第一話:不可解な死体
迷宮は、不衛生だ。
湿度の高い密閉空間に、多数の死体や血が転がり、腐臭や汚染物質をまき散らしている。
日々、多くの冒険者たちが安全に迷宮を探索できるよう、
迷宮内を掃除する国家直属の掃除人「グソク」――
彼らの仕事は、主に迷宮の掃除だ。
迷宮内は節度のない冒険者たちが好き勝手に荒らしまわった痕跡がそこかしこに残っている。
倒したモンスターの死骸は、体からはみ出した臓器を踏みつけて転倒する者が後を絶たないし、
悪意のある人間が解除済みの宝箱に罠をしかけ、人間に二次被害が出ることも多い。
そうした人為災害が起こらないよう、定期的に迷宮内を掃除するのが彼らの役割だった。
仄かな明かりを放つ松明が壁際に等間隔で並び、薄暗く辺りを照らす。そんな薄暗い迷宮内を一人の人物が歩いていた。その出で立ちは異常と呼ぶに相応しく、頭にはつるりとした球体型のヘルメットのようなものを被り、全身はぶ厚そうな人の体形に沿った形の衣服で覆われている。そして背中には大きなタンクを背負い、そこから伸びるノズルの先の噴射口から白い霧を辺りへ撒いていた。
衣服や装備が重いのか、人物が歩く度に、ゴツゴツと重そうな足音が迷宮内にこだまする。そうして黙々と作業を続ける人物の先の暗がりに突然影が浮かび上がった。
それは人だった。こちらに背を向けて地面へ座っており、顔を前に倒しきっているのか背中側からは頭が見えず、半ば猫背のような姿勢だ。見るからに全身から力が抜けてだらんとしている。
「おい、迷宮は休止期間中だぞ」
ヘルメットの中からくぐもりながらも凛とした声が響き、座り込む人物へと近づいていく。
それでも座っている人物は返事もせず、その場から微動だにもしなかった。
「おい」
もう一度ヘルメットの人物が声をかけ、座る人物の肩に手をかけた瞬間。
力の抜けた人形のように座り込む人物がぐらりと揺らぎ、こちらへ仰向けに倒れてきた。
松明に照らされたその姿は、
恐怖で大きく見開かれた瞳、 口と鼻からは泡状の粘液があふれ出し、まるで何かを外そうとしているかのように両手は自身の首を掴んでいる。
それは水場のない浅い階層では絶対に出会わないもの―――
人間の水死体だった。




