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キャリアウーマンに異世界スローライフは似合わない!  作者: 日高 章
一章 ウエストツリートップストアへようこそ!
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第3話 冒険者の悩みごと



 ルイスが慣れない手つきでカップと紅茶を運んできた。お客さまの目線に合わせて慎重に紅茶を注ぐルイスの姿に思わず笑ってしまいそうになるのを、寸前で留める。ルイスが目を細めてわたしをにらんできた。わたしは「ありがとう」と言って、男性を見る。


「まず、僕は旅をしながら地図を作っている冒険者のサイです。王都リバープールにしばらく滞在しようとしていた途中、ここを見つけたので寄ってみたんですけど。好みのツリーハウス型で、好奇心が抑えられなくて寄って、そしたらこんなに素敵なお店だったので」

「そう言っていただきありがとうございます。まだ客足も少ない小さなお店です」


 わたしは周囲を見渡して言った。実際その通りで、王都から離れた場所へわざわざやってくる人なんて滅多にいない。日用品が近くのコンビニにあるのに、歩いて三十分のスーパーの安売りにわざわざ徒歩で行く人は少ないだろう。商品の仕入れと開発によって、大きな借金を抱えているのが現状だ。


 それはさておいて。


「それで、相談というのは?」

「そうでした。ついつい話が逸れちゃって。これだけのアイデアを詰めた商品をそろえているお店だからこその相談なのですが」


 一度言葉を区切ったサイは、視線を伏せて続ける。


「最近、魔物の動きが活発になっています。大戦中に放たれた魔物の影響でしょうね。それらが今、いたるところで作物を荒らしていたり、人を襲ったりしているんです」


 わたしはひとまず、サイの言葉に区切りがつくまで待った。そのかたわらで、ルイスがわたしの横に腰をかける。余計な一言がなければいいのだけれど。少しばかり心配になったが、サイの言葉の続きをさらに聞く。


「単刀直入に言うと、簡単に持ち運べて、なおかつ魔物を退けられるものを作れないかということです。魔除けの宝石はたくさんありますが、結局宝石の類だと遭遇を避けては通れない。魔除けも完全ではありませんから、遭遇しても襲ってくる魔物もいるわけです」

「なるほど、確かに魔物の動きが活発化しているとは耳にしていますね」


 王都や兵士たちの間でもその手の話題は浮き上がってきているようで、わたしはこの世界にやってきたばかりのころ、世間話を耳にしていた。わたしは今現状知っている知識で話を進める。


「ただ、この世界の大半が魔力によって動いている今、都市や村には必ず地下に巨大な魔晶石があります。その調整で地脈を通じ、国一つの魔力を補っているんですよね」


 つまり、Wi-Fiのようなものだ。電波の届かないところに行けば、魔力の供給は断たれ、その人の魔力を消費するしかなくなってしまう。さらには、魔晶石に手を加えて魔物の嫌がる魔力に調整しているらしい。わたしはひとまず続ける。


「持ち運びができて、強力で、となると魔法の素質がある人物がいなければ成立しないのが現状ですよね? もしくは、魔晶石が採掘できる現場であれば、ということです」

「そこを解決できるなにかがあれば、と思っていまして」


 わたしには全くの専門外のことだった。そもそもこの世界にきてまだ二カ月ほどしか経過していない。この世界についての知識は少ない。


「確か、街の魔晶石は人の体に合うように魔力の調律がされているはずです。魔晶石はある程度は採掘され尽くしているとされますが、地層の中に微細な粒子はいたるところに残っていますよね。けれどそれは魔物も好むものなので、魔除けには程遠い」

「あれ、でぃふゅーざー? だっけ」


 とつぜん隣に座ったルイスが商品棚を見つめながら口を挟んできた。商品名くらいきちんと覚えて、それに敬語は使って、と内心思いながら「そうだけど」と冷静に答える。すると、ルイスが腕を組んでソファに背中を預けながらこう言った。


「使えるんじゃないか、これ」


 ルイスの思いがけない言葉に、わたしもサイも驚いて反応が遅れる。


「たしかにこういう拡散タイプのものがあればいいのです! 野営とかにも扱えるので!」


 サイの言葉に、わたしは口元に手を近づけて考える。たしかにもう少し巨大であれば可能だが、精油には限りがある。それをどうにかできる手段があれば現実的かもしれない。半永久的に使える、なにか。


「そうですね。ひとまず王都にしばらくいるのであれば、少しお時間をいただけますか?」


 わたしはいったんこの件について預かりたいと思い、提案した。サイは問題ないという風に表情をほころばせる。


「僕はしばらく王都リバープールにいるので、そうだ、これ、私の魔力を込めた住所です。って、いまさらですがあなたは異世界転移者ですか?」

「そうですよ。だから魔法はてんで使えなくて」


 サイの質問はわたしがこの世界では珍しい黒い髪をしているからだろう。わたしの答えにサイは目を細めた。


「そうでしたか。大変だったでしょうに。指輪タイプのものをお渡ししておきます。これで大まかな位置は特定できるはずですから、なにかあれば」

「もしなにかあれば、俺が対応すればいいんじゃね?」


 またしてもルイスが言った。サイがルイスを見る。観察するように、全身をくまなく見つめたのち、こう言った。


「キミの魔力はすごく、キレイな流れをしているんだね。髪の色によく出てる」


 サイの言葉にルイスは少しばかり得意気に唇の端を持ち上げた。それだけではなく、わたしに向かって横目まで向けてくるではないか。わたしはあえてルイスに反応しない。


「とにかくなにかあったら俺から連絡するよ」


 そう言って、目の前で小さな光が点滅した。魔力の登録、つまりアドレス交換みたいなものだろう。


「お手数ですが、お願いします。僕はそろそろ行きます」


 なんともルイスに手柄を横取りされたような気持ちになりつつも、わたしとルイスはサイを見送ることにした。帰り際、サイが思い出したように言う。


「でもおかしいですよね」


 わたしはサイの言葉に瞬きで返す。サイは首をかしげながらゆっくりと、


「大戦中は異世界転移者の力を使って、大戦を終結させてたはずですし。なんで魔力回路が開いていないんだろう」


 自然な口調でそう言った。わたしはこの世界の大戦のことをあまり知らないが、異世界転移者の存在が、大戦終結や兵力として役立っていたという話は聞いている。それを思えば当然の疑問だった。


「あ、いや、すみません! とにかくよろしくお願いします。お礼はさせていただきますので!」


 サイは申し訳なさそうに頭を垂れて、お店を後にした。その後ろ姿を見送って、ルイスはこう言った。


「俺、結構才能あるんじゃね?」

「そうだとしても、お客さまの前では敬語、使いなさいよ」

「わーったよ、かてえなあ」



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