第二話:死体は誰のもの?
「…それで、本官を呼ばれたのですか?」
「そう」
地面に転がる死体を前に、二人の人物が話し合っていた。一人は若い男で、形式ばったお堅い制服に身を包み、困惑を顔に浮かべて死体を見回している。もう一人の先ほど死体を発見した奇妙な衣服を着た人物は、我関せずといった風体でその様子を眺めていた。
「じゃあ、あとは頼む」
「えぇっ」
奇妙な人物はよっ、とタンクを背負いなおし、死体の横を通ってノズルを手に持ち直す。何事もなく業務を続けようとする相手に男は慌てて声をかけた。
「ちょっと、待ってくださいよ!いきなり連れてこられたあげくに任せられても困りますって」
「死体処理は警察の仕事。私はまだまだ仕事が残っているんだ」
「もしかしたら、この人物を殺した危ないモンスターが近くにいる可能性もあるのでしょう?あなたのような迷宮に特化したグソクさんはともかく、ただの町の警察には対処できませんって...」
警察の男は泣きそうな顔をしながら恐々と辺りを見回している。その様子にグソクさんと呼ばれた人物はいらだたしそうに、重厚そうな靴をその場で踏み鳴らした。
「大丈夫だ。ざっとその死体を見たが、溺死ということなら大方中級レベルの水属性モンスターにやられたんだろう。ここの浅い階層には出ない。ここには出るとしても、素手でも倒せる低級モンスターしかいないから安心するんだな」
実際、死体の靴のかかとや衣服の裾には擦り切れた跡がある。おおかた、モンスターとの戦闘中に死亡し、パーティーの仲間が連れて帰ろうとしたものの途中で死体を放棄していったのだろう。
迷宮には職にあぶれた半端者や困窮した貧乏人が、一攫千金を夢見て潜ることも多い。魔法学校や国の養成学校で正式な訓練を受けた者は極一部で、碌な訓練もされていない素人が集まっただけのパーティーには信頼や絆というものはない。
「そうなんですね。ただ、迷宮に入るのも初めてで出口も分からず...」
「わかった、わかった。そういうことなら出口まで送ってやる。死体を背負ってついてこい」
グソクはこれ以上の問答を続けていても時間を浪費するだけだと判断したのか、踵を返して元来た道をさっさと戻り始める。警察も置いて行かれまいと急いで死体を担ごうとしたとき、ごぼっと死体の口から水があふれ出し男の肩に滴った。
「うわ、支給されたばかりの新品なのに...さっそく、しかも死体から出た水で汚れた」
「そうか、あまり近寄らないでくれ」
「ひどくないですか?!」
冷たい言葉に警察の男は涙目だ。いったん死体を肩から下し、ズボンのポケットから出したハンカチで濡れた個所を拭きならす。そして、ふと何かに気づいたように死体を指さした。
「グソクさん、これ――」
「ん?」
警察が指さした先にあるのは、死体から出た水だった。そこには水にまじって黒い粒が浮いている。近づいて見ると、それは『灰』だった。もしモンスターの攻撃で溺死したのだとしたら、この迷宮ではまだ見つかっていない新種の可能性か、あるいは仲間の攻撃や行動で何かしら灰が混じったのか―――
グソクの仕事は主に迷宮の掃除――しかし、新種のモンスターが出たならそれを迷宮に潜る冒険者に周知しなければならない。迷宮の調査も仕事の一部だ。
「話が変わった。その死体の責任は私と君に半分ずつある」
「え?」
グソクの急な態度の変化に男は豆鉄砲を食らったような顔で見上げた。
「新種のモンスターかもしれない。正体を探すぞ」
「ええええええええ!」
新たな脅威の存在を知らされた警察はますます泣きそうな顔になる。その一方でグソクは、いつも通りに掃除するだけで終わらず、仕事を増やしたこの奇妙な死体に怒りを感じ、いらだたし気に地面を蹴った。




