仲間
「作戦会議を立てよう」
神妙な顔でそういったユイにハルはキョトンと目を瞬かせた。食堂は生徒たちの喧騒で賑わっていて、こちらに目を向けるものはいない。
ハルはピーナッツサンド片手に首を傾げた。
「作戦?なんの?」
「どうやってドリンクを卸させるか、だよ」
ああ、そんなこと。
ハルは興味を失ったかのように手の中のサンドにかじりついた。パーティの主催は学園長だ。ユイはまだ見ぬ学園長を探し出し直訴するくらいの勢いでいたのだが。
「僕にツテがあるから、任せてくれていいよ」
なんともなしにそうハルが言って、ユイは訝しげに眉をひそめた。昨日から思っていたがハルの情報網はどこから来たものなのだろうか。
ただし、と眉根のよったユイの眉間を軽く指で押して、ハルは笑った。
「ダンスパーティーにはきちんと出ること、もちろん僕とね」
猫のように細めた紫の瞳に、もう逃げられないなとため息をついてユイは考えを切り替えることにした。
「じゃあ次はお近付きになる役ありの生徒の選定ね、ハルは詳しい?」
楽しげにユイを、見つていたハルは、やはり楽しげに軽やかに言った。
「んー、知らない訳じゃないけど、僕よりも適任がいるじゃないか」
言うがいなや、後ろに座っていた生徒の襟首をつかみ顔をこちらに向けさせた。
不意をつかれたその男子生徒の顔に、ユイは見覚えがあった。
「アミティ、あなたこんなところでなにしてるの?」
「ひっ、ぼ、僕は朝食を食べていただけで君たちの作戦なんかきいてないぞ!」
「自白したようなものだねぇ、あの凍えそうなカフェテラスでも必死に僕たちを追いかけていたもんね」
ハルの意地の悪い顔が、アミティにせまる。
ユイは半ば呆れながら2人の様子を見ていた。
「ぼ、僕は屈しないぞ、真のジャーナリストとして、暴力にはペンで戦ってみせる」
「まあまあ落ち着いて。なってみたくないかい?真犯人とやらをあぶりだすジャーナリストに」
その為ならなんだってできるだろ?
蠱惑的な紫の瞳がアミティに迫って、少年のメガネ越しの瞳が揺らいだのが見えた。
「き、協力関係にはなるけど、僕は君のことはまだ疑っているからな!」
「それでいいから、毒の能力を持った役持ちの情報をちょうだい」
場所は変わって冷風の吹くカフェテリア。
3人は三者三様といった様子でテーブルを囲んでいた。
ユイは未だにあの記事を出したアミティを信頼することが出来なかったが、背に腹はかえられない。アミティもいまだにユイが犯人であることをうたがっているようだったししっぽを出さないか今か今かと伺っているのだろう。
そんな一髪触発の空気の中、ハルは1人朗らかに笑っていた。
「何言ってるんだよ、僕らは仲間だろ?仲間は助け合わなきゃ」
思わずこいつと仲間…?とアミティと顔を見合せたが、彼の方は仲間という言葉に何かしら思うことがあったようだ。
仕方ないなぁ、と満更でも無い顔で様々な箇所に付箋が貼られている使い古された小さなノートをポケットから出した。
「僕の情報によると、毒にまつわる能力を持っているのはライズだけだ。もちろん役ありの生徒で2年この学園にいる。手に触れた物が毒になるからいつも黒い手袋をしているんだ。」
仔細に調べられた情報に、ユイは感心した。
役ありは基本自分の能力を秘している。人々の恐怖を煽ることや犯罪の片棒を担がされることがあるからだろう。フレムほどあけすけなのが珍しいのだ。
「じゃそのライズって人とお近付きに慣れればいいのね」
「いや、その限りじゃないよ。ライズには役なしの恋人がいるからそっち方面で行くのが無難だと思う」
アミティは一枚の写真をノートから出した。
茶髪のカールが美しい、気の強そうな女子生徒だ。
「彼女の名前はマリア。ライズとおなじ講義を大抵とっているけど、一つだけ、美術の時間だけは1人ですごしているんだ」
そこが狙い目かな、とアミティは得意げに言った。
ユイは正直彼を侮っていた自分を恥じた。彼の情報収集能力には目を見張るものがある。
「すごいじゃない!よく調べたね!」
「え、そう…?女の子にそんなに褒めてもらえるなんて、僕人生で初めてかも…」
照れたように頭の後ろをかくアミティをよそに、ユイはマリアにどう取り入ろうか考えていた。
「マリアの趣味や好きなものなんかの情報はないの?」
「彼女は絵が趣味って言っても過言じゃないほど絵に没頭してるんだ。もちろん休日は二人ですごしているみたいだけど」
「ユイは芸術関連は全くダメだもんね」
ハルの言う通り、残念なことにユイに芸術の知識はなかった。
頭を悩ませるユイに、アミティが後もうひとつ気になることがあるんだけど、と声を潜めて言った。
「噂話で聞いたんだけど、閉鎖された植物園には魔女がいて入ってきたものを呪い殺すって話」
魔女?
