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~ まだ平和なプロローグ ~


 簡単に言おう、世はまさに『茶道(さどう)』ブームが到来していたのだ。


 華やかなる振る舞い、その徹底に洗練した礼儀作法は見るものを魅了させ、瞬く間に世の若者を中心とした一大旋風を巻き起こしたのだ。


 そんな僕もその内の一人……だと思わないでくれ。


 僕は生まれた頃より華族(かぞく)に囲まれ、茶道の厳しい修行を歩み研鑽を積んできた……言わば、〝エリート〟なのだ。


 だから最近の流行に乗ったミーハーな奴らと一緒にしないでほしい。


 僕こそが名門、千野流(せんのりゅう)茶道を継ぐ『千野(せんの) 理九(りく)』である。


 そして今日、晴れて僕は高校生と相成った。


 通う高校は自宅から自転車で二十分ほどで行ける距離にある『私立 破嵐(はらん)高校』だ。


 なぜこの学校を選んだのか? 


 答えは簡単、家から近いというのもあるが、この高校には古くから歴史ある茶道部が存在しているのだ。


 そうとわかれば話しは早い、僕が行かない理由はないだろう。


 その茶道部のヒストリーに華々しく僕が実績を残して伝説を添えてやるのだ。

 この僕にかかれば茶道部のてっぺんを取る事など、それこそお茶の子さいさいと言うわけだ。


 ──などと考えているうちに高校の前へと到着する。


 校門前はフレッシュな新入生で溢れかえっており、皆わいわいと初々しい賑わいを見せる。


 僕はその目立たぬような黒髪に冴えない顔立ちをしているせいか、昔からあまり人に話しかけられない。


 だが勘違いしないでほしい、名家に派手な茶道家などいないのだ。


 目立たず、静かで良識と礼儀が整っている人間が茶道を極められるのだと、少なくとも僕はそう教えられて育った。


 よって僕の無駄に片側だけ長い前髪や、入校前に若干サイズをミスって発注したこの短いブレザーも些細(ささい)な問題にすぎない。


 要は高校デビューなどに憧れて浮つく影の薄い奴なんかでは無く、僕は信念と誇りを持ってこの高校に入学してきたわけだ。


 うん、気構えだけならそんじょそこらの奴等には負けんぞと、勇み足で進む。


 僕は何事もなく校門をくぐると、新入生は体育館へと集まって退屈な校長先生の話を右から左に聞き流し、無事入学式を終えると、新しい教室で担任教師から学校の説明を簡単に受ける。


 いたって普通で順調、どの学校でも行われる入学日のプロセスを終えると、あっという間に初日が終わって下校となった。


 帰り際に窓の外から校庭を覗くと、白球を追う野球部やシュート練習をするサッカー部が精を出しているのが見えた。


 そうだ、せっかくだから茶道部を初日から視察して見てもいいなと僕は思い立つと、早速その運動もろくにできないひょろい足を動かし、意気揚々と茶道部の部室へと歩みを進めた。


 たしか学校の案内プリントには茶道部は三階の廊下一番奥と書いてあったはずだ。


 そうして僕はその三階奥に来たのだが……。



「……なんだこれ? 『殺道部(さどうぶ)』……?」



 茶道部の名前が書いてあるはずのプレートには、部の名前を上書きするように黒いマジックで塗りつぶされていて、乱暴な字で無粋な名前が書き殴られていた。


「──ふん。随分と(たち)の悪いいたずらをするやつもいたもんだな。それになんだよ殺道部って、センスなさすぎだろ」


 僕は鼻で笑いながら部室を軽くノックし、ドアを開けた。

 今ここより、僕の輝かしい高校生活が始まる。


 この茶道部で全国に千野流の千野理九ここにありという伝説が、幕を開けようとするのだ──。


「こんにちは、茶道部だと聞いて見学に来ました! ここの部──」

 カァンッ!


