家族や婚約者から裏切られてすぐに前世を思い出した彼女は面白ろおかしく復讐しながら人生を楽しむ〜隣に立つには頼りなかったと言われて妹に奪われたが、あなた達が頼りなかったようです〜
王国。アステリア王国のとある貴族の屋敷。
「こんなこと認められない」
ユティナの声が広大な屋敷の広間に木霊した。豪華なシャンデリアが揺れ飾られた絵画がびくりと震える。
紅い瞳は怒りに燃え上がり美しい顔を歪ませていた。広間の中央ではユティナの婚約者であったはずの騎士、ダストンがユティナの妹であるパーチェの手を取り優しい笑みを浮かべている。
パーチェはといえば、涙を浮かべながらもどこか満足げな表情でダストンの胸に顔を埋めていた。優越感?
家族である父、バルド伯爵と母、エレナはそんな二人を温かい眼差しで見守っている光景が怒りに油を注ぐ。
「よくもまぁ、そんな面ができるわね。父上!母上!あれが私の婚約者だった男だってまさか忘れたんじゃないでしょうね!?」
ユティナの言葉にバルド伯爵は重々しく頷いた。
「ユティナ、落ち着きなさい。ダストン様とパーチェは互いに深く愛し合っているのだ。二人の気持ちを尊重するのが家族の務めというものだろう」
「気持ちを尊重?笑わせないで。ダストンは幼い頃から婚約者だったの。それを妹が横取りするなんて一体どういう了見なの!?」
ユティナはパーチェを睨みつけた。パーチェはビクッと肩を震わせ、ダストンの後ろに隠れるように身を寄せる。
「お姉様こそ、酷いですわ。ダストン様は、私の誠実な気持ちに応えてくださったのです!お姉様はいつもぼんやりしていて騎士であるダストン様の隣に立つには頼りなかったではありませんか!」
パーチェは上目遣いでダストンを見つめながら、反論。ユティナは妹の言葉にさらに腹が立った。
「私がぼんやり?あんたこそいつも人の物を欲しがる卑しい根性丸出しじゃない。小さい頃からそうだった。人形、服、私の友達。今度は私の婚約者まで奪う」
母エレナがたしなめるように口を開いた。
「ユティナ、言葉が過ぎますよ。パーチェはあなたの妹でしょう?」
「妹?こんな強欲で陰険な女が私の妹だって言うんですか?冗談じゃない。そっちこそ一体なんなの?私の気持ちなんて、これっぽっちも考えたことがないんでしょ。どうせ、私なんて邪魔者だったんでしょうね」
ユティナは自嘲気味に笑った。ダストンは困ったような表情でユティナを見る。
「ユティナ、君の気持ちもわかる。だが、パーチェの純粋な想いに私は心を惹かれたのだ。許してくれとは言わない。だが、どうか理解してほしい」
「理解しろって?よく言う。あんたみたいな優柔不断な男に私の何がわかるっていうの。あんたはただ、若くて可愛い妹に目がくらんだだけ。情けない男」
ダストンに唾を吐き捨てるような視線を送る。バルド伯爵はついに堪忍袋の緒が切れたようで。
「ユティナ!いい加減にしなさい!そのような醜い言葉遣いは伯爵令嬢としてあるまじき行為だ!ダストン様に対して何という態度を取るのだ!」
「醜い言葉遣い?当然でしょう!あんたたちが私にしてきたことの方がよっぽど醜いんだから!婚約者を奪っておいて、よくもそんなことが言えるわね。この偽善者ども!」
両親を激しく睨みつけた。母エレナは顔を歪ませる。
「ユティナ、あなたは本当に手に負えない子ね。わがままばかり言って少しはパーチェの気持ちも考えたらどうなの?」
「パーチェの気持ち?自分の欲望しか考えていないくせに。あんたたちも同罪!娘の幸せを願う親ならこんな横暴を許すはずがない。結局、私なんてどうでもよかったんでしょ」
落胆と怒りで声が震えた。バルド伯爵は冷たい声で言い放つ。
「そうか。ユティナ、お前のような娘はもはやわが家には必要ない。今日限りこの家から出て行け」
信じられないという表情で父を見た。
「出て行け、ですって?私がこの家から?一体どこへ行けと?」
「そんなこと知ったことではない!二度と家の門を跨ぐな」
バルド伯爵は冷酷に言い放った。ユティナはゆっくりと周囲を見渡す。
愛など微塵も感じられない冷たい両親の視線。勝利に酔いしれている妹の顔。申し訳なさそうにしながらもどこか安堵しているダストンの表情。
「わかりました」
低い声で呟いた。
「こんな醜い家族、こちらから願い下げ。必ず後悔させてやる」
言い残すと踵を返し、広間を後にした。なにも持たずにただ落胆と怒りを胸に抱いて溜め息を吐く。
夕焼けがユティナの涙で滲んだ瞳を赤く染める。家から追い出した温かかったはずの場所は一瞬にして凍てつき一人、見知らぬ夜の街に放り出された。初めから暖かさなどなかったのかもしれない。
「許さない……絶対に、許さない」
