第10話 ちいさな喜びと、その後
ルイスと帰り道並んで歩きながら、わたしは少しばかり肩の荷が下りたような気がしていた。仕事に一区切り、ひとまず喜んでもらえた。仕事は永遠に終わることはない。それでも明確な区切りの一つが、サイに驚いてもらうことだった。
「喜んでた。よかったな」
まるでわたしの心を読んだみたいにルイスが言った。珍しいこともあるものだ。だからわたしは彼の歩幅に少しだけ合わせて、ゆっくりと歩きながらこう言う。
「ルイス、あなたなにもしてないなんて言ってたけど。実際魔法については詳しいし、わたしが寝てる間に起きてタオルかけてくれたり、いろいろ協力してくれたじゃない」
「いや、それくらいは別に、フツーだろ」
当然だ、みたいに言い切られた。しかしルイスは照れくさそうに鼻の下を人差し指でこすって見せて、なんだかそれが少し可愛く見えた。本当に、少しだけだけれど。
「ねえ。わたしたちいいビジネスパートナーになれそうじゃない?」
わたしの言葉にルイスは首を軽く縦に振った。
「だな。あ、今日はささすがにアンタの苦労をねぎらって一杯お酒をご馳走されてもいいんじゃねえかな?」
「ちょっと、おごられる気なの? まあ、ルイスって出資者名乗った割にお金ないものね」
「それは、お金はあるけど。色々あんだよ俺にだって」
知っています、とは言わずあえて黙っておいた。彼にだって、触れられたくないこともあるだろう。それに、たぶん今ではない。わたしはようやく王都の街並みを自然に視界に入れることができた。今まで開発に手いっぱいで、周りを見つめる余裕がなかった。
茶褐色の屋根に、一列に並んだキレイな街づくりは、復興の証だ。大戦中のことをわたしはあまり詳しくまだ知らないし、この美しい景観も、走り回る子供の無邪気な声も、黄色い奥さんの声も、今でこそ実現できた風景なのだろう。街のいたるところにコンフィネル像があった。傷ついた勇者コンフィネル像。彼は昔の英雄だが、きっと今の風景まで繋いでくれた。わたしがいまここを歩いているのは、本当に不思議なことだ。一人ではなにもできない。
「なあなあ、お酒に合う食いもんってなんだと思う? やっぱ肉料理だろ!」
わたしの胸の内側に広がるこの波及も知らず、ルイスが大声で言う。だから、わたしは気持ちを一つ切り替えてこう口にしてみる。
「私も、たまにはお酒飲もうかな。この国に焼肉とかあるのかな?」
「ヤキニク?」通じていない。
「そりゃそうよね。新しい事業の展開ができそう」
そういう新しいことが浮かんできて、わたしはこれからもこの世界で仕事をして生きて行くのだろうと思う。今日くらいはお酒を飲んで、日頃の疲れのウミを出そう。そう思いながらルイスの横顔を見つめたときだった。視界の端で通りすがりの人とぶつかりそうになって、それを寸前のところでルイスが肩を引っ張って抱き寄せる。
「あぶねえぞ」
「あ、ありがと」
急な距離の詰めかたに、わたしはどう対処してよいのかわからない。ルイスはすぐにわたしの肩から手を離すのだけれど、しばらく掴まれた彼の温もりの残りが消えてくれない。
「気をつけろよー。まだこの辺の区になるとスリがいたりするんだからな」
「ルイスのくせに、えらそうよ」
わたしは思わず口をとがらせる。
「俺を何だと思ってるんだよ!」
ルイスの言い返しにわたしは知らんふりをしてみて、やはり先を歩くことにした。それを無理矢理追ってくるわけでもなく互いにマイペースに街を歩く。ときどき合流して、好きに、自由に街を歩いた。
そういえば、どうしてルイスは一人家出をしてわたしにあのとき声をかけてきたのだろうか。まあ、いいか。きっと、いずれわかるはずだから。
[十か月後]
国の大きな助けもあって、発売した魔物避け魔道具『グリーンヴェール・ディフューザー』はこのウエストツリートップストアの看板商品となる。
「ねえねえ、農家の奥さんから聞いたの。この商品、魔物を農作物や家畜から守るだけじゃなくって、元気になるって。大きな野菜が採れるようになったみたいなのよ」
わたしはお客さまの女性の言葉に、口元を持ち上げて答える。
「そうなんです。魔物避けと同時に、この魔草の効果でリラックス効果が得られ、農作物などにも影響があると言われています」
そう、この開発したディフューザーには意図していない効果があった。人のリラックス効果はもちろん、家畜や農作物にまで影響があり、健やかに成長させてくれる。農作物の安定した実りかたに、噂は行商人から農家、貴族まで一気に広がって受注が増え続け、今では一般の家庭にも一台というほどにまで売れ行きが伸びた。
だからこうして二号店、三号店と出店ができている。
「睡眠は効率的な仕事の第一歩ですから、お客さまもぜひ一ついかがですか?」
「もちろん、これを目当てに来たのよ。まだ残っててよかったわ。カートリッジも一つ追加でお願いね」
「かしこまりました。ご自宅用でよろしいですか?」
「ええ。簡単な包装でいいわ」
わたしたちは従業員を雇うまでになり、ルイスも商品の店間移動ややり取りに休む間もなく動いている。そうした間にやってきたお客さまがまた、一人。
「いらっしゃい、ませ」
わたしは思わず言葉に詰まった。ルイスは一号店にいるはず、と考える。なぜならそこにはルイスにそっくりの、メタリックシルバーの髪を後ろにかき上げた高身長の男が立っていたからだ。その後ろには側近たちだろう、黒い騎士たちが五、六人。わたしは知っている。このメタリックシルバーの髪質を。
「ルイスは、いないようだな」
「お客さま。彼のお知り合いでしょうか。現在ルイスは席を外しております」
「いや、あの出来損ないには用はない。私は君に会いに来た。ミナミ。すまない申し遅れた。私はこの国の次期国王、パレス・ハイデン・ラファエルだ」
わたしは内心爆発しそうなほど動揺していたが、理性を体が覚えてくれていたおかげか、冷静に装うことだけはできた。それにしてもあの仲たがいしているルイスの兄が、次期国王がどういった用件できたのだろうか。ひとまず、わたしは手を差し出してお店をご案内することにした。
「ようこそ、ウエストトップツリーストアへ! ご案内いたします」