穴
「それで、魔女って実在したの?」
あれからハルの手引きでカミラに見つかることなく女子寮に無事帰れたユイは、あわれ寮監に見つかったらしいアミティの奉仕作業を手伝っていた。ハルが女子寮の間取りに異様に詳しいことには軽く引いたが。
「うーん、会ったけど魔女なんて話、噂に過ぎないと思うよ」
花壇の雑草を抜きながらユイが応えると、えー?、とアミティが唇を尖らせる。こちらは既に魔女のことで頭がいっぱいらしく手が止まっている。
「なんで言い切れるのさ、その女の子どんな子だったの?」
「魔女っていうより天使とかお姫様とかの方が似合う子だったな」
昨夜の無邪気であり、何かを悟ったような堂々とした姿を思い浮かべる。月明かりに照らされた白金の髪は神々しさをたたえており、目元に巻かれたレースが彼女に謎めいた雰囲気を纏わせていた。
痩せこけた雑草を抜きながら、ユイの脳裏にはちみつのような声が蘇る。
『会ったことがあるからよ、私の騎士』
彼女はなぜユイのことを知っていたのだろうか。
それに何より、彼女は物心着く頃からこの学園にいたと言っていた。
それはおかしい。
この学園の歴史は1期生が今年卒業することから見ても4年程度だろう。なら彼女は学園が建つ前からここにいたことになる。あんなに管理された環境下で、彼女が勝手に住み着いているとも考えにくい。現に逃げられないようにか金属の手枷が着けられていた。
この学園の前身に関係がある?
リリィの年齢は分からないがおそらく同年代だと仮定したとして16年前、この場所には何があったのだろうか。
異能力者や無能力者を集める理由がそこにあるとしたら。
「ユ、ユイ、それ抜いちゃダメな花だよ!」
考え事に熱中しすぎたせいで、ユイは花壇を無惨な形にしてしまった。このあと寮監にアミティが怒られたことは言うまでもない。
その知らせが届いたのは、ユイが部屋に戻ってすぐだった。
「やあ、こんな所にいたんだ」
木枯らしの吹く寒々しい墓地に座り込むユイに、ハルは明るく声をかけて、横に並び立った。
レンの墓石はまだ新しく、日々真新しい花が捧げられている。
…まだ誰も、レンという生徒を忘れていない。
でもこの後は?
レンが死んで2週間経った。
1ヶ月後は?1年後は?5年後は?
ユイは忘れてしまうのだろうか。あの子のように。
…あの子?
「ユイ?」
ハルに顔を覗かれてハッとする。
考え事が霧散していく。大切なことを思い出した気がしたのに、今はその端も掴むことが出来なかった。
「大丈夫?顔色が悪いよ」
いつかもレンにそう言われたな、と思い出す。
いつもの優しい声で、ユイを気遣ってくれた。
今は、誰にも優しい言葉をかけられたくなかった。レンが上塗りされるような、そんな心地がする。
沈黙のままユイが身動ぎもしないでいると、ハルはため息をついて横に座り込んだ。持っていたらしい大きな白い箱を雑に枯れ草の上に放る。
それにも無対応でいると、グイッと顎を捕まれ無理やりに紫の瞳と目が合った。
「僕が知る限りでは食事は週に一回くらいしか取っていないだろ。他はコーヒーばかり飲んで、君は後追いでもするつもりなのかい?」
片手で顎を掴んだハルの意外に大きな手が、カサカサにかわいた唇をそっと撫でた。
珍しく怒っているような、そんな顔をしている。いつも飄々としていてとらえどころのない彼が何故こんなに自分に執着する素振りを見せるのか、ユイには分からなかった。
「このまま行くとドロシー部屋送りだ。その前に棺桶かもね。それはいい、今の幽霊みたいな君にはピッタリだ」
幽霊みたいな。
その言葉にある女の姿が過ぎった。幽鬼のようなすがたになってしまった、ユイの養母、母親に。
あの人もこんな気持ちだったんだろうか。
でも、どうしてそんなことになったのかが、ぽっかり抜け落ちた穴のように思い出せない。
ぽろりと、涙が1粒こぼれた。涙はまるで雨のように次から次へと流れ出して、ユイには止められなかった。
「…風見鶏から報告書が、届いたの」
ぴくり、とあごを鷲づかんでいたハルの指が動いた。
「レンの生前の行動に怪しいところはなかったって。…でも、おかしいの。レンの遺体が本土に送り返された記録がないの」
ユイはハルの瞳を見つめた。長い前髪に覆われて、紫の瞳は濃く影を落としていた。
「ねぇ、レンはどこに行っちゃったの?」
ハルからの答えはなく、ただ北風に涙がかわいてしまうまで、2人は寄り添うように見つめあっていた。
時刻はとっくに夕飯の時間だった。
ハルはユイの手を掴むなり引き摺るようにして医務室に押し込むと、大きな箱を押付けて黙って立ち去ってしまった。
閉ざされた扉を振り返るユイを見て、ドロシーが低く笑った。
「ひでぇ顔だな、おい」
そう言うなりくわえタバコを既に山となっている灰皿に押付けて、ズカズカと長い足でユイの目の前にたった。
「探偵ごっこは終わりか?容疑者にでもふられたかよ」
「おわってません、なにも、まだ分かってない」
「はっ、強がれる体力があるとは感心だね」
ドロシーはユイの手首を掴んで脈を測りながら笑う。
「今日は1晩ここで寝てけ。カミラシスターには言っといてやるから」
「…先生は、レンのこと、なんとも思ってないんですか」
言ってから後悔した。八つ当たりだった。
死因まできちんと調べているこの人が、レンの死に無関心なはずがないのだ。
ごめんなさい、と続ける前にハルは強かに額を弾かれた。
「なんともおもってねーよ、ガキには興味ねーって言ってんだろ」
節くれだった長い指でデコピンしたドロシーは、そう嘯いてからおもむろに注射器を取った。
「憎まれ口叩けんなら、血ぃとっても平気そうだな」
ビニールをビリビリと開けながらこちらを見てニヤリと笑う様は死神のそれだった。ユイは急に自室に帰りたくなってジリジリと後退りをした。持っていた箱が、思わず床に落ちる。
施術は痛くなくてもあの時間はもうすごしたくない!
そんなユイの肩をがしりとつかみ、ドロシーはもう片方の手でガチャりと医務室の内鍵を閉めた。
肩に置かれた方の手に握られた注射器の鋭い針が頬を掠めそうになり、思わず喉の奥から短い悲鳴が上がる。
「まあ、夜は長いし、病人はゆっくりしてけよ」
まるでスプラッタホラーの犯人のように、ドロシーはニヤリと笑って見せた。