 鋭い音と共に何かが僕の頬をかすめた。


 僕の開口一番の挨拶をかき消すそれは、ギラリと光る見慣れぬものだった。


「──え」


 扉に刺さるそれを見て、僕は頭が真っ白になった。


 僕の頬から流れる赤い血が床にポタリと落ち、銀色に光る短刀が怪しく輝く。間違いない、これが、この刃物が僕めがけていきなり飛んできたのだ。



「ちっ、はずしたか」



 部室の奥から舌打ちと物騒な言葉が聞こえた。


 そこにいたのは野蛮なチンピラ……もとい、制服を着た茶髪のウェーブがかかった長い髪の女の子──そのカモシカのような綺麗な足を机の上に乗せ、下品に股を開かせながら茶道の『さ』の字も感じさせない女子生徒がそこにはいた。


「な、なんだあなたは⁉ ここは茶道部でっ、ていうか危ないだろ! なんてもの投げつけてくれる──」


「だまれひょうろくだま」


 僕の言葉を遮るように二本目の短刀が飛んできた。


「ひいっ!」


 僕はとっさに(かが)んでそれを避けた。

 駄目だ、話しの通じる人間じゃない、早く誰か、先生や警察を呼んでくれ。


「おいてめえ」

「は、はい!」


 何とか彼女を刺激をしないように返事をする。


 この女、学校の制服を着ているが、どこかの暗殺組織からやってきたかのような眼光をしながら僕を睨む。


 早く隙をみつけて逃げ出したいところだが、悲しいことに僕は完全に腰を抜かしていた。


「うちの部に何の用だ。死にたくねえなら三秒で答えろ」

「えっ、三秒⁉ えと、あの、ここは茶道部のはずじゃ……」


 軽くパニックになりながら答える。


 彼女は手に持った短刀をくるくると回しながら、吊り上がった眼と割と高い声で威圧する。


「あ? ここは殺道部(・・・)だ。まさかてめえ──」


「ぼ、僕! 茶道部(・・・)に入りたくて、ここにき、来たんです! すみません! 間違え──」


「なんだよ! 入部希望かよ! さっさと言えや!」


「えっあのっ、僕は茶道部に……」


「おう、入部させてやるよ。そこに手を置け」


 彼女はそう言うと重たそうな金属の板をゴトンと机の上に置く。


「な、なんですかそれ」

「さっさと手ぇ置けや!」

「は、はい!」


 言われるがままに金属の板に手を置く。ひやりとした触感が伝わると、彼女は紐で僕の手を板に固定する。


「え? え? 何ですか⁉ 何ですかこれ‼」


「入部試験だ」


「なんの⁉」


「殺道部の」


 話しが噛み合っているのかいないのか分からなくなってきた。


 とにかくこれは『茶道部』の入部試験らしい……しかしこんな流派は聞いたことがない。そもそも茶道には短刀なんか使わないし、よく見たらこの部室なんかそこら中に落書きとか物が破壊された形跡が沢山あるのですが。


「じゃ始めっぞ」


 彼女は自分の制服に手を突っ込むと、その平らな胸からタバコを取り出した。

 しかも市販の物より太くて大きい。


 そしてそのまま火を点けたかと思うと、それを思いきりふかし始めたのだ。


「え、タバコ……?」


「──ッはー、やっぱコカイン入りはうめえなあ……」


「コカイン⁉ コカインって言った!」


「知らんのか? ペルーじゃ合法だぞ」


「ここ日本です!」


「うるせーな。その口、黙らせてやるよ」


 タバコを口から離すとそれを僕の固定させている手に近づけた。


「ま、まさか」


 そう、この女は僕に根性焼きをしようとしているのだ……!


