第13話 パレスとルイス
接客に置いて一番重要なのはお客さまが気づいていない本当の目的を引き出すことだとわたしは思っている。目的が定まっているお客さまは一定数いる。しかしなんとなく見にきた場合、それからウインドウショッピング。最後の二パターンのお客さまには特に注意が必要である。なにせ、購入を無理矢理させられたと少しでも感じれば、リピートが難しくなるからだ。「お客さまにお似合いになると思います」の言葉は特に危険で、わたしならそれをあまり使わない。もし本心であるとするならば、「お似合いになってらっしゃいます。お客さまはとくに体のバランスも良いので、このドレスのウエストラインが際立って見えるので、お気に入りの一着になるのではないかと」と、具体性を高めて言う。
今日のわたしの配置は二号店で、ルイスもまた同じだった。接客をしている姿を動的待機といって、商品をたたみ直しながらチラリと見る。
「こんにちは。よろしければ、あの、お手伝いいたしますのでお声がけください」
ファーストアプローチをかける。客の女性は頬を赤らめながら軽く会釈をして店内を見渡す。それをルイスは時おり作業をするフリをしながら移動し、お客さまの斜め後ろ、視界にわずかに入るくらいの位置へと動く。人間の本能は背後に立たれると警戒するものだ。それをわずかに軽減し、なおかつ商品に集中でき、さらには声をかけやすい位置とされる。
わたしが叩き込んだ通りに守って仕事ができているので、内心ホッとする。結果としてセカンドアプローチで商品説明に入ったころには、女性客に三点ほどまとめて購入いただけた。ルイスの場合、女性客も男性客も懐に入るのがうまい。整った顔立ちというのもあるが、彼の性格だろう。以前酒場でタバコを仕入れたときのように。やればできるんだから。わたしは心の中でそう思う。
「売れたわね」
「まあ、まぐれだよ」
わたしの言葉にルイスはそう言って、あまり成果を認めない。彼の劣等感が王族一族というだけでなく、仕事や生活からも垣間見えていた。なによりも。今日は例の人と会う日だ。ゆううつそうな表情も無理はない、と思う。しかし、譲らない。
きっと、彼には必要なことだから。
十八時になるとわたしとルイスは先に仕事を上がることにした。それから街の五区、商業施設や職人の街と呼ばれるパルタウンに到着する。ある人を待つために、先にお店に入っていてくれと手紙で伝えられ、わたしとルイスはレストランの中に入る。
「なんで俺が来なきゃいけねえんだよ」
「仕事の一環よ。個人的な感情はできる限り控えて。いろいろあるとしても」
席に案内されて、ルイスが椅子に腰かけるなり目を細めて言った。だからわたしはすぐに言葉を返すのだが、不服そうなルイスは腕を組んで首を垂れる。よほど嫌なのだろう。
わたしはルイスの様子から目を離して店内に視線を向ける。キレイなガラス細工のシャンデリアに、天井の高い店内は解放的で、その下にいくつもテーブルクロスがかけられた机と白い椅子が並んでいる。フランス料理屋的な感じで、庶民が気軽に来るような場所ではないということだけはわかった。ドレスを見にまとった女性とフォーマルな格好の男性の組み合わせが多く、おそらく貴族と呼ばれるひとたちだろう。席はほとんど客たちで埋まっていた。
不意に入り口の辺りで声がしてざわざわとした声が波紋のようにわたしたちの元まで広がった。「はあ」とルイスのため息を耳でとらえながら入り口を見つめる。すると、そこには黒いタキシードに白いシャツとベスト、首元にはアスコットタイ――スカーフのように横拡がりのネクタイ――という格好をした、高身長の男が立っていた。その男、パレス・ハイデン・ラファエルがわたしに気づいて店員に案内されながらやってくる。
「遅くなってすまない」
「いえ、わたしたちも今来たところですから。お気遣いいただきありがとうございます」
わたしは椅子から立ち上がり、パレスが差し出した手に握手した。それで、とパレスが切りだして続けた。
「どうしてソイツがいる」
「研修です」
わたしはハッキリと言い切って、パレスは不服そうにルイスを睨みつけた。
「邪魔はするなよ」
その一言で、この席には緊張感がほとばしる。