1-10
まだだ、まだ諦めない。
ただの鉄の塊の模擬刀は魔法の刃に抵抗出来なかったけど、精霊甲冑の装甲にも魔法による防御が有る。
攻撃と防御の魔法、どちらが勝つかは魔法の強さしだいだ。
その点で、量産型であるバロン・ルージュは不利だけど、それでもまだ諦めない。
バロン・ルージュの機体を後ろに傾ける。
バックステップを踏んでバーン・アースのバトルアックスから逃げようとする。
どうやっても一撃はかわせそうには無いが、少しでも斬撃の威力が減れば良い。
バトルアックスの刃が胸部装甲に当たる嫌な音がした。
視界が暗転する。
私の名前はアイラ・アクセル。
辺境と呼ばれているマルスハイト地方の更に田舎、アクセル村のアイラだ。
お父さんはジャン・アクセル。
お母さんはアニタ・アクセル。
家族三人で何処にでも居る普通の農家をしていた。
小麦と野菜、りんご等の果樹を作ってた。
ちょっとだけど家畜も飼ってて、中古だけど農作業用のゴーレムも持っていて、それなりに上手くやっていたと思う。
お母さんの作るアップルパイが大好きだった思い出が有る。
そんな幸せな日々もあっけなく終わってしまった。
ある年、事故でお父さんが死んでしまったのだ。
残されたお母さんは無理をして働いたのからか、一年後に病気になってしまった。
子供だった私は何も出来なかった。
死期を悟ったのか、お母さんは手紙を出したらしい。
お母さんがもうベッドから起き上ることも出来なくなった頃に、その女の人はやって来た。
変な人だった。
お母さんと同じくらいの齢だけど、とても綺麗で、綺麗なんだけど男物の服を着ていた。
偉い人みたいなんだけど、慌ててやって来て、ベッドに臥せっているお母さんに縋り付いてワンワン泣いた。
その人がお医者を連れて来ていたけど、結局、遅すぎたみたいで数日後にはお母さんは息を引き取った。
その人がお葬式もやってくれた。
お母さんの友達だと言うその人は私に聞いてきた。
「私はマクディアス男爵家当主、セーラ・マクディアスだ。良かったら君を養子に迎えたい」
突然の申し出に私は困惑する。
「・・・私、貴族に成るの?」
私はそう聞いたらしい。
「そうだ。私には子供が居ないから、君が後継者だ。綺麗な服を着て、美味しいものを食べられるぞ」
正直、その提案は魅力的だった。
私は頷いた。
でもそれは、目先のご褒美に目が眩んだからじゃない。
子供だったけど、貴族が人の上に立つ役目だという事は、私も知っていた。
良い貴族に成って、お父さんやお母さんの様な不幸になる人を無くしたい。
そう思ったのだ。
その為に養子になってからいろいろ勉強して来たし、帝都騎士学校ではもっと沢山の事を学ばなければいけない。
だから、私はこんな所で立ち止まっている暇は無い。
気が付くと私は見知らぬ場所に居た。
何処かの建物の陰みたいだ。
学校の校舎裏か?
座り込む私の下の地面に光る魔法陣が描かれていたが、役目を終えた様に光の粒が空中に溶けて消えていく。
「ご無事で何よりです、お嬢様」
傍らに立ったヴァインがそう言ってくる。
「緊急脱出用転送魔法!?」
叫んで私は立ち上がる。
「間に合って良う御座いました」
ヴァインがそう言う。
私のバロン・ルージュは量産型の精霊甲冑で、攻撃や防御などの戦闘にかかわる固有魔法は持っていないが、特別に脱出用転送魔法だけは組み込まれている。
予め外部に退避場所を確保しておかなければいけないが、機体に致命的なダメージを受けた時に操縦者を脱出させることが出来る。
通常、帝室の人や一部の位の高い貴族の機体にしか装備されていない機構だ。
「バーン・アースは!?」
転送魔法による意識の混乱から回復して来た私は彼に聞く。
「精霊の制御が緩くなっていた様ですな。操縦者の意識が無くなった事でバーン・アース殿が自由に機体を操っている状態です」
「精霊が自由にって・・・それって暴走しているって事!?」
「暴走と言いますか、人の束縛から離れた精霊が自由にしているだけですな。バーン・アース殿が我を忘れている訳ではありません。ただ、精霊の倫理観は人のそれとは違いますから・・・」
「それを暴走って言うのよ!」
ヴァインの言葉を途中で遮って、私は叫ぶ。
「では、どうなさいます?」
彼が不敵に聞いて来る。
「止める!」
私は即答した。
「バロン・ルージュは大破していますが?」
「もう一つの精霊甲冑を出すしかないでしょう!」
私はそう言う。
出来れば使いたくは無かったけど、他に選択肢は無い。
「・・・かしこまりました」
私の執事が慇懃に礼をする。
普段は使わない方の精霊甲冑だけど、彼は何かとこっちの方を使わせようとする。
なのに、いざ私が使おうとするともったいぶるのはどう言う事か。
イラついてしまうが、そんな暇は無い。
「顕現!グラン・ヴァイン!」
私の呼びかけにヴァインの瞳が光る。
彼の瞳の中に魔法陣が浮かんでいる。
精霊甲冑の格納形態のメダルの表面に描かれている模様に似ている。
私はその瞳の中に吸い込まれていく感覚に襲われる。
私の執事ヴァイン、彼は人間ではない。
人の形をした精霊甲冑なのだ。




