第4話 国王からの手紙
サイを見送ったのち、わたしたちは客のいなくなった店内に戻る。
「ねえ商品名はさすがに覚えて、って郵便だ」
唐突にカランカランカラン、と三回ベルが鳴って一通の手紙が転送されてきた。転送魔法のついた郵便ポストはコストが高いからと思って一度は反対したのだけれど、こんなに便利だとは思わなかった。いわゆるメールやショートメッセージ機能みたく使える。
重工な厚みのある封筒は、ヤスダミナミ宛てだった。わたしの元に手紙が届いた。どういうことだろう。送り主の名前は書かれておらず、ひとまずわたしは中身の確認を最優先した。封を開くと、男性の顔写真がいくつも入っていて、一枚の紙が直筆で文字が書かれているではないか。その時点である程度の想像がついてしまうわたしもわたしだが、ひとまず中身を確認する。内容はこうだ。
〈直筆:国王のエルンスト・ハイデン・ラファエルだよ。元気にしているかな? 要件として、今からでも遅くない。お見合い相手でも探して、ゆっくり過ごしなさい。一度顔を見せてくれると嬉しいから王都へいらっしゃい。街はずれで過ごさなくても、パフェでも一緒にどうかな。ミナミのためならいつでも時間を作るよ(ウインクのイラスト)〉
「って、あの王様なんなのよ。たぬきオヤジ!」
わたしの口から飛び出したのは本心で、二か月前もそう言ってお見合い相手を紹介しようとか言って写真を何枚も部屋に持ってきた。だからわたしは無感情を装ってその手紙を半分に破こうとしたのだが、その途端に光が舞って文字が手紙から躍り出た。空中に浮かぶオレンジの光が、文字を映し出す。
〈追記:この手紙を破ったり燃やそうとするとこのメッセージが表示される魔法を施してあるよ。必ず首都には来るように。これが見えたってことは、ぴえん、王様泣いちゃう〉
そうだ。そうだった。わたしが二か月前お見合い相手の写真を破くたびに、エルンスト国王陛下のメッセージが表示されていた。思わず額に手を押し当てて、ため息がもれる。典型的なおじさん構文に、わたしは目を細めて呆れ果てる。ぴえんって、なんだ。ひと昔前の女子高生かよ。思わずそういう俗世的な感想を心の中でつぶやいて、再びため息をついた。
わたしは何度でも出てくるため息をなんとか腹の辺りに落として、ルイスに向けて口を開く。
「ルイス、用事を早く済ませたいから今日は店を閉めて王都に行きましょ、う」
思わず言葉が途切れてしまった。彼の表情が明らかに曇っていたからだ。
「どうしたの?」
「なんでもない。王都行くなら、準備しなきゃだな」
いつになく冷静な口調で言って、バックヤードに戻ってゆくルイスに、わたしはこれ以上口を開かなかった。ぽつりと取り残されてようやく、独り言がもれる。
「なんでもないって顔じゃ、なかったけど」
少しばかり、ほんの少し、彼のことが心配になった。
そういえば、わたしは彼のことをまだほとんどなにも知らないに等しい。
王都リバープールは、わたしたちが構えている店から片道三十分ほど歩けば到着する。中央の一区から十区を中心に、円形に作られた街の城壁は、このウエストツリートップストアからも望めて、半径五十キロ以上もある大きな都市だ。その街道を、わたしたちはゆっくりと進んだ。なんだか足取りが重い、のはわたしだけではないようで、ルイスもどこかうつむいたり空を眺めたりとぼんやりとしている。そういうわけで、週に一度の買い込みと仕入れ、商談を兼ねた日以外はほとんど訪れることのない王都に到着した。
「ミナミさま、おかえりなさいませ!」
街並みを見ようとしたのだけれど、わたしはやはり黒髪で目立つだけあって王国の騎士に見つかってしまった。保護された当時、護衛をしてくれていたミルダンだ。魔力を装填した車に似た箱型の乗り物――ウインドウドロップ――に乗せられ、一気に到着したのは一区の真ん中にある城の前の広場だった。ルイスは街を適当にぶらついているから、と言ってすぐに逃げるように離れてしまった。スマホがない以上、位置情報は魔力登録した先に向く指輪だけが頼りだ。コンパスみたいな仕組みで、わたしはひどく感激した。
守衛の人に会釈をして、案内される途中のことだ。広場の剣を片手にかざした銅像――勇者・コンフィネル――がひび割れていて、大戦はこの内側まで広がっていたことを示している。修復はほとんど終わっているが、大戦の傷を忘れないようにとこの銅像は直さない方向でいるらしい。
「ようこそミナミ! 今日もカワイイね」
謁見の間へと通されて、複数の騎士たちと赤い絨毯、それから数えるのも疲れるほどの柱の数々の間をわたしは通った。相変わらず荘厳な造りの謁見の間に、国王は既に座っていた。ヒゲを生やして杖を持った初老の姿はファンタジー映画さながらだったが、エルンスト国王陛下さまに向けてわたしは冷ややかな声で応じる。
「それ、今どきセクハラって言うんですよ」
「せくはら?」
またか、と思った。こちら側の専門用語はこの世界では通じない。
「セクシャルハラスメント。この世界にはコンプライアンスとかないんですか。マナー違反ですよ」
「まったく、ミナミは面白いことを言うね! ワシにはまったくわからない言葉を知っている。パフェとお見合いをする気になったのかい?」
エルンスト陛下の言葉に、わたしの肩に一気に重力がのしかかって、姿勢を崩してしまいそうになる。それをすんでで我慢して、再び頭のてっぺんから糸が通されたような感覚の中で背中を伸ばして続ける。
「私は仕事一筋に生きるつもりですし、そうして生きてきたと何度言えばわかってくれるんですか。国王陛下さまみたいに、椅子に接着した人みたいになりたくないので」
「酷い言いかた。しょぼん。でもいい年した女性が恋の一つくらいしてもバチは当たらんだろうに」
そういう心配をしてくれるのは素直に嬉しい。しかし、わたしが望むのはそこではない。
「向こうの世界では苦労していただろうにね」
「人の記憶を勝手に覗かないでください」
エルンスト陛下の唐突な言葉に、わたしは思わず鋭い目つきで彼を見すえる。すぐにはっとして表情をいつものように穏やかに戻すのだが、しばらくの間張りつめた沈黙が流れた。しかしエルンスト陛下は気にした様子もなく、パッと表情を明るめてこう続けた。
「それはそうと、ルイスが世話になっているようでね」
思わぬところに話題が飛び火した気がして、わたしは目を丸くする。
「ルイス? どうして彼のこと」
「ワシ、アイツのお父ちゃんだからだよ」
ナチュラルな口調、自然な流れでエルンスト陛下はそう言った。言葉をのみ込むまで数秒かかって、頭で理解した途端、
「は?」
と、わたしの脳内は唐突に脳裏に浮かんだモヤシマシマシ家系ラーメンで埋め尽くされた。




