〈番外編〉ニオが限界を迎えた日*R15?
接触なしなのですが、想起はしそうなので
ものすごく念の為にR15(?)つけました。
「まだ」何もしていないお話。
35→36話の間です。(外出直前)
〜ニオ・クレマー〜
最近、サラの指示がとんでもないことになっている。
『BL脳』を告白されたばかりの頃は、
「えっと、ふたりで向かいの席に座ってさ。ニオがティムの頭撫でるところとか見せてもらっちゃってもいい……?」
とか、
「○○の衣装着てふたりで手を取り合ってほしい」
とか、
「ホースで水掛け合いっこして〜!」
など、短時間のそれほど苦にならないレベルのやり取りを、しおらしく頼んできていたのだが。
あれは劇が始まったあたりからだろうか、一切の遠慮がなくなった。一度箍が外れたサラは、本当に恐ろしかった。
画家がついてからは特に長時間の姿勢維持が求められることになって、耐久力が試されている。
僕は先程から「これは仕事」と何度も唱えて無心になろうとしていた。
✽
それは本日の午後7時半頃に遡る。
サラの部屋で僕たちが3人、一緒に夕食を済ませた後のことだ。
「今日はティムニオの日にするね!ティムが小悪魔で、ニオは普通のニオ!」
「ティムニオってことは、『うけ』と『せめ』が……えっと、逆??
ていうか、オレだけ設定あるの?なんか恥ずかしいんだけど」
「小悪魔美少年が平凡な男子を誑かすのが激熱なんだよ〜!だから衣装着て、メイクもさせて?お願い……」
サラがティナに向かって手をあわせた。
ティナはサラに弱い。そして甘い。
お願いなんてされればもう、それは確実に……。
✽
お願いを聞いてしまったティナを見て、僕は目を逸らした。まともに見たらマズいやつだ。
一番危険なのは太腿がチラッと見えるところなので、それは目に入れないように心掛けた。ただ、ところどころ破けたような加工はあるものの、特に衣装が際どいわけではない。
短いズボンを隠すような上衣でむしろダボッとしているのだが、サラの推しポイントである『萌え袖』と『ボーダーのオーバーニーソックス』が可愛い。
なんかツノとか牙とか羽とかしっぽがついていて可愛い。
赤いシャドウが目立つ、美少年風にメイクされているが、僕にはティナが男に見えたことはないので、幼めでツリ目なティナにしか見えない。可愛い。
“可愛い”で脳が支配されそうだったので、ジョーイの顔を思い浮かべて気を紛らわせてみた。
今までこれで何とか理性を保てているので、おそらく今日も大丈夫だろう。
ソファに座って待っていると、サラから何か指示を受けたらしいティナがこちらへやって来た。
そして僕の胸を強めに押して横たわらせたかと思うと、膝辺りに跨がってきたので内心焦っていた。するとサラが、
「ティム、そこで小悪魔っぽいひとこと!」
と丸投げするのが聞こえた。
暫し考えたティナが「あ!」と目を輝かせる。
自信満々に両手の指を獣のように丸めると顔の横に持っていき、僕に向かって叫んだ。
「ガオー!食べちゃうぞ」
「……」
ガブッと肩のあたりを服の上から甘噛みされた僕は勿論、サラも侍女たちも皆が皆、沈黙して蹲り慄えた。サラの花がモリモリ咲いているのが視界の隅に見えた。
肩をもぐもぐされながら、僕はもう立ち直れない気がしていた。ジョーイで打ち消そうとしても、今は彼がどんな顔だったかを全く思い出すことができない。
あまりにも全員が動かないのでティナは戸惑っていた。僕に跨がったまま。
「えっ!?あれ!?違った!!?」
「う……ッ。違うんだけど、ぽんこつ可愛い……。仔ライオンティム可愛い……!それは今度猫耳つけてやろうか……」
サラはもしかして、僕を殺すつもりなのだろうか。
「そうなの?悪魔って人食べるのかと思った!じゃあどんな感じ?」
悪魔を極めようとしなくていいし、僕の上でもぞもぞ動かないでほしい。
「これは仕事……これは仕事……」
