ようこそ、贖罪学園へ
ようこそ贖罪学園へ
ユイが学園の門扉を叩いたのは、1週間後の事だった。怪しいのはわかっていた。それでも全寮制、という言葉に抗えず、何もかもから逃げるように荷物をまとめ港行きのバスに飛び乗った。
船に揺られながら、これでよかったのかと何度も自問し、本土から500km離れた絶海の孤島への片道切符を、ただ握りしめていた。
*******
船から下りたユイは呆然としていた。活気ある港町、行き交う人はどの人も忙しそうに、しかし楽しそうにしながら足早に歩いていく。想像と違って怪しい宗教勧誘をしているものも見当たらなかった。
小さなボストンバックを抱えたまま呆然としていたユイに、明るい少女の声がかけられた。
「こんにちは!あなたが編入生?」
振り返ると茶髪の長い髪をひとまとめにした、オレンジの瞳の少女がたっていた。アーモンド型の猫目が印象的で、高い位置にいた太陽に反射してらんらんと光っている。
「私はレン、学園長にあなたを案内するように言われたの!」
「こ、こんにちは、私はユイ」
溌剌とした調子のレンと港の雰囲気に気圧されながらも答えると、レンはにっこりわらって、それから直ぐに肩に下げていたボストンバックに目を移した。
「あれ?荷物それだけ?」
「ああ、うんこれだけだよ」
「すくないわね、まあいいか、いきましょ!」
馴れ馴れしいのか、他人と距離が近い性分なのか、自然と手を引かれ、歩き出す。深刻に思い詰めていたのが馬鹿らしくなるほど明るい街、元気な声、優しい掌に包まれて、なんだか張り詰めていた気持ちが解けていくようだった。
「お昼食べた?」
「まだたべてない」
先程まで食欲もなかったため食事をとるという考えも無くなっていた。そういえばいつから食べていなかっただろうか。
ユイの腹が思い出したように悲鳴をあげた。
それを聞いたレンが吹き出して笑う。
「ふふっ正直なお腹なのね!昼ごはん、いい場所知ってるの、食べに行きましょ!」
レンがユイを連れ立ったのは港らしく新鮮な魚介を扱った小さな定食屋だった。ここはどれも美味しいのよ、とレンはニコニコしながらメニュー表を広げた。
海鮮丼に魚の煮付けにお刺身、今や外では見ることのほとんどない日本食ばかり揃っているようだった。
ユイはとりあえずレンのおすすめの海鮮丼を食べることにした。
「お、おいしかった……」
「お口にあって何より、おいしいでしょ、あのお店」
明らかに鮮度のいい食材に初めて食べたあら汁。頬がとろけるような体験をした。
店を出てからも、ユイはうっとりとその感動にひたっていた。それになにより、
(誰かと一緒にご飯食べるの、ひさしぶりだな)
いつも緊張しながら味のしない食事を詰め込んでいたユイにとって、誰かと囲むテーブルはとても楽しく、温かなのだと思い出した気持ちだった。
「おっともうこんな時間、学園に戻らなくちゃ」
昼下がりの日差しと満腹感に包まれたユイは冷水を浴びせられた気持ちになった。
贖罪学園。
そこがどんな場所なのか、ネットを検索してみても大した手がかりはなかった。
学園のホームページには「行き場のない子供たちの居場所に」というスローガンが書いてあり、ユイが調べた中ではごく普通の学校のようだった。
まだ新しい学校のようで今年の卒業生が学園の第1期生になるようだ。
(行き場のない子供たちの居場所に…ね、)
その言葉にまさに当てはまる自覚のあるユイは、先導するレンの背中を眺めてふと考えた。
社交的で明るい彼女はなぜ、この学園を選んだのだろうか。
「着いたよ!」
小高い丘をバスで揺られること20分。
たどり着いた学園はうずたかい壁で周りをおおわれているようで、まるで城壁だった。灰色のコンクリートで覆われたそれの向こうに、かすかに高く鋭利な屋根が見える。
「レンちゃんおかえり……っとそっちが例の?」
「ただいま!そうこの子が転入生のユイ」
城門の前の警備員とは顔見知りらしいレンと警備員の視線がユイに集まり、慌てて会釈する。
警備員はぱらぱらと手元の書類を確認すると、ユイの顔をもう一度一瞥し、頷いた。
「よし、とおってよーぉし」
ぎ、とレバーの引かれる音がして、バラの飾りの着いた格子状の門扉がゆっくり開いていく。
レンに促される形で入った先で、ユイはぽかんと口を開いた。
およそ学び舎らしくない学舎だった。
古いものだろう黒ずんだ柱の連なりでできたそれは文化遺産に登録されている古城だと言われれば納得しただろう。ゴシック建築で作られた城とも言えるそれは、人が突き刺さると死ぬだろうな、とおもえる尖塔が不吉な雰囲気を漂わせていた。
「ようこそ!贖罪学園へ!」
明るいレンの声がやけに場違いにその場に響いた。