凍える寒さの中、心に燃え上がったのは激しい怒りの炎。ダストンへの愛は憎しみへと変わり、彼の家族への感謝は怨嗟へと変貌した。
「浮気して、結ばれたくせにっ」
これまで押し込めてきた感情が奔流のように溢れ出す。全身を震わせる。
「それを許すって、頭がどうかしてる」
その時、奥底で眠っていた力が、静かに目を覚ました。
「い、いたっ」
自身も知らなかった魔法の力。
「いたいっ」
絶望と怒りが極限まで高まった時、人は秘めたる力を解放する。
「頭、痛いっ」
ユティナの周りの空気が微かに震え、手のひらに淡い光が集まり始めた。
「あ、そ、そういうこと?」
思い出した。
「そうだ、私には力がある。こんな仕打ちをした奴らに後悔させてやる」
ユティナは決意した。悲劇のヒロインで終わるつもりはない。ダストンと彼の家族に、自分の元家族たちに味わった苦しみと絶望を、何倍にもして返してやる。
「これを、こうして!」
まずユティナが向かったのはダストンとの思い出が詰まった場所。二人が初めてデートをしたカフェ。魔法の力を使えば、過去の映像を幻影として映し出すことができる。
ユティナは、ダストンと幸せそうに笑い合う自分の幻影をカフェ中に溢れさせた。幻影が突如として崩れ落ち、悲鳴を上げるユティナの姿へと変わるように魔法をかけた。
翌日、カフェは騒然となる。客たちは口々に「幽霊を見た」と噂し、ダストンと新しい恋人は恐怖に顔を青ざめた。ユティナは彼らが安穏と過ごす日常に、小さな亀裂を生じさせることから始めたのだ。
「便利便利〜」
次に、ユティナはダストンの職場に目をつけた。彼の勤める会社は顧客からの信頼が第一。ユティナは、ダストンが過去に犯した小さな不正の記憶を魔法で増幅させ関係者の脳内に囁きかけるように仕向けた。
「よしよーし」
些細な出来事だったはずが疑念という名の種を人々の心に植え付け、次第に大きな不信感へと育っていく。
「最近、ダストンさんの態度が怪しい気がするんだ」
「あの件、本当に大丈夫だったんだろうか?」
同僚たちの間でそんな会話が囁かれるようになり、ダストンは次第に孤立していった。顧客からのクレームも増え始め、彼の立場は危うくなっていく。
「楽しい!」
ユティナは、ダストンの家族へとターゲットを移した。彼らが最も大切にしているのは世間体と家名。ユティナは彼らの過去の隠蔽工作や、人には言えない秘密を魔法で暴き出す。
「もっとできる」
匿名で告発状を送りつけた。最初は小さな噂だったものが次第に大きな騒動へと発展していく。
「すごいわよ!聞いた!?」
「ええ。奥様」
週刊誌が嗅ぎつけ、連日報道するようになった。
「聞きました?」
「聞きました!」
名士として地域で顔が広かったダストンの家族は、一夜にして社会的な信用を失墜させた。ユティナの復讐は魔法によって巧妙に仕組まれた罠。
直接的な危害を加えるのではなく、人の疑念や恐怖、社会的な制裁を利用して、じわじわと彼らを追い詰めていく。
「才能あるかも」
その手口は冷酷でありながらも、どこか芸術的ですらあった。ユティナの心には複雑な感情が渦巻いていた。復讐を果たすことで得られるはずの喜びはあれど、終わるのだ。ダストンや彼の家族が苦しむ姿を見ても、たっぷり満たされることはない。
しかし、復讐の手を緩めることはなかった。彼らがユティナに与えた傷は深く、簡単には癒えない。
「おじけてるわけじゃないけど、終わるのはつまらない」
ユティナは彼らが同じだけの苦しみを味わうまで、決して立ち止まれない。元家族たちにも同じことをやる。連日怒鳴り合いが絶えないとか。
ある夜。ユティナはダストンと再会した。やつれ果てた彼は憔悴しきった表情でユティナに懇願。
「もうやめてくれ。僕が悪かった。家族も、もう社会的に抹殺されたも同然なんだ」
ダストンの言葉を聞いてもユティナの心は微動だにしなかった。
「ぷっ。それ、私に言うの?あなたが私にしたことと同じ。絶望と孤独の中で這いつくばって生きていってください」
冷たい言葉を残し、ユティナは背を向ける。復讐は終わった。ダストンも家族も栄光を取り戻すことはないだろう。社会的な地位も人としての尊厳も、地に落ちたまま。彼らに相応しい報いを与えたのだ。しかし、ユティナの心にはぽっかりと穴が開いていた。
復讐を終えた今、彼女に残ったのは深い虚無感だけ。失われた愛は二度と戻らず、傷ついた心は癒えることはない。
ユティナは、夜空を見上げた。満月が冷たい光を地上に注いでいる。夜風が、ユティナの頬を優しく撫でた。それは新しい一歩を踏み出す彼女を励ますかのように感じられた。
