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「無事か、イリア!?」
バーン・アースの固有魔法の炎が消えて、兄様が私に声を掛けて来る。
「大丈夫です。でもアイラさんが!」
凶行に奔ったバーン・アースの一撃を受けてバロン・ルージュが倒れている。
精霊甲冑の胸、操縦席がある辺りがバトルアックスによって破損している様に見える。
攻撃を受ける瞬間、かわそうという動きは見えたけど、操縦者が無事かどうかはここからは分からない。
審判役をしていたバイロンフォード先生が間に割って入ったので、追撃を受けていないのが救いだ。
「ミシェルさん、何でこんな事を・・・」
「いや、あれはミシェルじゃない。精霊の暴走だ。前に聞いた事がある」
兄様がそう言う。
巨大な機体を動かす為に精霊の力は必須だが、多くの精霊は気ままで人間の言う事を確実に聞いてくれたりはしない。
その精霊を契約により縛って言う事を聞かせる為に、精霊甲冑には制御魔法が組み込まれている。
通常、操縦者が意識を失ったとしても、精霊が勝手に機体を操作することは出来ないが、その魔法の効果が切れているという事だろうか。
暴走したバーン・アースを取り押さえる為に、他の新入生やその父兄達がそれぞれの精霊甲冑を呼び出そうと自分の格納形態のメダルを手に取る。
「待て!バイロンフォード先生でも苦戦する相手だ!返り討ちになるかも知れん!」
兄様がその人達を止める。
学校の備品の教導用精霊甲冑は量産型ではあるが、操るのは精霊甲冑の指導教官をする程の腕前の人だ。
その人が苦戦している。
「僕が出る!セバス、僕の甲冑を!」
兄が後ろで控えていた彼の執事を呼びつける。
生半可な技量で暴走しているバーン・アースを止めるのは至難の業だ。
だとしたら圧倒的な機体の性能差でねじ伏せるのが最善手だと判断したのだろう。
執事のセバスが小さめのアタッシュケースを持ってくる。
私と兄様は精霊甲冑のメダルを身に付けていない。
帝室の人間に与えられている精霊甲冑は一般の貴族が持つそれとは一線を画す能力が有る。
その為、悪用される事を防ぐ為に厳重に封印されている。
兄様が制服のポケットから鍵を取り出し、ケースの鍵穴に差し込み蓋を開ける。
だけども、精霊甲冑のメダルを取り出すにはまだ手順が有る。
魔法による封印がされていて、本人確認の認証が必要なのだ。
セキュリティーの為に必要な事だが、こう言う緊急事態に直ぐに取り出せないのは問題だ。
バイロンフォード先生の教導機はなんとかバーン・アースの相手をしているが、押され気味だ。
右手にそれほど大きくない魔法の剣、左手に同じく防御魔法を付与された盾を持ち、バーンアースのバトルアックスを相手に戦っている。
ミシェルさんが乗っている操縦席が有る胸部への攻撃は避けて、主に頭部への一撃を狙っている。
模擬戦で一本になる箇所の内、胸部への攻撃はつまり操縦者の命を奪う事だ。
頭部への攻撃は精霊への攻撃だけど、頭部が破壊されても精霊は死なない。
封印から解放されて逃げて行くだけだ。
もう一度、精霊と契約すれば良いのだが、精霊は気まぐれなので同じ精霊が捕まるとは限らない。
それに、再契約の儀式には多大な時間と費用が掛かる。
それでも、人命優先で行かなければいけない。
先生の苦戦の原因は、攻撃が単調になりがちでバーン・アースに動きを読まれているからだろう。
「兄様、早く・・・」
焦らせてはいけないと知りつつも、私は異母兄に声を掛ける。
その時、風が舞った。
校舎裏の方から、銀色の影が飛び出して来る。
