第11話 兄パレスの誘い
パレス・ハイデン・ラファエルと名乗った次期国王の男は、切れ長の貫くような視線で周囲をみわたした。それからわたしの足元から頭のてっぺんまでを見つめ、一歩を踏み出す。彼は黒い軍服に腕に王家の紋章をつけて、腰には魔晶石が散りばめられているのだろう、剣が携えられている。自信に満ち溢れた姿に、彼はわたしの背中の三本の矢のそれと似ているものを持っている、と思った。しかしどうにも。ルイスと不仲ということは知っているからなのか、彼の口からトゲがもれているように感じた。とにかくわたしはこのウエストツリートップストア二号店の路面店を紹介することに集中する。
「一階には食品や雑貨類、日用品、魔道具の各種を取り揃え、珈琲や紅茶を楽しめるカフェスペースも設けてあります。二階は紳士服をメインに展開し、主にオーダースーツ、舞踏会や社交場用の衣装制作のプロたちが集まっています」
わたしはこの十カ月の間、ルイスの家族問題については触れていない。兄であるパレスは初めて会った。軍の指揮や演習に忙しいようだと国王陛下からは聞いている。それがまさか、突然の訪問になるとは。パレスの落ち着いた歩調と、ピンと張りつめた背中。それからすべてを射抜くような視線。これまでのお客さまとはまるで異なっていた。周囲の客たちの視線を一気に奪う。それらをものともせずに、パレスは店を見渡し続けた。
「いい店構えだ。品物の質も、見た目も良い。なにより魔晶石の処理がしっかりとされているな。しかし一部商品にはまだ改造の余地がありそうだ」
「ええ。まだまだ開発途中のものもたくさんありますから」
一目見ただけでここまで見抜かれている。たとえば大戦後の通信手段をより手軽にした端末、魔法通信デバイス、クリスタルコネクトは携帯電話の真似事だが、特定の人物にしか繋げない。わたしは冷静さを保って、メタリックシルバーの頭髪を後ろに流したパレスに目を向ける。するとパレスもわたしを見つめて、こう言う。
「ミナミ、貴殿のウワサはかねがね聞いている。たった一年弱でここまで商品開発と店を構える生粋の商売人だと」
「それは嬉しい限りです。次期国王さまのお耳にも入っていたようで」
わたしはひとつ、呼吸を開けて答えた。パレスは続ける。
「私がここに来た理由はひとつ。私とディナーでもいかがかな? ビジネスの話もある。一度は自分の目で確かめたかったのもあり、ここまで足を運んだわけだが」
「なるほど。商談であれば内容次第にはなりますがぜひ。しかしまずは」
わたしは一度言葉を区切って、スタッフに横目で合図して続けた。
「外商カードとカスタマーカードにご記入いただけましたら、後日連絡をさせていただきますので」
「外商カード?」
スタッフの一人が一枚の紙と下敷きを持ってきてくれた。わたしはそれを受け取って、ガラス什器の上に置いた。
「ええ。お客さまが転送装置をお持ちの場合のみ、魔力登録をさせていただいています。わざわざ当店へ出向かなくても、商品を直接お持ちして提案させていただくサービスが外商です。もちろん、当店のスタッフもしくはわたくし自身がうかがわせていただきます」
わたしはあくまで仕事でここに立っている。だから商談の話も気になっていたが、カスタマーカードと外商顧客を作ることで売り上げを上げたかった。
「なるほど。いいだろう。その迷いのない眼、気に入った」
パレスは了承し、カスタマーカードと外商登録を済ませてくれた。魔力登録を済ませ、それからパレスは側近と視線を合わせる。どうやら時間のようだった。
「またゆっくり品物を購入させていただきたい。最近はかなり多忙で、もう行かなければならないようだ。それから一つ」
一度言葉を区切ったパレスが眉間にしわを寄せて、声を低めて続ける。
「愚弟の甘さには、ため息が出るだろう。なにかあればすぐに言っていただきたい」
「ご心配いただきありがとうございます」
なにも、言い返すことはできない。あくまで今は店員としての立場がある。それからパレスは側近たちと共に姿を消して、いつもの店内に戻った。
次期国王のパレスをお見送りしたのち、わたしは真っ先にカスタマーカードを持ってカウンターの内側に戻った。わたしとパレスの会話を近くで見ていたブロンドヘアのジュイスが声をかけてくる。
「ねえ、さっきのあれ次期国王さまでしょ? ミナミさんすごい。気に入られてたじゃない。いいにおいしてたな。なんの香水だろ」
「正直わたしは苦手なタイプだわ。ルイスのほうがよほど扱いやすい」
素直な感想をもらした。いくら兄弟仲が悪いからと言って、あまりいい言葉の選びかたをしているようには見えない。
「そうなんですか? こんな機会滅多にないんですよ。この国の次期国王とこんな距離で会えるなんて」
ジュイスの言葉に、わたしは軽く吐息をもらしながらカードをキーロックのされた箱に入れた。ジュイスは淵眼鏡にブロンドヘアを後ろで結んだ、わたしと年齢が近い従業員だ。先日雇ったばかりだが呑み込みが早くて仕事が回っているのは彼女のおかげだったりする。
「まあ、ルイスさまは単細胞の塊ですから。でもミナミさん、ルイスさまのどこがいいんですか? 顔ですか? まあ、顔は最高にいいですよね」
「え? あ、いやそういうんじゃ。ただのビジネスパートナーよ」
わたしは思わず訂正する。しかしジュイスは肩をぶつけてきながら目を細めて答えた。
「いやいやいや、同じ屋根の下で一年ちかく男女が暮らしてるって怪しいですよ」
「そんな痴情のもつれを引き起こしそうなヒマ、わたしにあるように見える?」
ジュイスはわたしの言葉でようやく口元に手を当てて考えたのち、
「たしかにないですね」
と、言い切った。内心わたしはホッとする。ホッとしたのもつかの間、ジュイスはこう続けるのであった。
「いつも忙しいからないと思いますけど。そんなこと言ってたらミナミさんも婚期逃しちゃいますよ」
どこの世界でもその手の話題は持ち上がるものなのか。わたしは苦笑いを浮かべて、仕事に戻ることにした。カウンターを出る寸前、パレスのあの射抜くような、なにかを見通すような視線は気になった。だからこうは口にしておいた。
「パレス様とディナー、行ってみるわ」
「え、めずらしい! 仕事外の誘いに乗るなんて」
ジュイスの言葉に、わたしは口元を緩ませて当然のように言う。
「だって、新しい商談がまとまるかもしれないじゃない。王家には恩もあるし」
「こりゃダメだ。恋愛どころじゃないですねー……」
ジュイスの言葉も無視して、わたしはフロアに戻ることにした。