第7話 魔法解説とカタリナ
お店の周囲は元々草木が生い茂っていたのだけれど、わずか二カ月の間に業者が伐採して、ぽっかりと開いた空間があった。ここであれば被害はあまりないだろうとカタリナが言うので、わたしは対峙した二人を少し離れたところから見つめている。
「それじゃ、解説しながら模擬戦闘をするので、見ていてください」
「俺は同意したわけじゃ」
と、不服そうにルイスが言った。
「ルイスが相手なら、情けは必要なさそう」
カタリナはルイスの言葉を無視して、彼女の頬が持ち上がる。カタリナがわたしに話しかけるときと、ルイスに対する扱いはよほど違う。幼馴染、と言っていた。わたしは少しばかりうらやましく思った。年齢も近いのだろう、その二人の関係性みたいなものはいつかの私にもあったはずで。
「ミナミさん。魔法というのは超常現象みたいだけれど、別の角度から見ると」
カタリナはそこで一度言葉を区切った。そして体、主に骨盤――丹田に近い場所――に力を込めたように見える。右足を一歩引いて姿勢をかがめる。その瞬間、彼女の手に木製の杖が光とともに現れて、カタリナの手に握られた。一方、ルイスは目を細めてやる気のないように見えるが、カタリナ同様腹部から少し下にクッと力を込めていた。
「基本的には魔法はこの世のことわりを借りて巨大化したもので、ディバイン・ノヴァ」
カタリナが言いながら杖を構え、魔法名だろう単語を口にした。途端、杖の先に幾何学模様が現れて熱風がわたしの頬を突き抜けた、と思った直後のことだった。一直線に黒い光と思しきものが猛スピードでルイスに向かって放たれた。カタリナのホワイトヘアとローブが揺れている。映画で見たことのあるような展開とはいえ、わたしはさすがにルイスの心配をして目を滑らせる。しかしルイスはまったくの無傷だった。周囲は焼け焦げてプスプスと音を立てて残り火が燃えているのだが、ルイスの周囲のある一定の空間を避けているように見える。
「いつもなんなの。王宮魔導士の私を超えて、王家に伝わる防御術を詠唱も杖の媒体もなしに弾き消してしまうんだから」
「カタリナ、お前、お前、俺を殺す気か! 上級魔法をいきなり使う実践があるか!」
上級魔法だったのか。わたしはそういう感想しか抱けない。
「あら、そんなに威力強かったかしら」
おとなしい性格とあどけない見た目に反して、カタリナは思ったよりも過激かもしれない、とわたしは思った。
「ディバイン・ノヴァなんて超上級魔法だろ!」
「だってミナミさんに説明しなきゃ。じゃ、次行くわね」
なんだかカタリナから私怨のようなものを感じはじめ、わたしは好奇心よりもルイスがかわいそうに思えてきた。しかしルイスも魔法を扱うことには一流だということはわかった。なにせあの威力の魔法をなかったことにできるのだから。
「ミナミさん。次はすこし本気を出しますから、注意してよく見ててください」
カタリナが冷静な口調で言って、杖を両手で構え直す。再び右足を引いた直後、カタリナの周囲に淡い白い光がまたたき始める。恐らく集中しているのだろう。わたしは好奇心もそうだが、この光景にキレイだと思った。カタリナは軽くわたしに目配せして、こう続ける。
「この世界の魔法は大きく分けて二種類あります。現象の再現、そして」
彼女の視線がルイスをとらえ、言葉が区切られた。そして光は徐々に大きくなってゆき、
「悪魔を殺す魔法、アストラーク」
とカタリナの口が滑らかに動いた。その直後、カタリナの周囲に白い幾何学模様がいくつも浮かび上がったと思ったときには、光の矢が放たれる。「お前! くそ、マ――」ルイスの声もかき消されるほどの地響きと共に、まばゆい光に包まれ大気が震える。肌にビリビリとした感覚が伝わって、わたしは思わず腕で視界をおおった。鼓膜が破れるかと思った。
「ふう。これが、二つ目。対魔族用の攻撃魔法」
カタリナはやり遂げた、みたいに清々しい表情でわたしに微笑んだ。いや、そのやり遂げた表情はダメでしょ。わたしは思わず心の中で思ったが、あっけに取られてなにも言えない。ルイスは大丈夫なのだろうか。わたしは彼の心配をした。
「お前な! 俺じゃなかったらさすがに命が何個あっても足りないぞ!」
しかしまたしてもルイスは無傷だった。なにが起こったのかはわからない。先ほどのように魔法を弾いたような感じもない。
「灰になってなかったの。わたし、もう一つ秘密裏に開発した魔法があって」
「いやいやいや、降参! まいった、もう無理だあー」
カタリナの足がルイスへと向かう。しかしルイスは両手を上げて必死に止める。そこでようやくカタリナは足を止めて、一つ息をついた。
「お前相変わらずだな。悪魔の、魔族対策の魔法を俺意外に使ってないだろうな。むしろ悪魔はお前なんだよな」
「あら、ルイスこそ相変わらず攻撃できない弱虫は変わってないのね。自分を守ってばかり。よく裏庭でじゃれて魔法でおいかけっこして勝敗が決まってないこと、忘れてないわ」
つまり、ルイスは守りの魔法に向いていて、カタリナは攻撃魔法に特化している。じゃれてという次元の話ではないことくらいわたしにもわかって、それをルイスが代弁する。
「じゃれてって、ソイツの前だからってかわいく言うな!」
「じゃあ負けて?」
「それはつまり命を落とせと言いたいんですか」
ルイスの言葉もさほど気に留めた様子もなく、カタリナはわたしに向き直った。
「とまあ、魔晶石がなくても体の内側にある魔力循環と、マナと繋がることでこのように現象を再現できます。二つ目の魔法に関しては、また構造が違うのですが」
カタリナは淡々と言って、白い長髪を片耳にかけた。彼女が杖を離すと消えて、それからとつけ足して続けた。
「人によって魔力の質が違いますから属性の向き不向きも発生します。つまり、生まれたときから魔力の性質や属性は決まっている。これにより、自分の魔力供給だけでは使えない魔道具があるんです。しかしリバープールは一つの魔石によって魔力を補っているので、その効果のおかげで誰でも魔道具が扱える。そういう仕組みです」
なるほど、国ごとに属性や性質が違う。まるで海外旅行にいくときのコンセントや電圧の違いのようだ、とわたしは思う。なにやらもともとわたしがいた世界と、この世界とではさまざまな違いはあれど、基本的に理屈は似ているのかもしれない。
「でも、素直にすごいわ。びっくりもしたけど、感動した」
わたしは素直な感想を述べる。すると、カタリナは驚いたように目をまたたかせ、
「それじゃ、ルイスにもう一つ魔法を浴びせましょうか」
「いえ、だいじょうぶよ。その辺にしてあげて」
思わず止めた。ルイスがさすがにかわいそうだ。
「ミナミさんが言うなら、わかりました」
カタリナはそういって、炭酸の抜けたコーラみたいな反応をした。口で説明もできたが、わたしは魔法というものをもっと見たかった。いま、わたしの頭の中には聞きたい質問でいっぱいだ。商品開発にも役立つだろう。そう、予感があった。