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第14話 異世界転移者のなぞ




 パレスの言葉にルイスの表情に陰りが見えた。もうすでに二人の間は混線していて、火花がわたしの目には見えている。ひとまずわたしはこの空気を少しでも換気できればと思い、さっそく本題に入ることにした。


「それで、パレス皇太子」

「構えるな。パレスでよい」


 わたしの気遣いに、パレスはルイスから完全に視線を切り離したようにこちらを見て答えた。わたしは彼の言葉に素直に甘えることにした。


「では、以後パレスさんとお呼びさせていただきますね。今日はどのような要件でしょうか」


 わたしはひとまず彼を真っすぐに見つめて言った。するとパレスは両ひじをテーブルに乗せ、手を組んでじっと見つめ返してくる。わたしは一つ、呼吸をお腹の辺りに落として慎重に彼の青い瞳を見つめる。パレスの肩越しに、騎士団の護衛だろうか、するどい視線を複数感じる。一人、二人、三人、とわたしはパレスを見つめながら視界の端に映る護衛の数を心の内で数えた。


 不意に、パレスが腕を解いてウエイトレスと思しき人に手を挙げた。ウエイトレスの女性が近づいてくる間に、パレスはこう切り出した。


「お酒は飲めるか? そうかしこまらなくていい。悪い話ではないだろう」


 そう言って、彼はウエイトレスの女性に目線で合図を送る。ウエイトレスの女性は視線を伏せて頭を垂れたのち、一直線に戻って行った。ひとまずわたしはパレスの言葉に返す。


「たしなむ程度であれば、飲めますよ」

「それならよい。ちょうど今年はワインの出来が良い。それを頼んだ」


 ワイン、と聞いてわたしは少しばかり興味が引かれた。しかしいまはそのエサに食いつくタイミングではない。わたしはまだ、彼の本当の目的を聞いていない。


「俺には聞かねえのかよ、空気かよ、ああそうかよ」


 不意にルイスが懐からアイスピックを持ちだしたように冷たい声を発した。「ちょっと」とわたしはたしなめるのだが、それをパレスは「問題ない」と制止した。それから一拍後、ものすごく長い時間を詰め込んだように感じる時間を経てパレスが言う。


「お前はここになにをしに来た。喧嘩をふっかけるしか能がないのか?」

「なにが言いたい。兄貴こそなんの用があってコイツをディナーに誘うんだよ」


 ルイスの刃先が徐々に鋭くなってゆくのを感じはじめたとき、パレスの口から予想だにしない言葉が投げ出される。


「それはもちろん、婚約の話があるからだ」


 まばたきしていたのはわたしだけではないはずだ。わたしは目線を宙にさまよわせたのち、ゆっくりとルイスを横目で見た。ルイスもまた、言葉を失っている。わたしの頭のなかでチカチカと光が明滅して、一瞬でさまざまな用意していた覚悟が吹き飛んだ。顔をしかめて、わたしはパレスを見つめる。


「それは、どういう」

「お待たせしました。今年収穫されたグレイプによる、最高級ワイン、ホワイトグレイプ・トニー。グラスに注がせていただいてよろしいですか?」

 わたしの疑問にふせんを貼ったのは、ウエイトレスの女性だった。

「いや、こちらで注ぐ。問題ない」

「わかりました」


 なんともこのウエイトレスの空気の作りかたと、間の使いかたがうまい。違う、いまはそれどころではなくって。わたしはウエイトレスが下がったタイミングでグラスに白ワインだろうか、それを注ぐパレスに確認を取った。


「今、婚約の話とおっしゃいましたか? 以前国王陛下から何度もお見合い写真を送りつけられ、そのたびに断っていたはずですが」

「それも父上からは聞いている。そのうえで、だ」


 パレスの言葉が一度区切られて、ワイングラス三つに注がれる様をわたしは見つめる。視界の端でルイスは言葉を失って、視線の先を探しているように見えた。パレスは一度ワインをテーブルに置いて、おそらく水属性の魔法だろう、指先の光をワインボトルに移した。


「この世界ではなぜ、異世界転移者が特別視されると思う?」


 不意な質問だった。グラスが手元にスライドされて、わたしは一つ唾を飲んでからゆっくりとグラスを手に取った。


「この世界ではなぜ、異世界転移者が、特に黒髪に黒い瞳を持つ者が目立つと思う?」


 グラスをかかげるので、わたしはグラスをテーブルの中央に近づける。ルイスはグラスを持とうともしていない。


「それは、わかりません」

「答えはいたってシンプルだ」


 わたしの弱々しい言葉に、パレスは顔色ひとつ変えることなく言って、さらに続ける。


「体の魔力回路が開かれていないということは、少なからず無限の魔力を蓄積しているということだ。その魔力回路を開いて、魔法を習得させれば、大きな戦力となり、脅威となる」

「それって、つまり人間兵器ということですか? そんなこと」

「聞いていない、だろ? この情報は世間にも伏せられている」


 もし仮に、その話が真実だとすれば、当然ながらこの世界には無理矢理魔力回路をこじあけられてきたあちらの世界出身者が多数いるということになる。わたしは言葉を失って、思考の世界に逃げ込もうとしていた。そもそも、わたしはこの世界のことをあまり理解していない。大戦についても、なにも知っていない。


「だからこそ、父上があなたに望むのは、大戦が終結した今の日常を堪能しろということなのだろう」


 わたしの思考の波を読んだように、パレスは言って、ワインを一口含んだ。それからグラスをテーブルに置き、わたしはグラスを手にしたまま固まっていた。


「異世界転移者に対する仕打ちへの免罪符だろうな。この世界が今ヒトの手にあるのは、あなたたち異世界転移者のおかげと言っても過言ではない。その上に、いまの私たちがいるのだ。そうだろう、ルイス」


 突然言葉の先がルイスに向けられた。ルイスは黙ってうつむいているだけで、わたしはにわかに信じがたい真実にどこから情報と目的を整理すべきか迷ってしまう。


 つまり、エルンスト国王陛下から届いていたお見合いの話も、きっとそういうことなのだろう。聞きたいことは山ほどあった。しかし、どこから釘を打てばいいのかわからない。わたしはひとまずパレスの目を慎重に覗く。


「今日の目的は、婚約話とおっしゃっていましたよね」

「そうだな。だから、わたしと誓いを交わして、ウエストツリートップストアのすべての権利を国に引き渡してもらえないかと思ってな」


 パレスは当然のように言って、唇の端を持ち上げてわたしを見つめた。まるで、わたしの後ろ側まで貫くような視線に、ただ顔をしかめるしかなかった。




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