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-始めに-
本物語は基本的に一人称で記述されます。
ただし、主人公もしくは特定のキャラクターからの視点のみで語るのではなく、場面場面に応じて物語を語る人物が違ったりします。
なるべく最初の方に語り部の名前を明かしますが、そうでない場合もあります。
その点にお気を付けてお読みください。
春の日差しが降り注ぐ下、帝都の石畳の通りを特に目的もなく歩く。
田舎の雪解け水でぬかるむ道に比べると、格段の歩き易さだ。
わきの路地を見ると、お洒落な喫茶店があって、美味しそうな匂いが漂ってくる。
「良いな、アップルパイの匂いだ」
そう呟きながらも、田舎から出てきたばかりの私は、その店に入るかどうか迷う。
私の名前はアイラ。
この春から帝都騎士学校に通う為にこの街にやって来ている。
今はまだ学校は始まっていない。
少し早く田舎から出て来て、街に慣れる為に散歩をしているところだ。
「貴族令嬢が、あの様な一般の店に入るのはどうかと思いますが?」
店に入るか迷っていた私に、後ろを歩いて来ていた彼が忠告をしてくる。
黒い執事服を一部の隙も無く着込んだ長身の青年。
一応だけど、私の執事という事になっているヴァインと言う奴だ。
「貴族って言っても田舎の男爵だし、何年か前まではそれですらなかったんだけど・・・」
私はそう言う。
「って言うか、別に庶民のお店だからって下に見てるなんて無いからね。逆におしゃれなお店過ぎて、私の方が気後れしてるくらいだから」
「そうでございますか?しかし、かの名高きマクディアス男爵家令嬢と言う身分にも慣れて頂かないと」
ヴァインがそう言ってくる。
「もう、いっつもそれね。あんたも元は執事でも何でもないでしょ?」
私は唇を尖らせる。
この男、どっからどう見ても、嘘くさいくらいに執事の見た目をしているけど、中身は全く違う。
いや、見た目に反して人間性がアレとか、主人を主人とも思っていないゲス野郎とかではない。
所作も言動も非の打ち処の無い一流の執事だ。
それこそ、一介の男爵家には不釣り合いなくらい。
文字通り中身が違うんだけど、その話は後にしようかな。
「ねえ、だったらさ、あんたがテイクアウトでアップルパイ買って来てよ」
私はそう提案する。
一応、それ位のお小遣いは貰っている。
お財布はヴァインが持っているから、それで買って来てもらうのだ。
そうすれば、おしゃれ過ぎてちょっと入り辛いお店に私が入らずに済む。
あの素敵なお店で優雅にアップルパイを食べるのには憧れたりもするけど、私にはまだ早い気がする。
お屋敷に戻って食べても、アップルパイはアップルパイだ。
味は変わらないと思う。
「間食は太りますよ。それに今はりんごの旬では無いでしょう。半年も前に収穫された物と思いますが?」
ヴァインがなおもそう言う。
確かに、一冬越して春までになると、味は一段落ちるかもしれない。
「でも、りんごは長持ちする果物だし、冬の間雪の中に埋めておくと春まで美味しさが保たれるわ。うちの田舎じゃそうしてたし・・・」
私がそう言う。
「あそこで使っているりんごが、それとは限らないでしょう」
それでも、彼はまだそう言う。
私はなんか嫌になって来た。
何でこいつは表向きはこちらを気遣う様な顔をしながら、私のしたいことにケチばかりつけるんだろう?
数日前から新しい街に引っ越して来て、新生活にワクワクしている時期なのに、こいつがそばに居るだけで台無しだ。
『お母様』に言いつけて、執事の仕事をクビにしてやろうかとも考える。
しかし、それは出来ない。
彼が私の『お母さん』の形見の様な『モノ』で、私が彼を執事として雇ってもらう様に頼んだからである。
何を言っているか分からないかもしれないが、色々複雑なんだ。
それも追い追い語っていこうと思う。
それより、今現在の問題だけど・・・
「やあ、お嬢さん。そこの喫茶店に入りたいのかな?よろしければ、この僕がおごりますが?」
往来で、私とヴァインが話しているのを見掛けたのか、キザったらしい男が話し掛けてきた。
見た感じ、私と同い年くらいの少年で、背格好はその年齢の標準くらい・・・より少し太め?