サラのレクチャーを受けるティナをなるべく意識しないようにしながら、僕は唱え始めた。
ていうかコレどんな仕事。僕は一体何をやっているんだろう?と、ふと虚無感に襲われて、“あ、大丈夫そう”と思ったときだった。
ティナが体勢を変えた。上半身も倒して僕の胸の辺りで頬杖をつき、悪い笑みを浮かべながら、僕の顎を右の人差し指でクイッと上向かせた。
「『ねぇ、一緒にアソボ。ナニしよっか?』」
台詞がちょっとカタコトなのが余計にダメだった。
いつもは僕に主導権があるのに、今日は受け入れる側だというのがとんでもなく辛い。予測不可能なティナの言動に自衛が間に合わず、全身がのぼせたように熱くなった。
「ニオ、その表情最高!戸惑いと警戒と羞恥と、小悪魔に堕ちた感じがすっごい出てる!!画家さん、あの表情で描いてもらってもいい?」
どんな表情だかさっぱりわからないけれど、サラの花がまたポコポコと咲いた。
そのままの姿勢で10分も経つとティナは飽きてきて、僕の顎を指で撫でたり擽ったりし始めた。もしかすると、初めての主導権を楽しんでいるのかもしれない。クルクルとしっぽを回す仕草は可愛すぎるからやめてほしい。
そしてちょっと鼻歌なんかも出てきている。リラックスし過ぎじゃないだろうか。もう少し危機感を抱いてもらわないと、本当に困るのだが。
いい加減、無心を保つのはどうしても無理で、僕はサラに声を掛けた。
「サラ様まだですか……」
「あ、ニオが敬語になった!生殺しタイム突入!?」
「突入どころか、とっくに限界突破してるんですけど。そんな説明させないでくれませんか」
「やだ怖い……最高……」
「なんですかそれ」
「だってニオの我慢が限界に達したときの色気すごいんだもん。こう、殺気を静かに押し殺す感じ?」
そのサラの言葉に反応したのか、ティナのキラキラとした凄みが増した。
最近気づいたのだが、僕が注目を集めるとどうやら独占欲が疼くらしく、その時は“ティム”としての妖艶さが尋常じゃなくなる。
平常時なら嬉しくもあったが、今日に限っては悪手でしかなかった。
僕がもう耐えられないのだ。
「『ニオ、早くアソボ。オレ飽きちゃったカラさ?』」
そうだ。今日の設定は、僕はそのまま“ニオ”だった。
あまりの情け容赦ない設定に、僕はサラを恨みがましく睨んだ。
ティナは上半身をやや持ち上げると、少し前進した。
多分本人は解っていない。解っていないのだけれど、この位置での固定は、傍から見ると非常に危険な姿勢になっているはずだ。
更にその場の跨り心地があまり良くなかったらしく、いい収まりのポジションを探ろうと、そわそわと体を浮かせては戻したり、「ん?うーん……?」などと下手すればそういう声に聞こえなくもない声で唸ったりするので、サラと取り巻きたちが大興奮している。
花はこれでもかと咲きまくっているし、もう次の外出で確実に満開は約束されただろうと考えた僕は、
「今日はこれで失礼します!」
そう一方的に告げ、ティナを降ろしてひとり早急に退出した。
廊下を足早に歩き、苛立ちに似た感情に任せて自分の部屋の扉を開けたとき、
「ニオ!」
小悪魔姿のままで追いかけてきたティナが、不安そうに僕の腕を掴んだ。
「ティナ。なんでその格好のまま来たの」
おそらく道中で男女問わず、数人悩殺してきたに違いない。
「だって、ニオ。なんか怒ってるかなって」
「怒ってないけどヤバイ」
「ヤバイ?」
「危ないから今日は僕に近づかないで」
「えっ体調悪いの……?熱ありそうな感じ?確かに顔赤いかも。それならちゃんと手当しないと」
そう言いながら僕の額にティナは自身の額を合わせてきた。
「────!?」
急な至近距離に、冷静さも理性もどこかへ消えた。
どうやらティナには、警戒心というものを教えこまなければならないらしい。
僕はティナを引き寄せると、部屋の扉を閉め、鍵をかけたのだった。