「や、やめろおおおお‼」


 必死に暴れるが手を固定している板がびくとも動かない。


 っていうかこの板重すぎじゃね? と思うくらい重い。


 なんでこの人普通に平気な顔して机に置けたんだと疑問を抱きつつ涙を流した。

 そんな僕のあまりにも悲痛な叫びが通じたのか、彼女の手が寸前でピタリと止まった。


「なんだ、嫌か」


「か、勘弁してくださいいいい‼」


「──わかった」


 彼女は予想に反してその手をあっさりと引く。

 なんだ、ちゃんと言えばわかる人じゃないか。


 なんなら今、彼女の顔をちゃんと見たが普通の女子──いや、普通よりもだいぶかわいい顔をしているのがわかった。


「あ、ありがとうございます……!」


 謎の感謝である。


 冷静に考えたら、いや冷静に考えなくても僕は何も悪くないのである。


「そうか……そんなに嫌か。──なら、こっちだなあッ!」


 彼女の持つ熱く燃えるタバコの先が──僕の(ひたい)を焼いた。



「だああああああああああああああああちいいいいいいいいい‼」



 ジュウッという肉を焦がす音がすると同時に僕はおたけびを上げた。


 (つか)の間に見えた天使のような顔をした彼女はやっぱり悪魔だったのだ。


「はっはあ! いい声で鳴くじゃねえか! 気に入ったぜ! てめえ名前はなんだ」


「う、ああ……!」


「は? 名を名乗れい」


 鬼か、鬼以上の何かだ、この人。


「ううう……。せんの……千野理九です……」


「おう、そうか。じゃあこれに名前書け。血痕でな」


 馬鹿か、まだ血を流せというのか。


 彼女は僕の手を固定してる紐を短刀で切ると、ついでに僕の指先も切ってきた、犯罪だろ。


「痛ッたァ! なんで……なんで僕がこんなことを……」


 僕はめそめそと泣きながら出された書類に血で自分の名前を書き始める。

 何だこれ、悪魔でも召喚すんのか。


「さっさと書けや!」


 ここにいたね、悪魔。


「ああん? おめえこんなしゃらくせえ漢字なのか? 生意気だな」


 おまけに漢字まで難癖つけるんだもの、たまらんね。


「よーし決めた。おめえの名前は今日から『リキュー』だ!」


「えっ、僕の名前は『りく』って読むのですが……」


「耳からテキーラ流し込んでやろうか?」


「ひっ、リキューで大丈夫っす……」


 もはや反論の余地はなかった。


 この女は酒瓶を持って、僕の名前が書かれた書類にいきなりドボドボと酒をかけはじめると、濡れた書類にタバコの火を当て、書類は勢いよく燃え始めた。


「これで契約は完了だ」


「燃やした⁉ 書いた意味は⁉」


「無い」


 無いんかーい俺の血のにじむ努力を返せ。


「いまこの場より、リキュー! お前はうちのファミリーだ。しっかりよろしくな」


「ファミリー? あの、ここは茶道部の部室で僕は茶道を──」



「ああ、ここは【殺道部(さどうぶ)】だとも。払う火の粉と襲う牙、泣く子も黙る武闘派一派の桶狭間(おけはざま)。天下に轟く破嵐高校二年生、殺道部部長『足軽(あしがる) 茶々(ちゃちゃ)』とはあたしのことよ!」



 信じられない、この悪魔の如き女が茶道部の部長だというのか。


「そ、そんな……! そ、そうだ、しょ、証拠は⁉」


 現実を認めたくない僕は、なんとか眼前の悪魔の存在を否定しようとする。


「ああ? 証拠だあ? んなもんその辺の先公に聞いてもよし、学徒に聞いてもよし、なんなら校長でもいいぞ。あたしこそがこの部の(ヘッド)、この魂に賭けて賭博(ベット)してやんよ」


