09.謁見
「ヘイ、シーグル!田畑に害虫が大量発生したときの対策を教えて」
栗色の髪と瞳の美しい少女が天に向かって叫ぶと、無機質な女性の声がどこからか聴こえてきた。
『はい、害虫対策ですね。幼虫の時期の防除が効果的です。具体的には畦畔の草刈りや、薬剤散布、そして卵を土に埋めるなどの方法があります。光に集まる習性を利用するのも有効です』
「……、だって。」
「ありがとうございます!サラ様!!」
「薬剤はどのようなものが良いのでしょうか」
「薬ねー、教えてくれるかなぁ……。家で作れる程度のものでよければすぐわかると思うけど。まあ聞いてみるね」
人事のサイモン様に連れられて向かった謁見の間には、見るからに為政者といった出で立ちのお偉い様方がひっきりなしに出入りしていた。
私たちは部屋の隅で待機したまま、不思議な呪文と謎の声に奇跡を感じて打ち震えていた。
「サイモン、お待たせ。もういいよ」
呼ばれたサイモン様はその場で深い礼をし、私たちを伴ってサラ様の御前に跪いた。
私たちも顔を伏せ、おふたりの言葉を待った。
「サラ様におかれましてはご機嫌麗しゅ「ああ、もうそういうのいいから。用件言って」
挨拶を遮られたサイモン様は、ゴホンと咳払いをして気を取り直した。
「この度、雑用担当の使用人採用を検討すべく、ネスの町から先駆けて2名雇用致しました。どうぞ好きにお使い下さい。さあ、ご挨拶申し上げろ」
促されて、まずニオから口を開く。
「ニオ・クレマーと申します。先程の奇跡、感動致しました。どうぞ何なりとお申し付けください」
「ティム・フォスターと申します。サラ様にお仕え出来ること、この身に余る光栄だと存じます。どうぞ何なりとお申し付けください」
ひと呼吸置いて、「顔上げて」とサラ様の声がかかる。私とサラ様の目が合うと、サラ様は「ひゃわッ……!」と摩訶不思議な悲鳴を上げて目を覆った。
「何コレ美の暴力、脳溶ける。目が滅ぶ」
『暴力』『滅ぶ』といった物騒な言葉に反応した護衛隊(彼らも程々に見目麗しい)が、私に一斉に銃を向けた。
え?嘘、ここで死ぬの?と私とニオが絶句していると、
「いや、違う。大丈夫だからやめて。すぐ銃を人に向けるのホントやめて」
サラ様の静止がかかり、思わず安堵して力を抜けば、情けなくもへたり込んでしまった。
ニオに助け起こされていると、サラ様に問いかけられた。
「あなた一般市民なの?ウソでしょ?こんなの町ではウロウロしてんの?いや、してないか。この世界でもここまでのイケメン初めて見たし。アイドルとかじゃないんだよね?」
「イケメン?アイドル?……とは何でしょうか?」
「イケメンってのはかっこいい男の子のことで、アイドルは……んーと……。ヘイ、シーグル!アイドルを説明して」
『はい。アイドルとは、歌や踊りなどを人前で披露し、その見た目や才能で人々を熱狂させる人物のことです』
天の声が聴こえて、私は恐縮して頭を下げた。
「アイドルとやらではございませんが……!恐れ入ります!私如きへの説明に奇跡を使われるなど勿体無く存じます」
そう言うと、サラ様は軽く笑った。
「違うよ。これは奇跡じゃなくて、特別仕様の恩恵って言うのかな。こっちに来るときに創世神的な何かに会ったんだけど、何故か検索機能だけ渡されたんだよねぇ。この世界の人に知識を分けてあげてほしいとかって。
どうせならネットとかゲームとかスマホの機能、全部丸ごと持たせてくれたら良かったのに」
ねー、と同意を求められたけど、よくわからなかったので曖昧に笑っておいた。
「奇跡はね、この花瓶に入ってる挿し木が目安みたい。芽吹いたり、花が咲くと何処かしらで奇跡が起こった証拠らしいよ。満開になったら事件解決!帰ってもいいよって神様に言われてるの。こっちに拘束される代わりに何かひとつ願い事もきいてもらえるらしいから、まあ頑張ろうかなって」
少し淋しげに俯いた彼女は一度拳を固く握ると、こちらへ向き直り、笑顔を作った。
「で、ニオ?と、ティム?は何歳なの?」
「「17です」」
ニオと同時に答えると、サラ様は目を見開いた。
「そうなんだ!?私と一緒じゃん!大人っぽいね!」
私たちはサラ様顕現の号外で年齢を知っていたけれど、サラ様はもう4〜5歳若く見えた。
正直、絵姿で可愛い可愛いと興奮する20歳のジョーイを見て、確かに美少女ではあるけれどロリコンかな?と引くくらいには。
私たちを大人っぽいと評するということは、彼女の世界では皆が年若く見えるのかもしれない。
「ティムはかっこよすぎて何かもう直視できないけど、ニオは見慣れた色彩で安心するなぁ。ふたりとも、よろしくね」
実はてっきり、本人が見目麗しい男性を集めてチヤホヤされて喜んでいるのだと思っていた。けれど彼女の様子を見るに、どうやら周囲が勝手にしていることなのだろう。
想像よりも遥かに大人びた言動、そして私よりもどちらかというとニオに視線を向ける彼女に、私は畏怖と、えも言われぬ焦燥感を感じていた。