復讐を終え、深い虚無感に囚われていたユティナの心に一筋の光が差し込んだのは、下町の小さなパン屋だった。香ばしいパンの匂いに誘われてふらりと立ち寄ったその店で、ユティナはアヤハルトと出会った。
「いらっしゃいませ!」
温かい笑顔で迎えてくれたのが、パン職人のアヤハルトだった。日に焼けた肌に優しさが滲み出たような穏やかな表情。
彼は、ユティナのどこか寂しげな雰囲気を察したのか、ひっそりと売れ残っていた焼き立てのメロンパンを「よかったら、これサービスです」と差し出してくれた。
「ありがとうございます……」
久しぶりに受け取った他人の優しさにユティナの胸は小さく震えた。メロンパンの甘い香りが凍りついていたユティナの心をじんわりと溶かしていくようだ。
それから、ユティナは時々そのパン屋を訪れるようになった。アヤハルトはいつも笑顔でユティナを迎え、他愛ない世間話を交わした。
下町ならではの飾らない言葉遣いと相手を気遣う温かい眼差しが、ユティナの張り詰めていた心を解きほぐしていく。アヤハルトはユティナの過去については何も尋ねなかった。
ただ、彼女が時折見せる憂いをそっと見守り、美味しいパンと温かい言葉でそっと寄り添った。
ある日、ユティナがいつものようにパン屋を訪れると、アヤハルトは少し困ったような笑顔で言った。
「実はね、近所のお祭りで出すパンが足りなくなっちゃって。もしよかったら少し手伝ってくれないかな?」
特に予定もなかったユティナは戸惑いながらも頷いた。祭りの準備を手伝ううちに、ユティナは久しぶりに他者との触れ合いの中に身を置く。アヤハルトの明るい人柄に惹かれて集まる近所の人たちは、皆優しく、ユティナを仲間として温かく迎え入れてくれた。
祭りの当日、ユティナは焼きそばの屋台を手伝った。慣れない手つきながらもアヤハルトや近所の人たちに教わりながら、なんとかこなしていくうちにユティナの心には小さな喜びが芽生える。
夕暮れ時、祭りの喧騒が一段落した頃、アヤハルトはユティナに言った。
「ありがとうね、ユティナちゃん。本当に助かったよ」
少し照れたように笑い、手作りのりんご飴をユティナに差し出した。
「あの……私の名前、よくご存知で?」
ユティナが尋ねるとアヤハルトは目を丸くして言った。
「ああ、常連さんだからね。それに、前に一度だけお話しした時に」
ユティナは自分のことを覚えていてくれたアヤハルトの優しさに、胸が熱くなった。りんご飴の優しい甘さがじんわりと心に染み渡るよう。祭りの後も、ユティナはアヤハルトのパン屋に通い続けた。
時には、アヤハルトと一緒に近所を散歩したり、下町の小さな食堂で食事をしたり。アヤハルトはユティナの重い過去を詮索することなく、ただありのままの彼女を受け入れ温かい眼差しで見守ってくれた。
過ごす時間の中でユティナの心は癒やされていく。復讐に燃えていた頃の鋭さは影を潜め、穏やかな表情を取り戻していった。アヤハルトの優しさはユティナにとって乾いた大地に染み込む雨。
ある雨の日、パン屋の軒下で雨宿りをしていたユティナにアヤハルトは温かいコーヒーを差し出した。
「無理しなくていいんだよ、ユティナちゃん。ゆっくり休んで」
アヤハルトのその一言にユティナの心のダムが決壊した。堪えきれずに涙が溢れ出し、ユティナは静かに泣いた。アヤハルトは何も言わず、ただ温かい眼差しでユティナを見守ってくれた。
しばらくして、落ち着きを取り戻したユティナは、掠れた声で自分の過去を語り始める。婚約破棄されたこと、家族から追い出されたこと、復讐に身を焦がした日々。
アヤハルトはユティナの言葉を一つ一つ丁寧に受け止め、静かに頷いた。全てを聞き終えると優しい声で述べる。
「辛かったね、ユティナちゃん。よく頑張ったね」
その温かい言葉にユティナの心は深く癒やされた。復讐が終わっても消えなかった心の傷がアヤハルトの優しさによって修復されていく。
それから、ユティナとアヤハルトの距離は縮まった。二人は互いの過去や未来を語り合い、心を通わせる。
アヤハルトの飾らない優しさと下町の人々の温かさに触れるうちに、ユティナは再び人を信じることを学んでいった。
過去の傷跡はまだ残っているけれど、もう一人ではない。隣には温かい手のひらを差し伸べてくれるアヤハルトがいる。ユティナはアヤハルトと共に、穏やかで心温まる未来を歩み始めていた。
そういえば、新聞で元婚約者のダストンが高位貴族の妻と浮気しているところを、お相手の妻と共に見つかり現在行方不明になっているとか。彼の婚約者である元家族達は高位貴族に連帯責任をと、詰め寄られているのだと書いていた。
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