「精霊甲冑!・・・誰?」
見たことの無い精霊甲冑が私達の頭上を飛び越していく。
ものすごいスピードで風を巻いて行くので、校庭の桜の木が花びらを散らす。
私は乱れた髪を押さえる。
低位の地霊を憑依させて動かすゴーレムに比べて、高位の精霊と契約している精霊甲冑の能力は段違いに強力だ。
だけども、グラン・ヴァインの力は更にその上を行く。
「くふふふ、久しぶりのこの身体は堪らんな」
操縦席にヴァインの声が響く。
「・・・素が出てるよ」
「おっと、これは失礼」
私の指摘に彼はいつもの口調に戻る。
普段のヴァインは私に執事の役目を与えられている事で、素直にそれを演じているが、本来はそうではない。
気まぐれで、つかみどころがない。
人間の言葉を理解して会話が出来る精霊を私はヴァイン以外に知らないけど、精霊とはこういうモノなのだろうか。
校舎裏に顕現させた彼に乗り込んだ私は校舎を飛び越えて、バーン・アースが暴れているグラウンドに戻る。
ゴーレムでは手動で設定していた足が地面にめり込まない様にする為の魔法の力場はヴァインが勝手に調整してくれている。
バロン・ルージュにも自動調整機能は有ったけども、ヴァインは私の意図を先回りしてくれるので、更に動き易い。
それこそ自分の身体よりも自由に動けている気分だ。
でも、私の理性がこの高揚感に警鐘を鳴らしている。
「ヴァイン、どれくらい持つと思う?」
私は聞く。
「そうですね、五分、いえ、久しぶりですので三分を過ぎると厳しいでしょうね」
ヴァインがそう答える。
私がグラン・ヴァインを動かせる時間の限界だ。
普通の精霊甲冑に活動限界とかは無い。
だけど、こいつには有る。
今も高揚感を感じながらも、お腹の下あたりからじわじわとした気持ち悪さが湧いて来る。
「一分で終わらせる!」
私は銀色の精霊甲冑を走らせる。
審判の先生が乗る教導用精霊甲冑とそれと戦うバーン・アースの背中が見える。
正直、学校の備品のこの教導機で暴走するバーン・アースに勝てるとは思っていなかった。
ただ、俺以外にも精霊甲冑を持っている人間はここには幾らでも居る。
バーン・アースの操縦席で気絶しているであろう生徒を傷付けずに精霊だけを仕留める事が出来る技量が有る人間は少ないかも知れないが、皇子様の持つ精霊甲冑なら何とかなると思う。
彼が出てくるまでの時間稼ぎくらいなら出来る。
そう思っていたのだが、やって来たのは全く知らない精霊甲冑だった。
「あれは、もしや!?」
異母兄の執事が声をあげる。
「知っているのか、セバス!?」
開封の手を止めて、兄様が聞く。
それは私の知るどの精霊甲冑とも違っていた。
普通の精霊甲冑はその名の通り、甲冑を着込んだ人間を数倍の大きさにした様な見た目をしているが、唐突に現れた銀色のあれは鎧の様な武骨さはなく、まるで生き物の様だった。
「二十年前にマリオン辺境区で盗賊団の女首領が乗っていたと言う『銀色の悪魔』・・・」
搾り出す様な声で、セバスがそう言う。
「まさか、あのセーラ・マクディアス男爵が唯一勝てなかったと言う相手か!?」
兄様が驚きの声をあげる。
近付く私に気付いたバーン・アースが教導機を一蹴してこちらを向く。
迎撃しようと、バトルアックスを振りかぶる。
私は躊躇せずに突っ込む。
グラン・ヴァインは武器を持っていない。
迫り来るバトルアックスの柄を手刀で斬り飛ばす。
遠心力で斧の刃が飛んで行く。
流れる動きで、反対の手刀をバーン・アースの顔に突き立てる。
兜を突き破って、魔法の刃を纏った手刀が精霊甲冑の頭部を破壊した。




