紅茶
夢を見る。
焼香の香り、
嗚咽する声、
罵声、
頬を叩かれ強かに壁にうちつけるからだ。
何度も言われた言葉が、耳元で叫ぶ。
「お前のせいで死んだんだ!」
*******
意識が浮上し、重たいまぶたを開くと医務室のうすぐらい天井が見えた。
頭が少しぼんやりしている。嫌な夢を見ていた気がする。
『お前のせいで死んだんだ!』
絶叫に近い怒声が耳の中でリフレインしていた。
不思議と平静な気分だった。そう言われて然るべきだと、自然に思っていた。
ふと、ベッド脇のローテーブルに大きな箱が置いてあることに気づいた。ハルが持ってきたものだ。
ユイへなにか渡したい物があったのだろうか?
リボンの飾り付けを剥がし、中を見る。
ハッとするほど美しいドレスだった。真白の、レースのふんだんに使われた、アクセントカラーのラベンダーが美しい、一目で見ていいものだと分かるような。
ダンスパーティーにはこれを着てこいということなのだろうが、気が引けるドレスだ。うっかり汚したりしたら目も当てられない。
「おきたか?お姫様」
そんなユイの葛藤をいつから眺めていたのか、カーテンから顔をのぞかせたドロシーが揶揄した。くわえタバコのままニヤリと唇の端を上げ、サングラスの奥の目を眇める。
「誰から貰ったのか知らねーが、ガキにはまだ早いんじゃないか?」
「ハルから貰ったんだけど、私ダンスには自信が無いな」
確かに授業の一環でワルツを踊ることはあったが、出来はまあ酷いものだったと記憶してる。
だが、ドロシーは違う点に疑問を抱いたようだった。
「ハル…?誰だそいつ」
「昨日送り届けてくれた男子生徒だよ。ドロシー先生は“ガキには興味ない”から忘れちゃっただろうけど」
「…そうだな」
ドロシーは低く呟き、パキポキと腕や首を鳴らし始めた。
昨日は寝ずにユイのことを見てくれていたのも知っていた。
背中を向けたドロシーに、レンがあんなになついていたのも頷けるな、と考えているとドロシーが低い声で言った。
「さて、顔色も悪くねぇし、俺は寝るから、病人以外は出てけ」
大きな箱を持ったまま追い返されて、やはりレンは騙されていたのではないかと思った。
寮に戻るとカミラが出迎えてくれた。
ユイの抱えた箱を見て、「ドレスを贈られたのね?」と自分の事のように嬉しそうに微笑んだ。
お茶でもどう?と勧められて、ユイは部屋に箱を置いてから誘いに応じた。
「よかったわ、あなた最近塞ぎ込みがちだったから…」
カミラが暖かな紅茶を入れてくれて、茶葉の香りが給湯室いっぱいに広がる。
給湯室には木製のテーブルと椅子が置かれており、ここで話す生徒とカミラの姿をいくどかみかけたことがあった。簡素ながらも相談室ということだろう。
「お茶をどうぞ、蜂蜜もたっぷり入れてね」
言われてカミラにならい、紅茶にはちみつを入れる。甘い紅茶は体の芯から温めてくれるようで、すり減らされた神経が落ち着いていくようでもあった。
「それで、ドレスは誰に贈られたの?お相手の名前を聞いても良いかしら」
「ハルです、男子生徒の…あれ、何年生なんだっけ…」
しかしそんなことはどうでもいい事だ、甘露のような紅茶に口をつけると、夢のことも、考えていたこともどうでも良くなってくる。
カミラは「ハルね…意外だわ」と呟きながら優しくグレージュの瞳を細めた。
「それで、最近の悩み事は解消されそうかしら」
「…なんだか、嘘みたいな事ばかりだったんです。この学園に来たことも、レンが死んだことも、全部、でも今は…」
ユイは顔を上げてカミラを見た。
「全部、夢だったのかなって、そう思います」
新しい生活も、レンの死も、あの子の死も、全部夢だったような気がしていた。ユイに罪はなく、裁かれる咎人は居らず、そうして調査していることも全部的はずれなことで、そうして、そうして。
「そう、あなたが決めたなら、きっとそうなんだわ。」
カミラは優しくユイを抱きしめた。その温もりにうっとりしながら、ユイは自分の決断が正しかったことを知った。
「次は懺悔室においでなさいな。あなたとはゆっくり、話をしたいわ」
カミラに別れを言って部屋に戻って、ドレスに着替えた。
白と紫のドレスは体にピッタリ合うように作られており、繊細なレースがまるでユイのことをお姫様のようにした手上げていた。
鏡の中に映った自分のことを夢見心地で眺めたあと、ふと机の上を見て冷水をあびせられたような心地になった。
机の上にはレンの日記があり、『生きたい』と綴ってあったからだ。
どうして一時でも夢だと思ったんだろう、レンは確かにこの場所にいて、一緒に笑いあっていたのに。あんなに大切な存在だったのに。
でも、一体なぜ?
カミラの紅茶を飲んだ時、陶酔したような心地になった。なにか混ぜられていた?
ユイはトイレに駆け込んで、口に手を入れ飲み込んだものを全部吐き出した。
吐くものがなくなってからも、ユイの気持ちは晴れなかった。