 足軽と名乗る彼女は机に片足を上げて豪快に啖呵を切った。


 その堂々たる振る舞いに僕は只々、圧倒されていた。


「あの……足軽先輩?」


水臭(みずくせ)えな。あたしのことは茶々と呼べい」


「そ、そうですか。茶々……先輩、この茶道部はいったいどういった活動を……?」


「うちの活動はただ一択。迫りくる外敵からの刺客を、殴って砕いてすり身にして最後にはスーパーの惣菜コーナーに並べるのが仕事だ」


 なるほどね、全然わかんない。


「リキュー、お前の持ち味(・・・)はなんだ?」


()(あじ)?」


「馬鹿野郎、能力の事だ。なんかあんだろ、放火とか拷問とか」


 いやいやいやいや、そんな物騒な能力は持っていないし持ってちゃダメだろ。


「放火も拷問もしませんよ……」


「は? じゃあお前なにができんだよ」


 なんなんだよほんとこの人、さっきから訳わかんねえよ。

 でもここで答えなきゃまた酷い目にあわされるかもしれない……僕は震えた声でこう言った。


「僕は……その、茶道が得意でして、その、お茶とか詳しかったりして、はは……」


「なんだ、茶が好きなのか。なら出してやるよ」


「えっ! お茶があるんですか!」


 意外な返答であった。


 彼女は捨てるように置いてあった湯飲みを僕に差し出し、大きめのポットに入ったお茶を雑に入れ始めた。


 もうそれは礼儀もクソもなく茶道でも何でも無いけど、お茶というまともな飲み物が出てきただけで僕は感動した。


「ほらよ。飲めい」


「おお、お茶だ……!」


 まともなお茶だった、薄緑の綺麗な色合いをした普通のお茶。

 僕はそれをグイっと飲み込んだ──


「……う、美味い……!」


 予想外に悪くない味……!

 いや、むしろ新感覚と言っていいほどの美味いお茶だ。


 しかし飲んだことのない味に僕は驚く、お茶に育てられたといっても過言ではない僕が今までに味わったことのないお茶だ。


 それになんだか、妙に頭が冴えわたるような不思議な感覚が僕の脳内を駆け巡った。


「す、すごい……! このお茶、なんだか元気が湧いてくるっていうか……!」


「だろ? 美味いだろ」


 僕は……誤解していたのかもしれない。


 茶々先輩は本当はすごくお茶に詳しいすごい人なのではなかろうか。


 流石は茶道部部長を務めているだけある……僕は尊敬の念をもって質問をした。


「これは何のお茶ですか?」


「コカ茶、コカインの茶だ」

 ブーーーーーーーーッ‼


 豪快に口からお茶を吐き出す。

 麻薬じゃねーか、そりゃ頭冴えるし元気出るわ。


「すっきりしただろ?」


 ドヤ顔やめろ。


「ゴホッ、ゴホッ。あなたはお茶を、茶道をわかってない!」


 咳きこみながら僕は言った。


「ほう、言うじゃねえか」


 茶々先輩はニヤリと笑うと、僕にこう言ってきた。



「ならリキュー、お前はうちのお茶くみ係だ。お前の持ち味を生かしてもらうぞ。いつ、何時(なんどき)、嵐渦巻くいかなときも汝、お茶を淹れることを己が信条としろ。それがいつかお前の武器になる。期待してるぞ」



 よくわからんが期待された……いや、そもそもここは本当になんなのだ。


 もうだいぶ感づいてはいるが、茶道部じゃないなここ?


「そうですか……。それじゃあ僕はこのへんで──」


 僕はそそくさと帰ろうとする──だが、悪魔はそれを許しはしなかった。


「どこへ行く、今日は朝まで飲むぞ」


「何を⁉」


「酒を」


 お前は未成年じゃろがい、僕も未成年だたわけ。


「なんなんすか! ここは!」


「まだわからんのかヒヨッコが」


 わかるかーい、こんな無法地帯があってたまるかーい。


「ったく、そんじゃ改めて言うから耳の穴かっぽじってよおく聞きやがれ。ここは破嵐高校殺道部──数多の不良にチンピラ、反社会組織をバッサバッサとなぎ倒し、ありとあらゆる外敵を天誅する──あたしが昨日考えた部活だ」


 ふーんそうなんだあ、昨日考えたんだあ、すごいこと言うねえこの人は。


「ああ、ちなみに昨日までここにあった『茶道部』とかいう軟弱な部はあたしが潰しておいた。礼儀がなっとらん連中だったからのう」


 礼儀が無いのはお前じゃーい、この部活より何億倍も社会に必要なんですがそれは。


 そういえば部室内をよく見ると、茶器やら茶道の書物などが無造作に転がっていて、確かに昨日まではここに本物の茶道部があったのだと確信する。


「そんな訳だ。わかったな」


「……わからないっす」


「わかれ」

「はい」


 わからされた、強引に。


「よーし! 今日は飲むぞ! 歓迎会だあ! おいリキュー、酒買ってこおい!」


「買えませんよ⁉」


 ──僕の高校生活が幕を開けた。


 そんでもって閉じた、初日で終わった。


 かくして謎の部活に入部を強制された僕は、これから想像もできないような波乱に満ちた学校生活がまだまだこれから始まることを知らない。


 これは、序章にすぎない。


 そう、だってまだ平和なプロローグなのだから……。


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