じり合ったりとかして別のモノに変化していくそうだ。
と言うか、精霊甲冑として固定されていない精霊はそういう物らしい。
こういう話は当の精霊であるヴァインから聞いている。
人と会話できる精霊は他に居ないから、もしかしたら私は世界で一番精霊に詳しい人間かも知れない。
まあ、こいつの言う事はあんまり信用できないけど。
嘘は吐かないけど、重要な情報を隠して相手をミスリードさせていないとも限らない。
「まだ暴れ足りない気がするな」
そのヴァインの声が操縦席に響く。
また素が出ている。
それはともかく・・・
「うっぷ、気持ち悪い・・・」
私は口に手を当てる。
私は乗り物酔いはし難い体質なのだけど、このグラン・ヴァインに乗った時だけこの状態になる。
ゴーレムよりも、他の精霊甲冑よりも、遥かに自分の思い通りに動かせて最高の気分なのにだ。
こいつに乗っていれば何でも出来ると思える、その万能感に酔い過ぎて気分が悪くなっている様な感じだ。
三分は持つと言われていたけど、乗ったのが久しぶり過ぎて、大分早く限界が来た。
「では、多少残念ではありますが、早めにこの場を離れて、降りた方が良いですね」
ヴァインがそう言う。
この精霊甲冑グラン・ヴァインは曰く付きの機体である。
本当は人前に晒す事もしたくは無かったけど、これに私が乗っている事だけは秘密にしておきたい。
そのことが分かっているから、ヴァインは人目に付かない校舎裏にバロン・ルージュからの転送先魔法陣を設置してくれたのだ。
なんだかんだ言って、ヴァインは気が利く。
だが、彼に乗っている時に感じるこの嫌悪感は何なのだろう?
「ちょっと待って!一回外の空気を吸わせて!」
私はそう叫ぶ。
ヴァインは今すぐこの場から逃げ出す事を提案してくれたけど、私としては耐えられそうにない。
「私にお嬢様が乗っている事は隠しておいたほうが宜しいのでは?」
「何とか顔は隠すから!」
「分かりました、ではこうしましょう・・・」
気持ち悪さに半狂乱に成りそうな私に、ヴァインが提案して来る。
帝国第一皇子の第三子である僕、イザークに与えられた精霊甲冑の名はアーク・チェンタウロ。
ようやく、封印を解いて顕現させたそれに乗り、僕は帝都騎士学校のグラウンドに躍り出る。
半人半馬の伝説の生き物、ケンタウロスを模した精霊甲冑だ。
精霊甲冑としては重量級であるバーン・アースの更に上を行く巨体だ。
半人半馬の馬の部分の質量が大きい。
鎧の防御魔法も強力なので、質量と硬さでバーン・アースを押さえ付けるつもりでいた。
謎の銀色の精霊甲冑のお陰でその必要は無くなったのだが、僕は敢えてアーク・チェンタウロを呼び出した。
「あ~、そこの銀色の精霊甲冑、助太刀は感謝するが、少しばかり聞きたいことが有る。速やかに甲冑を格納してもらいたい」
僕は外部拡声器で呼び掛ける。
執事のセバスが言っていた事が正しければ、この機体は二十年前の犯罪に関係している。
見逃す訳にはいかない。
相手はゆっくりとこちらを向いた。
胸部の装甲が展開して、操縦者が機外に半身を晒す。
小柄な女性だ。
帝都騎士学校の女子制服を着ているところを見ると、ここの生徒か?
ただ、制服のスカーフで顔の半分を隠しているので、誰なのかは分からない。
私は急いでスカーフで顔の下半分を隠して、ハッチから顔を出す。
口元はスカーフで覆われているけど、それでも外の空気は美味しい。
目の前には巨大な精霊甲冑が立っている。
肉眼で見ると本当に大きく、強そうに見える。
「やれば、私が勝ちますけどね」
ヴァインがそう言う。
多分、あの皇子様の精霊甲冑だろうけど、それを相手に何を言っているのだろう?
「戦う必要なんか無いでしょう!?」
私はそう言う。
「・・・では、手筈通りに」
ヴァインはそう言って、魔法を発動させる。
火魔法と水魔法の同時発動。
辺りに大量の水蒸気が発生して、視界を塞ぐ。
目くらましをしている間に、私はグラン・ヴァインの手に乗って地面に降りる。
私は走って、倒れているバロン・ルージュに駆け寄る。
視界は悪いが、予め位置は把握している。
審判の先生の教導機も居るし、巨人の足元を走りまわるのは危険だが、やむを得ない。
本来なら私はバロン・ルージュの操縦席に居なければいけないのだ。
バーン・アースのバトルアックスの一撃でバロン・ルージュの胸部装甲に大きな傷がついている。
通常手順でハッチを開けようとするが開かない。
非常用の解放装置の取っ手を引く。
爆発魔法が作動し、胸部装甲が吹き飛んだ。
それと同時に、グラン・ヴァインが水蒸気の中から飛び出して、校外へと逃げて行く。
どこか適当な所で人間の姿に戻って、歩いて帰って来るだろう。
普通の精霊甲冑には出来ない便利な使い方だ。
そう、とても便利だ。
でも、考えてみると、操縦者が乗っていないのに勝手に動けるって事は危険なのではないか?
ヴァインに関しては、今までそれが普通だと思っていたけど、今回、暴走したバーン・アースを見て、私は初めて危機感を持った。
「待て!!」
水蒸気の中から飛び出して逃げて行く銀色の精霊甲冑に僕は叫ぶ。
追い掛けようと思ったが、有り得ない程の跳躍力を見せ付けられて僕は諦めた。
ミシェルとアイラ嬢の安否確認の方が重要だと思い直す。
立ち込めていた水蒸気が、風に流されて消えていく。
バイロンフォード先生がバーン・アースの方に確認に行く。
僕がバロン・ルージュの方を見ると、仰向けに倒れた精霊甲冑の横にアイラ・マクディアスが立っていた。
どうやら、ミシェルの方も気絶しているだけで大きな怪我などはしていない様だ。
「・・・まったく、大変な一日だったな」
僕は盛大に溜息を吐く。




