手がかり
人気の無いダンスホールに、ヒールとダンスシューズの足音が響く。
ユイはアミティと「作戦会議」という名のダンスの特訓に励んでいた。当日に無様な姿を晒すのはゴメンだからだ。
しかしあれからハルの姿を全く見なくなってしまった。ハルにはドレスのお礼も言いたいのに、と焦れったく思いながら練習に励む日々だ。
「カミラ先生?良い先生だよね、僕は懺悔室のお世話になったことはないけど」
「そう…なにか細かなことでもいいの、彼女についてしってる?」
「うーん、創業当時からいたって聞いたくらいかな…どうしていきなり?」
「いや、なんでもない」
急にくちごもるユイに、アミティはステップをふむ足を止めた。足をからませつんのめるユイを意外にも抱きとめて、アミティは真剣な顔で言った。
「隠し事はなしにしよう、僕たちもう仲間じゃないか」
大きなメガネ越しのその瞳に一切の嘘はなかった。アミティは、言ってから気恥しくなったのか「まあ僕は孤高のジャーナリストだから仲間なんて必要ないけど!」と声高に言った後、しばし黙って、リードしていたユイの手を握って呟いた。
「君は一人で突っ走っちゃうかもしれないけど、たまには僕の、仲間の手をとってもいいと思うんだ」
アミティのその言葉に、ユイの心はじんわりと暖かくなった。
呼び出しでやってきた医務室には、予想どうりドロシーが詰めていた。いつにも増して冴え冴えとした眼光が、入室したユイをじろりと見やる。
「お前、持病…精神的な持病はあるか」
ユイは首を横に振った。ドロシーの雰囲気は殺人を犯してきましたとでも言わんほどに殺気立っていた。
「じゃあ誰かに飴でもなんでもいい、貰ったことは」
「な、無いです…でもこないだ医務室から送り返されたあと、カミラ先生に貰ったお茶で変な気持ちになって…」
「変な…?具体的な症状は?」
「私はなにか大きな力に許されたような気がしたんです。あの時は。すぐに吐き出しましたけど」
そうか。
ドロシーは、黙々と注射針の準備をし始めた。
げっと顔をしかめるユイの想像とは裏腹に、ドロシーは淡々と、恐怖をあおることもなく準備を進めていく。
いつものドロシーとは打って変わった姿に、ユイは眉根を寄せた。
「あの、ドロシー先生、」
「お前もう寮に帰るな。飯もここで食え」
状況の未だ呑み込めていないユイに噛み砕くようにドロシーは端的に説明した。
「いいか、お前の血液に混じってたのは向精神薬だ。日常的に飲んでいたんだろうな。となると食堂も、カフェテリアもグルだ」
「学園ぐるみの工作ってことですか?」
苦虫を噛み潰したようにドロシーはうなづいた。
「全生徒の血液検査を行いたいが許可が降りねぇだろうな。なにか確実な手がかりでもあれば警察に届けることも出来る」
「手がかり…」
ふと、カミラに「次は懺悔室で待っているわ」と言われたことを思い出した。
あの紅茶にも向精神薬が含まれてるとしたら、ユイの実感からしてきっと濃度が通常よりも遥かに濃いはずだ。それを持ってくることが出来れば…。
「私、手がかり掴めるかもしれません!」
「あ?おいちょっと待て!」
言うなり飛び出して行ったユイの背中に、ドロシーの焦ったような声がかけられた。




