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キャリアウーマンに異世界スローライフは似合わない!  作者: 日高 章
一章 ウエストツリートップストアへようこそ!
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第8話 商品開発と試作品



 わたしはカタリナとルイスの模擬戦闘ののち、魔法について勉強せざるを得なくなった。とはいえ、もともと指南書や自己啓発本の類を読むのは得意であったので、勉強自体は苦にはならない。しかし、一つ問題があった。ある日王都に向かった、国立図書館での話だ。


「これ、なんて読むの?」

「大賢者アトラス、闇魔導士のイドゥンの伝承ですね。これは、神葬魔法しんそうまほうと読みます」


 そう、言葉は不思議と通じるにもかかわらず、本を読むときにはこの世界の言語で書いてあるので読み解くのが大変だ。わたしは元々この世界にやってきたときから日々言語の習得に時間を割いていたので、最低限読める。しかしどうやら、異世界転移者に文字の読解ができない仕組みになっているらしい。原理は不明だとのこと。


「ミナミさん、二カ月でここまで読めるってすごいです」


 カタリナがまばたきして感心したようにわたしを覗きこんだ。


「わたしのいた世界でいろんな言語を勉強したから、パターンを覚えればあとは単語だけの問題で」

「なるほど。ミナミさんはあちら側でさぞ優秀だったのでしょうね。こちらの世界でもきっと、その努力の才は開かれるはずです」


 カタリナの言葉になんだかくすぐったくなって、わたしは口元を持ち上げるだけで精一杯になった。努力、なんてキレイなものではない。そう自嘲気味な感想をわたしは胸にとどめて、営業が終わってから毎夜本と格闘した。


 どうやら、わたしが思い描いているものは実現できそうだった。週に一度王都に向かい、魔法についての座学をカタリナから学んだのち図書館で借りた書物から歴史と背景を学ぶ。そうするとわかってきたのは、魔晶石の調律と、属性についての違いだ。古代中国に端を発する自然哲学の思想――五行ごぎょう――と呼ばれるものに近い。それに加えてファンタジーゲームにあるような闇と光の魔法があるようだ。カタリナが言っていたように現象の再現と悪魔を殺す魔法、神を殺す魔法。それらははるか二千年もの歴史をさかのぼり、争いのたびに進歩していったという。そして各地にある魔晶石の属性は気候によって変化をし続けていて、それぞれに属性という性質を持っている。


「へえ。リバープールはレーエンなのね。流れ、つまり水属性みたいなものか」


 わたしは日々営業が終わって本を読む。魔道具の一つのガラス細工のランタンが時おり揺らめいて、わたしに眠気を誘う。明日は営業後に王都に行って、ガラス細工の職人と、精油を作る職人にアポを取って、次の王都に向かうときには打ち合わせができるようにしなければ。わたしの頭の中のスケジュール帳はいっぱいになっていた。そろそろ予定表も作らなければならないほどだ。


「でも、これなら行けそう。次はサイさんに会えるようにしなきゃ」


 その日はそのままテーブルで寝てしまった。


 野鳥の鳴き声で目を覚ましたときにはタオルが肩にかけられていて、わたしはルイスを今日もたたき起こしにヒールの踵を鳴らす。






 約二週間が経過した。その間、理論を構築する書簡のやりとりが何度もカタリナと行われ、カタリナは王都で職人との間を持ってくれた。さまざまな業務がある中で、合間を見て、だ。カタリナにもルイスにも、いろんなひとの協力があった。理論上可能でも、実際に行う魔晶石の調律と量の調整、そもそもどれだけの効果があるのかを魔物討伐ギルドの人たちの力を借りて何度も議論を重ねた。


 わたしは夢中になって集中し、ほとんどの日々をテーブルで眠ることになっていた。それでも日々の業務も変わらず行わなければならない。まだ閑古鳥が鳴くお店でよかったくらいだ。


 そうして二週間が経過して、わたしとルイスは王都に向かう。例の客人の元を訪れることになった。サイのことだ。ルイスは彼の魔力を登録していたらしく(アドレスのような使いかただと思ったが、会話は登録の定型文的なものでどちらかといえばひと昔前のポケベルに近いようだ)、サイと時計塔の前で待ち合わせする流れになった。


「王都、来るのあれだけ嫌がってたじゃない」


 中央の噴水のベンチに腰かけて、右側に足を開いて座っているルイスに声をかけた。するとルイスは肩をわずかにすくめてこう答えた。


「まあ、それなりにいろいろあるんだよ。ほら、この髪色も目立つだろ」

「たしかに、ね。ほら、いらっしゃったわ」


 わたしはなんとなく国王から聞いた話を思い出す。しかし今は客人だ。ルイスから視線を外して、茶褐色の肌に金色の髪をした男性の姿に腰を浮かせた。軽く会釈をするサイに、わたしは少し深めにお辞儀をする。


「サイさん。お忙しいなかご足労いただきありがとうございます」

「いえいえ。僕のほうこそ少し遅れて、結構待っていましたか?」

「いえ、今きたところです」


 わたしは首を横に振って応じた。ルイスに目配せして「ほら」と指示を出す。ルイスは今にもあくびをしそうな緩い姿勢で指先から光を発して、小包こづつみを取りだした。わたしはそれを受け取って、近寄ってきた彼に差しだした。


「こちらはバッファで作った紅茶です。よければ宿でお飲みください」

「え、いただいていいんですか。ありがとうございます!」


 サイの表情がパッと明るんで、わたしは内心ホッとした。わたしたちはそれから街の中にある飲食店に移動することになり、入ったお店の椅子に腰を下ろす。


「それで、まさか本当に完成したのですか?」


 サイは前のめりに聞いてきた。わたしは小さくうなずき、ルイスに再び目配せした。ルイスが荷物を魔法によって運んできてくれていたのだ。目の前に小さな包みがあって、それをわたしが開きながら慎重に言う。


「ええ。でもまだ試作品で、街の魔物討伐ギルドにも効果を確かめるようにいくつか手渡しているところです。こちらが、魔物よけディフューザー、グリーンヴェールディフューザーです」


 わたしは紙で包まれた開発したての商品を彼に見せることとなる。少しばかり、わたしの背中の三本の矢に緊張感が走る。




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