ユイは非科学的な言葉に耳を疑ったが、役ありの存在がある以上魔女が存在してもおかしくない…のか?
怪訝な顔をした、ユイを他所に、ハルは「じゃあまずそこに行ってみない?」と呑気な声で言った。
夜の校舎はその様相も相まって、まるで呪われた孤城のような風体だった。
まるで山ごもりでもするかのような重装備のアミティと、できるだけ身軽な服装できたユイは懐中電灯のあかりもなしに雑木林の鬱蒼とした中を歩いていた。言い出しっぺのくせに用事があるからと、ハルはここにはいない。
「うわさでは夜遅くに看守が食事を運んでるらしいんだけど」
アミティは溜息をつきながら言った。
「きみも毎回1人でよくやるよね、今日は誰かと話しているみたいだったけど、あれは一体誰だったんだい?」
「ハルだよ。あなたと1度あっているじゃない」
ユイの言葉にアミティはそうだったっけなぁと自信なさげに呟いた。その姿に疑念が湧いた。
ハルとアミティの邂逅は結構派手にやり合っていたはずだ。それを忘れるなんてことがあるだろうか?
疑問を抱えたまま、閉じられた植物園の前に着いた。豪奢な門構えの後ろに白く半透明なドームが見える。灯りはともっていないようだった。
「ほ、本当に行くの…?」
アミティの声は明らかに震えていた。
「アミティはそこにいて看守が来ないか見てて」
そういうとアミティはがくがく頷いてユイにトランシーバーを託した。
「こ、これでやり取りできるから…っ!魔女が出てきてピンチになったら助けに行くよ…!」
決死の顔でそう言われて、ユイは思わず頷いた。役ありだらけの学園で、何をそんなに怯えることがあるというのか、ユイには分からなかった。
ガチガチに閉じられていた鎖をボルトカッターで切断し、ユイは閉じられていた扉をきしませながら開いた。
暗い廊下をしばらく歩くと穏やかな暖かい風がユイの頬を撫でた。暖房は働いているのか、と頭の片隅で考えて、何故?と疑問が湧いた。
なぜ暖房だけが起動していてあかりは作動していないのか、そもそもなぜ封鎖された植物園に電気が通っているのか。
その疑問は開けた大きな展示室に入った時霧散した。
月明かりに照らされて、そこには人がいた。
少女だ。まだユイとそう年齢が変わらぬだろう、いや、年下かもしれなかった。
銀に近い金糸の髪は豊かに波打って、抜けるほど白い肌を優しく包んでいる。彼女は真白い長袖の修道女の出で立ちで、ユイが来るのを知っていたかのようにまっすぐ椅子に腰かけていた。
そして何より、彼女の目元には豪奢なレースリボンが幾重にも巻かれていた。
「こんにちは、あるいは久しぶりかしら?ユイ」
呆然とするユイの前で、少女は鈴を転がす声で語りかける。
「あなた、私を知っているの?」
ユイの言葉に、彼女は面白そうに笑った。




