第12話 星空の下の夜道でのこと
ルイスとはもうじき一年近くの付き合いになる。ウエストツリートップストア一号店であるツリーハウスに別々の部屋を用意して住んでいた。わたしは二号店、三号店へ向かうために毎日王都まで通っているのだが、帰るのはおよそ八時過ぎで周囲は真っ暗になった頃だ。時おりルイスが一号店の締め作業を終えて迎えに来てくれる。今日がその日だった。
「おつかれさま」
「おつかれ」
軽い口調で言って、ルイスも軽い口で返して隣に並んで歩く。ルイスは歩幅を合わせて歩いてくれる。わたしのことを心配しているのだろうか。そういうところには気が回るくせに、毎朝ヒールが折れるほど鳴らして階段をかけあがる習慣は直っていない。
「今日の売り上げはどうだった?」
「二号店、三号店が開いてからはずっと右肩下がりだよ。けどまあ、そりゃそうだよな」
「そろそろ、差別化を図らないとダメね」
わたしは暗闇を照らすための魔道具のランタンの光の揺らめきを見つめて言う。
「そうだ。今日ね、次期国王のパレスさまが来たの」
「へえ、そうなんだ」
「うん。外商カードとカスタマーカードを書かせた」
ルイスはどこか他人事の口調で物事を進めようとしたのをわたしは感じた。「あのさ」とルイスが切りだす。わたしは整備された道と、風に揺れる木々のさざめきの隙間から「どうしたの」と言って、彼の言葉を待った。
「ちゃんと話してなかったと思うけどさ。俺の髪で気づいてるかもしれないけど、ソイツとさ、俺、家族なんだよ。俺がいなくてよかった。危うく喧嘩になるところだった」
「うん、それは知ってた」
わたしは素直に打ち明けた。わたしの言葉にルイスはハッと顔を向けてきて、なんだ本当に隠せていたつもりなのか、と思うわけだが。とにかくルイスは動揺した様子で周囲に視線を泳がせて聞いてきた。
「マジ?」
「え。むしろ、わたしに隠せてるつもりだったの?」
「一言も言ってないから隠せてると思ってたんだけど」
どこまで単細胞なのかしら。わたしはそう思った。一つ呼吸を置いて、わたしは続ける。
「十カ月前国王様に会ったときから、アンタの居場所はバレてたわよ。あれから一つも手紙出してないの?」
「もう一生かかわることはないから、出さねえよ」
わたしの言葉にルイスは少しばかりムキになっているように感じた。
「俺はあの家族にとって、国にとってただの予備。パレスっていう大戦のときの英雄が今も生きてるんだ。もう俺みたいなスペアは要らねえだろうしよ」
ルイスの言葉にわたしはなにも答えなかった。答えられなかったのではない。答えないことにしたのだ。わたしに彼の心の内はわからない。それでもこれだけ一所懸命に働いて、今では接客も少しうまくなっている。言ったことをわからない人でもない。わたしにとって、大切な――仲間――だ。それを愚弟、出来損ないと言ったことを、忘れられなかった。きっとルイスはこういった話を切りだすタイプではない。溜め込むタイプなのだろう。だからわたしは聞き役に徹する。
「なーんだ、ばれてたのか。俺ってウソが昔から下手でさ、カタリナにもよく騙されて魔法で、ほら、前みたいにじゃれてって言ってた感じで勝負ふっかけられて」
ルイスは息継ぎに疲れた、みたいに言葉尻を弱弱しくして言った。それから歩きながら少し頭上を見上げ、わたしも同じように視線を空に向けた。星が瞬いている。王都の光も介さない、東京の空とも違う、正真正銘の夜空が広がっていた。不意に、ルイスは視線を戻して続ける。
「俺は勉強もダメだし、度胸もないし、大戦のときはさパレスと揉めたよ。どうしてお前は戦場に出ないのかって。だから逃げた。俺は、国とか戦争とか以前に、俺でいたかったんだと思う」
「それは、いいことなんじゃないかしら」
わたしは素直に感じたことをそのまま口にする。驚いた表情のルイスが視界の端に見えて、わたしはまっすぐ前を見つめて続けた。
「自分が何者であるかは自分自身が選ぶ。それに間違いはないと思うわ」
「王家の人間だとしても、か?」
「それ以前に、一人の人間であることには変わらないでしょ?」
そうか、とルイス。再びそうか、があって、スキップをしそうな勢いで、ランタンの光を映した横顔が明るんだ。そのタイミングで、わたしはこう言った。
「そのパレスさまから、ディナーを誘われているわ」
わたしはあえてその事実を隠さずに口にする。すると、明らかにルイスの表情がくもって、わたしを睨んだ。眉間にしわを寄せたしわが、彼の嫌悪感を明らかにする。それでもきっと、引いてはいけないと思う。わたしはもう果たせないけれど、彼は違うはずだから。
二人の間に流れた沈黙を、星空は眺めつづけているのだと思う。
そうしてわたしたちはウエストツリートップストア一号店の明りを見つけた。