仕立ての良い服を着こなし、胸元に大きめのメダルをぶら下げている。
見るからに貴族の坊っちゃんと言う感じだ。
ちなみに、私も同じ様なメダルを持っている。
このメダルはある意味貴族の身分証の様な物だ。
私は目立たない様に上着の下に隠しているが。
「えーと、誰?」
私は思わずそんな事を聞いてしまう。
「これは失礼。僕はミシェル・ワイスマン。ワイスマン子爵家の嫡男だ。この春から、帝都騎士学校に通う予定だが、もしかしたら君もそうなのではないかと思ったのだが?」
目の前の男子はそう名乗った。
なるほど、何となく分かった。
ここは貴族街にほど近い商業区で、少し先に騎士学校の本校舎が有る。
彼もそこに通う様になるので、周辺の地理を確認する為に散歩をしていたのだろう。
見ると、少し後ろに同年代の男子が数人いる。
要はナンパと言う奴だ。
流石、都会はこう言う人も居るんだなと、私は感心する。
地元の街を歩いていても、こんな風に声を掛けられたことは無かった。
狭い街で私が貴族の娘と知れ渡っていたからなのもあるけど。
と言うか、今の私の格好は貴族令嬢が着るようなドレスではなく、動きやすいパンツルックで、一見貴族だとは分からないと思うのだが。
まあ、今時は女性の服装もかなり自由になっているし、身分にかかわらずスカートをはかない人も多い。
「お嬢様。名乗られたのなら、名乗り返すのが礼儀ですよ」
私が少し考え込んでいると、ヴァインがそう言って来た。
良く考えれば、貴族か大商人の子女でもなければ執事を連れて歩いたりしないから、分かるか。
ミシェルなんとかと名乗った男子とその取り巻き達は執事や使用人を連れてはいない。
ここは帝都でも上流の地区なので、男子なら護衛が無くても安全な地域だ。
それに、男子が集まってワイワイやるのに、大人を連れて歩くのは窮屈なのだろう。
私としても、口煩いヴァインが居なければと思うことが有るのでその気持ちは分かる。
とは言え、それでやるのがナンパとは・・・
「アイラ・マクディアスと申します。私もこの春から帝都騎士学校に通いますので、お見知りおきを」
一応私は、貴族の礼をとって名乗る。
名乗りはするが、一緒にお店に入るなんてしたくはない。
どうやって断ろうかと考えながら、ヴァインの方を見るが、私の執事は助け舟を出すでもなく、ただ飄々と立って居る。
「マクディアス?もしかして、マルスハイト辺境区のマクディアス男爵家か?」
「まさか!?先の大戦の英雄で女男爵の?」
「あ、ああ、例の・・・」
私の名前を聞いて、取り巻きの男子たちが騒ぎ始める。
一部、言い難そうに口籠る人もいる。
侯爵や伯爵とかならともかく、貴族でも下っ端の男爵家なんて帝国には掃いて捨てるほどあるのに、何で一々覚えているかな?
「なんだ?有名な貴族なのか?でも、男爵程度だろ?」
取り巻きの声に振り返って、ミシェル君が聞く。
どうやら彼だけは知らないらしい。
みんなそうであって欲しかったのだけど。
「知らないんですかミシェルさん?マルスハイト辺境伯代行ですよ」
取り巻きの一人がそう言う。
「あ、あ~、何か聞いた事が有る様な?ま、まあ、少しくらい有名でも所詮男爵だろ?子爵の僕が誘っているんだ。お茶くらい付き合ってくれよ」
ミシェルが馴れ馴れしく近付いて来る。
子爵なのは君の親であって、君自身に爵位は無いだろうと言ってやりたいが、入学前に問題を起こしたくないので困る。
そうしていると、ヴァインがすっと間に入って遮ってくれた。
「失礼。ワイスマン子爵家の嫡男とおっしゃいましたね?嫡男という事はいずれ子爵家をお継ぎになるのですね?」
「そ、そうだが」
ヴァインの質問に、少し気圧されながらも彼が答える。
「そう言う事でしたら申し訳ありません。こちらのアイラお嬢様も一人娘でして、いずれマクディアス家を継がないといけないので、お付き合いするのは婿に来て頂ける次男や三男が望ましいのですが」
滔々と説明する。
ヴァインの説明は正しいが、私はまだ十五歳だ。
今からそんな事を言うのもどうかと思う。
まあ、お友達付き合いとしても、このミシェル君やその後ろの取り巻きみたいなのは遠慮したい。
「いや、今から結婚前提とかそう言うのでは無くて、ただ一緒にお茶をしたいと言うか・・・」
ミシェル君がなおもそう言うが、その時、路地の奥から大きな音が響いて来た。
僕の名前はミシェル・ワイスマン。
帝都からほど近い小さな街の領主ワイスマン子爵家の長男だ。
この春から帝都騎士学校に通う事になっている。
帝国内の貴族の子弟で、武官を目指す者の殆どはこの学校に入学する。
入学式の数日前。
今日は天気も良いので、学校近くの繁華街に繰り出していた。
父親の領地が帝都に近い事も有って、子供の頃から良く遊びに来ていたので、こういう都会も慣れたものだ。
同じく帝都近くに領地を持つ貴族の息子達も一緒だ。
同い年の男子たち数人、良く一緒につるんで遊んでいる。
みんな子爵か男爵の家柄だ。
帝都近くの貴族は小規模な領地の者が多い。
その代わり皇帝陛下直参の栄誉を頂いている。
うちの家系も祖父が功績を上げた事で今の地位が有る。
こう言っては何だが、仲間内では僕の所が一番家格が上だろう。
もちろん、この中では僕がリーダー格だ。
先頭を切って、街を練り歩く。
特に何をするでもなく話をしながら少し進むと、同い年くらいの女の子を見掛けた。
執事らしき銀髪の男が隣に居る所を見ると、彼女も貴族の子女らしい。
伝統的なスカートではなく、最近流行りのラフな服装だ。
しかし、格好は都会的だが、どことなく着慣れていない感じもする。
田舎から出て来て、間もないのだろうか?
顔立ちも少し垢抜けない感じだが・・・まあ、これはこれで可愛いかも知れない。
路地の奥の喫茶店に入るか入らないかでもめている様だ。
仲間達も、彼女等に気付いた。
ふふん、みんなに良い所を見せるチャンスかもしれない。
「やあ、お嬢さん」
毎朝、鏡の前で練習しているとっておきの決めポーズで彼女に声を掛ける。




